第40話 ヒロインのひとり舞台。聖なる悪役令嬢の――。
『不審者は壁に手を付き魔力で何かを描いた』
『謎の魔法陣が出現。不審者が逃走』
『魔法陣に弾かれ、術での捕縛失敗』
『魔力痕、解析不可。図形の一部から六芒星と推測』
サクラは。訊かなくても分かるが、一応尋ねておく。
案の定、魔法陣には乗らなかったらしい。当然だ。どこへ繋がるかも不明。『胡蝶の御曹司が不審者と消えた』など、笑い話にもならない。
『力ある存在が作った道』というのは通常、使用者も限られる。
許可もないのに使うなど喧嘩を売っているようなものだ。
遺跡が初めてであるはずの不審者が、それを知っている理由。『遺跡の管理者』への敵対行為。
サクラは己を巻き込もうとする女生徒を背後から撃ったが、陣に弾かれたと。
『共に行動するうちに愛着がわいた』などという一般的で安穏とした性格をしていないことは知っている。とはいえ、少々怪しい程度の女生徒相手に攻撃魔法を放つ過激な人間というわけでもない。
〝敵〟とみなした理由は魔法陣か。それとも邪気でも感じたのか。
ともかく、不審者の相手はこちらへ向かっているサクラへ任せればいいだろう。
――この場所に何かあるのか、単純に『ハナ』を追っているのか、はたまたその両方か。
俺様なカナデ様が不審者本人から目的を探る方法を考えていると、猫の鳴き声が聞こえた。
「お兄にゃーん! わたくしが倒してきますにゃーん!」
「待ちなさい。犯人を刺激するのは危険だ。お前は猫のフリをしていなさい」
ヒロインの駆除に向かいたがる悪役令嬢をお兄様がクールに止める。
「…………」
堅物教師アヤメが考え込む。『胡蝶くん』というそれに、ふと引っかかりを覚えたのだ。『胡蝶様』と呼ばぬ女生徒もいるのだなと。悪い事ではないが、珍しくはある。こういう違和感も不審者と呼ばれる一因だろうか。
それよりも、悪びれぬ態度で幼い猫をつけ狙うなど、断じて許されることではない。
人より聴覚のすぐれた動物のいる部屋で、壁を破壊。そのうえ崩れた壁は壊れるはずのない場所である。遺跡の管理者へ報告するべきか。
――否、すでに感知している可能性が高い。
◇
「どうしよう……全員集まらないとイベントが……。まさか、捕まったとか? ううん、そんなわけない。ゲームだと重要なシーンしか描かれないし……」
(〝破壊した壁の裏でヒロインが何秒待機していたか〟なんて分かるわけないじゃない! も~! それだって重要な情報でしょ! ちゃんと書いておいてよ!)
只者ではないヒロインが壁の裏でゲーム開発陣に文句を言っていたころ。
爽やかなサディスト、サクラは黒スーツの男が示す道を選び、部屋の前へと到着していた。
繊細な彫刻の施された柱が並ぶ通路を、ポケットに手を入れたまま、スタスタと歩く。
視線の先に、カナデと、ブレザーを脱いだシオンの後ろ姿が見えた。あの女はまだのようだ。いっそのこと、魔法陣の製作者に捕まればいい。
「カナデくん」
ポケットから手を出し、ひらりと振る。にこやかに。「シオンくんもさっきぶり」と。
反応は薄い。振り返ってはくれたが、冷めた視線だけで言いたいことが分かった。
『不審者をどうにかしろ』
『話を聞きだせ』
彼らはあの女生徒とどういう関係なのだろうか。サクラとしては『俺も迷惑してるんだよね……』と被害者ぶりたいところだ。
とはいえ、連れてきたのはお前だろうと言われてしまえば否定もできない。
『こんなところで会うなんて凄い偶然だね』
『ああ、お前も散歩か?』
『それより猫はどうしたの?』
『ははは、会わせてやる約束だったな』
といった爽やかで希望に満ちた会話は期待できそうにない。
面倒な気持ちを押し殺し、心の中でため息をつく。『これも可愛い猫に会うためだ……』
取り合えず『危険人物』へ近付いて、一緒の魔法陣で来たふりでもするか。
サクラがシオンの横を通り過ぎようとしたときだった。
腕に何かが引っかかる。視線をずらすと、真っ白でお上品な猫の手。
(あ、子猫の爪か……細いもんな)
痛くないようにそっと外しつつ、「ごめんね。痛かった?」と静かに尋ね――気付く。ねこ……?
華奢な猫手から視線をたどる。シオンの抱えたブレザーの隙間から、ピンク色の鼻先が見えた。顔の作りが小さい――。
あのブレザーの中身が物凄く気になる。ちょっとだけめくりたい。
が、繊細な子にそんなことをしたら怖がらせてしまう。
不審者にはどこまでも厳しいが猫には優しいサクラは残念そうに手をひいた。
「にゃーん」
小さな鳴き声。不安なのかもしれない。どこかの馬鹿が壁を壊したせいで。
その馬鹿がいる方向へ歩き出したとき、壁から女が飛び出してきた。
乾きかけの泥をパラパラと落としながら。
「あ! 胡蝶くん! 何時の間にこっちに……!」
(あっちで待ってたアタシが馬鹿みたいじゃない!)
若干恨みがましい目を向けて。
「ォァー」
悪役令嬢の小さな鳴き声は、興奮中のヒロインには届かなかった。
「きゃっ! あの! 桔梗院様と千代鶴様ですよね……? ここで何をしてるんですか?」
(キター! イベント確定よね?! あ、もっと気弱な感じのほうが良かったかな?)
「アンタにだけは言われたくないと思うよ。でも、その二人に話しかける勇気は凄いかもね」
「胡蝶くん! 怪我は大丈夫ですか? 痛いですよね……」
(全然こっち向いてくれないけど、条件はそろってるしイケる! というか皆が移動しちゃう前に進めないと……!)
ヒロインのひとり舞台は続く。ゲーム的には時間が押している状態なのだ。リアルタイム系のゲームであればキャンセル扱いになってもおかしくはない。
キョロキョロと泉を見渡し、やや早口で呟いた。大変……と。
「これじゃあ胡蝶くんの怪我が……」
悲し気な表情で両手をキュッと組み、強く願う。
「お願い……、力を取り戻して……!」
その時、ヒロインの邪な気を感じ取った聖なる猫がシュッ!! と飛び出した。
「にゃーん!」
――ボクゥ――!!
――セイクリッド・パウ・ジャッジメント――!!
鈍い音と共に、聖なる子猫パンチがヒロインのすねに直撃した。
「ふんッヌ!! きゃー!! いたぁーい!」
ヒロインの力強い鼻息。
只者ではない彼女は可愛い悲鳴で隠した。
祈っている場合ではなくなったヒロインが床に倒れ、下敷きになりかけた悪役令嬢がにゃーんとジャンプする。
しかしそこは泉の上。シオンとカナデの声が重なる。
「ハナ――!」
泉に肉球がふれた瞬間。
聖なる光が溢れ、巨大な魔法陣が広がった。




