第31話 集結の理由。カナデ様の所持品にキラリと光る――。
悪役令嬢ハナちゃんが敵の殲滅を誓う少し前。
怪しげな機械の中から『お兄にゃーん!』という切ない泣き声を聞いてしまったハナの兄シオンは、授業中にもかかわらず席を立っていた。
「退け」
クールな眼差しと腕力で通行の邪魔になる男を立ち上がらせる。
どつき気味に押し、言葉通りサクラを退かし、講義室の出口へ向かう。
「はは、絶対そこまでしなくても通れるって」
サクラは笑い、クールな背中に尋ねた。「シオンくんどこ行くの?」
答えが返るとも思えないが、聞かずとも殺気が飛んできている。
どちらにしろ冷たくされるなら、質問したほうがマシだ。
「ついてきたら殺す」
「ひどいなー。そこまで警戒する必要ないと思うんだけど。それって『殺されてもいいなら来い』って意味?」
一応訊いてみる。が、スタスタと行ってしまった。こちらは想定内だ。
「――カナデくんは行かないの?」
不気味なほど静かな『桔梗院様』へチラ、と視線を向ける。
そして、目が合った。無機物を見るような、なんともいえぬ眼差し。
神が魂を分けて作った人形だろうか。美しい容姿と温度のない瞳に、何故かそんな感想を抱いた。
「俺は詮索するな、と言ったが」
何度もいわせるな。
そういうことだろう。
ここで『カナデくんの目怖すぎー。見られただけで死にそう』などと冗談交じりに本音を告げたとしても、空気は和まない。
当然ながら、彼の表情が変わることもない。
機嫌をそこねても非道なことをするような人間ではないと思っていたが、このまま彼に背を向けて『猫探し』を始めればどうなるのだろうか。
彼が動かないのは『可愛い猫』のためなのだろう。いったいいつの間に猫好きになったんだ。
自分が『その猫』に会ったからといって彼らの不利益になるようなことはしないのだが。
では可愛い猫と会ってどうするのか。――愛でる以外にない。猫なのだから。
「俺も『猫好き』なだけなんだけどなぁ。人見知りするとか?」
今日は諦めるか。残念に思いつつ、大事なことだけ聞いておく。
『可愛い猫』の性格は知っておかねばなるまい。対応を間違えれば『しゃべる猫』が『俺とはしゃべらない猫』になってしまう。
カナデが一瞬優し気な笑みを見せる。
猫のことを思い出したのか、それとも最終警告か。
そのとき、彼がブレザーの中から薄型の端末を取り出した。
「珍しい色だね」
白銀に薄く青を垂らしたような。彼らのところの新機種か? それなら知らぬわけはないのだが。面倒でも資料には目を通している。
だが見覚えのある色だ。クールな男の――。
「ああ、見たことあると思ったら、それシオンくんの髪色――」
思い出した。スッキリした、という風に、爽やかな笑みと共に出された明るい声は、途中でスパッと切断された。
「そんなわけあるか」
カナデが不快そうに返す。
手元のスマートフォンの端には小さな肉球のマークが入っていた。砕いた宝石で描いたかのように。キラキラと。
ブランド名、Hana Nyan。春夏モデル。渡してきたのは当然『ハナのお兄様』だ。
身内以外は手にすることのできない特別なシリーズである。
「肉球?! 意外。ほんとに猫好きだったんだ」
サクラが小さな呟きを漏らす。いいなそれ。ボソリと。そして、何かに気付いたように自身の端末を取り出した。
画面を一瞥し、つまらなそうな表情をする。「ああ、そうだった」『件名 入り口で待ってます!』
「またねカナデくん」
そういってカナデに背を向ける。去り際、サクラにしては珍しく、寂しげな声で言った。
「今度はちゃんと『猫』にお土産を持ってくるね」と。
「来るな」
冷笑を浴びせ、席を立つ。
カナデはハナニャンブランド春夏モデルを胸元にしまうと、颯爽と講義室を後にした。
既読――『ダンジョンに来い』




