第43話 衝撃映像の裏と表。悪魔の完璧な仕事。
視界に飛び込む映像に、一瞬思考が停止した。
灰色がかったピンク色の髪。画面に背を向けているサクラが、誰かを押し倒している。
サクラの手と、別の男の手が掴んでいるものに、忘れかけていた記憶を刺激された。
猫と初めて会ったあの日。シオンの首に回された、ほっそりとした白い手。
この世のものとは思えぬ美少女の、大きな瞳。
「ハナ――」
不意にもれた言葉が残酷な事実を突き付ける。弱々しい猫が、悪漢共に――。
本人がいればこう言うだろう。
『誤解。映像に悪意があるよね。ゴシップ記事って騙し絵に似てると思わない?』
そうして一度嵌ってしまえば、真実のほうが陳腐に感じる。
『わざわざ本まで買って騙されに行くんだから、人間って愚かだよね』と。
世の人間に喧嘩を吹っ掛けるような発言をするはずである。それに対して冷めた男も答えるだろう。
『人間が愚かなのは今に始まったことではない。未だに戦争がなくならないのがその証拠だ。それで金を稼ぐ輩など最たるものだろう。ゴシップについて考えるより有益なことを教えてやる。この本を読め』と。そういって〝猫の気持ちが分かる本〟を差し出すに違いない。
だが特殊加工でもされているのかというほど嫌な場面を切り取った映像は、冷めた男から普段の冷静さを奪い取った。
手元の機械がミシ、と音を立てる。些細なことを気にする余裕もない。
豪華な扉を蹴破る勢いで開ける。弱々しい猫に乱暴を働く屑共に死を――と。
◇
特殊加工はされていないが人々の誤解を招く映像が完成したのには訳があった。
抱きとめた猫が熱かったのだ。
水を被った猫が熱を出したと考えたサクラは、彼女が暴れぬように捕獲したまま説明をした。
「今から魔法を使うけど、乾かすだけだから心配しないで」
それを聞いた悪役令嬢ちゃんは『ありがとうございます、お優しい同級生のお方』とは思わなかった。疑いの眼差しを向け、押しのけようとする。
『ちょっと――しますよー。すぐ終わるから心配しないで下さいねー』という言葉は彼女が大嫌いな人間がよく言う言葉なのだ。
それは医者である。医者がアレを持った時にいうそれに、非常に似ている。
――注射器――。彼女はそれが死ぬほど嫌いだった。
『チクッとする』という言葉を聞いただけで数日間寝込むほどに。
サクラがふわりと魔法を掛ける。押しのける彼女の腕を、優しく掴みながら。
それだけなら問題は起こらないはずだった。が、カゴの中には黒翼の悪魔がいる。
突然動き出した男は、己の魔力を集めてベッドをつくり出し、強大な力を使って二人を倒した。ちょうどベッドがある方向へ。ドサ――と。
「あー、そういうことね……」
サクラはすぐに悟った。管理者は『怪我人』と『服の濡れた猫、あるいは泉に落ちそうになった猫』を保護したつもりなのだろうと。紛らわしいどころではない。かえって迷惑である。
――もしかすると『不審者』から被害者を護る目的もあるのか? いや、さすがにそれは穿ちすぎだろう。
いったいどういう契約を交わしているのか。
馬鹿馬鹿しさに頭痛を感じ起き上がろうとしたところで、下敷きにされたハナが「お兄にゃーん!」と鳴く。
押しつぶしてはいないはずだ。痛い所でもあるのか。
心配したサクラがさきほど掴んだ腕を検分しようともう一度ハナに手を伸ばし、サクラを引っかこうとするハナの手を、悪魔がそっと押さえる。
映像のシーンが完成したところで、悪魔は忘れていたことを思い出した。
こういう場合は保護者に連絡をするのだったか、と。
偉大な大悪魔様は人間の細かな事情など察しない。生きのいい二人の映像を、そのまま送り付けた。保護した管理者の手も映すという配慮も忘れずに。
このようにして奇跡の瞬間を捉えた映像が冷静な御曹司の正気を奪い、ベッドの上の三人がごたごたにゃーにゃーしているあいだに、瞳孔の開いた男達が悪魔の医務室へ到着したのだ。
ドガァァン――と。
そうして当然のように、大きな音に驚いた猫の悲鳴が響いた。
「お兄にゃーん!」と。




