第35話 悪役令嬢より悪役らしいイケメン達
カナデは邪魔者達が消えた道をゆったりと歩いていた。散歩でもするかのように。
シオンからの連絡はない。ハナに問題は起こっていないようだ。
「カナデ様――」
仕事を終えたボディーガード達が戻ってくる。
場所は。カナデが尋ねる。入り口から離れたところへ――。黒ずくめの男が答え、紙を手渡す。
カナデの冷めた目が、簡易的な地図、不審者を捨てた場所を一瞥する。正確には、その中の記号を。
黒に桜色の点が近付いてゆく。男が桜色、不審者の女が黒だ。
カナデは歩みを止めず、視線で告げた。続けろと。
「――二人付けました。増やしますか?」
サクラの戦闘中、女が助けに入ることはなかったらしい。サクラが怪我をしたあとも。
その力がないのか、そもそも助ける気などなかったのか。
見分けがつかぬはずの結界に『罠』と言ったのも女だったと。
自分から巻き込まれにいっているサクラのことはどうでもいい。怪我もわざとに違いない。
しかし不審者の狙いは猫。
――猫に会わせる気はないが、手伝いたいというなら手伝わせてやろう。
◇
カナデの指示により、黒服達はソレをハナたちから離れた場所へと捨てた。
「げふ……きゃっ」
只者ではないヒロインが、噎せたおじさま的な声と愛らしい悲鳴をこぼす。
角度を計算し、美しく倒れ込む。
サクラは黒スーツの男達と入れ代わるように、悠々と歩いてきた。
適当に怪我の処置をしながら。
「きゃー! 血がっ! 大丈夫? 胡蝶くん……」
「一々騒ぐな」
「あっ……ごめんなさい……。く、口調が雑になってる……爽やかじゃない……冷たい……かっこいい……」
男の目は語っていた。鬱陶しいと。薄暗い遺跡の一室。座り込む女を見下ろす。
ヒロインは謝罪し、戸惑うフリをした。その際、本音は口を押さえて隠しておく。
「…………」
男が無言のまま、左手をポケットに入れる。
灰色の瞳はどうでもよさそうに、女を観察していた。
ただの女生徒が何故、大財閥の御曹司に目を付けられるのか。それも悪い意味で。
「あ、あの……。怪我してるんですよね……。治せる場所を探しましょう!」
「治せる場所、ね。どこか知ってるの?」
「あ、知らないです……けど、きっとあると思うんです。この学園が用意した遺跡なら」
「へぇ……」
学園の医務室、ではなく。『遺跡』で探すと。
サクラはおもちゃを見つけた悪い男のような顔でわらった。
「じゃあ俺は後ろからついて行くから」
早く立ちなよ。
◇
「お兄にゃーん。こちらにも宝箱ですにゃーん」
「そうか。開けるから待っていなさい」
「猫の望みは叶えたいが、我々の持てる荷物の量は限られている。それに、そこに敵が出てしまった」
仲良くお散歩中の悪役令嬢達は、実に平和的に過ごしていた。
幼稚園児とお買い物中の保護者達のように。
敵――! はじめての敵に、箱入りお嬢様ハナにゃんの背中の毛が逆立つ。
思わず甘えた鳴き声がもれてしまう。
「にゃーん、にゃーん、お兄にゃーん!」
「何をいっているのか分からない。倒してくれということか」
「なるほど――。学園の生徒であるなら戦闘訓練は欠かせないが、生徒が赤子で猫なら免除されるに違いない」
彼らは、襲ってはこない親切設計な敵――、牙の生えた巨大コウモリを見つめながら話し合っていた。
……コツコツ――。硬質な足音が近付いてくる。悪役令嬢の猫耳が動く。
クールなお兄様と堅物教師の視線が足音の方向、ではなく魅惑の猫耳へ向いた。
そこで、彼らの背に静かな声がかけられる。つい先程まで、黒幕のようなことをしていたとは思えぬほど落ち着き払った声が。
「シオン。それは倒していいのか」




