第34話 カナデ様の通行を邪魔する者に訪れた悲劇。不運な男サクラ。
カナデのボディーガード達が命令通り、不審者とサクラに近付く。
桔梗院に仕える彼らは能力が特別高い。その内のひとりが術を使い、先に見える通路へ、見た目は遺跡の壁そっくりな結界を張る。
「えっ、行き止まり? あれ? うそ……! このルートって……!」
ヒロイン鵯鈴蘭の胸がどくんと高鳴る。頭の中に、何度も見たスチルが浮かぶ。
入ってすぐの通行止め。
ということは――。ダンジョンデートイベント『黒ずくめ男達に襲われ二人で大ピンチ!』が起こるということである。
正確には『起こせる』だが。
(でもなんで? これって三角関係イベントじゃない! アタシのこと愛してる男が二人いるってこと? ううん、二人とは限らない。三人、四人……いっそ全員でも内容は変わらないはず)
鈴蘭にとってのみ都合がいい妄想が加速する。
三角関係というより直列の団子のような位置関係になっているが、彼女は自分が『遮蔽物』扱いされていることを知らなかった。
危険な妄想は続く。
(それなら、いきなり超レアアイテムもゲットできるってこと? しかもしかも……『遺跡の住人』イベントも一緒に起こせちゃう?)
(取り合えず三人に愛されてるとして、カナデ様とシオン様とサクラくんよね。もしかして妙に冷たかったのって照れてただけってこと?)
本人に聞かれたら恐ろしい視線を浴びせられそうなことも考える。
(とにかく、イベントを起こすには壁を調べに行くフリをしないと……)
ほんの一瞬でそこまで考えた強欲系ヒロインは、初めての遺跡にはしゃぐフリをしつつ、軽やかに駆けだした。
こうすれば胡蝶サクラは襲われるはず、と。
「アタシ、罠がないか調べてきますね!」
(でも大丈夫! アタシが助けてあげるから!)
そうして、乙女ゲーム界であればヒロイン、この世の者からは『不審者』だと思われている少女はサクラから離れた。
サクラは当然追わない。『一人じゃ危ないよ』と声をかけることもない。通常なら危険などないからだ。
振り向き、自分に殺気を放つ黒ずくめの男達を見る。
「誰かのボディーガードでしょ? 用があるなら聞くよ」
とサクラが言って彼らが声を出すわけがない。雇い主の命令があるなら別だが。
面倒臭そうに、ため息を吐く。
「恨まれるようなことはしてないはずだけどなぁ」
強さの計れぬ不気味な男達は財閥に仕えるそれだろう。堂々とここに入っているなら学園側が許可した人間だ。
怪我などしない親切なダンジョンで、御親切にわざわざ殺気を放ってくれている。つまり、『テメェ邪魔なんだよ』的な何かか。
そう考え『じゃあダンジョンから出るよ。特に用もないし』と言おうとしたが、遅かった。
黒いスーツに身を包んだ男達が、それなりに真面目にやらないと躱せない程度の攻撃を放ってくる。
「雇い主イカレすぎ!」
それぞれの術や魔法を打ち消してゆく。
同時に向かってくる呪術。業火。巨大な水球。当たれば呪殺。追い打ちで水蒸気爆発。ろくでもない攻撃に対抗するため札を投げ、構築した魔法を放つ。
せめて統一しろ。訓練か。当たっても本当に無事かどうかは当たらねば分からぬ。試すか、いや、勢いがありすぎる。
心の中で悪態をつきながら、イカレた命令を出しそうな大財閥の男二人を思い浮かべた。
この容赦のなさ。当たってももみ消せるという傲慢な考えが透けて見える。
桔梗院か千代鶴。間違いない。
あまりにも激しい戦闘。大口を開けて見物するヒロイン。
「ひぃ! 無理無理無理! 助ける前にアタシが死んじゃう!」
このイベントは男達の嫉妬によって発生する。すなわち『怪我? させるに決まってるでしょ』という、安心安全セキュリティが仕事してない系イベントなのだ。
黒幕の誰かがダンジョンに何かをしたのだろう。そこまでは描かれていないが。
◇
数分後。「ぐふ……きゃー!」ヒロインが荷物のように担がれ、少々可愛くない声がもれかける。
しかし彼女は只者ではない。すぐに修正された悲鳴が美しく反響した。
「あーそういうこと? オーケー。アレと一緒にどっか行けってことでしょ」
サクラは爽やかに笑いつつ、指先に伝う赤い液体を払った。
「手伝うから猫に会わせてって伝えといて」
あと『やりすぎ』って。




