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第30話 悪役令嬢ハナちゃん、現在『ダンジョン』前。

 いま席を立てば『その猫を探しに行きます』と言っているようなものだろう。

 さてどうするか――。

 

「廊下なんて誰だって歩くでしょ。知らずに通りかかって消されるなんて悲劇すぎない?」


 何か情報を得られないか。情に訴えてみる。だがどちらも反応しない。

 少しくらい聞け。バチは当たらないはずだ。優しい言葉など期待していないが。


 この二人相手にそれを求めるだけ無駄だ。試すまでもなく分かっていた。

 きっと産声を上げた瞬間から王様みたいな性格なのだろう。


 実際未来の王様みたいなもんだしな――。サクラは思った。

 二人の口から直接将来の話を聞いたことはない。


 知っていることといえば、彼らの出資で急成長を遂げた企業がいくつもあること、彼らの名前を聞くだけで、神を崇めるように祈ったり、それとは逆に、発狂したように叫ぶ人間がいるということ。

 大人しく親のあとを継ぐほど従順な人間ではないことも知っているが、彼ら以外が玉座に座る姿は想像できない。

 親から譲られる前にのっとった、実はもう陰で支配している、といったイメージなら容易く想像できるが。

 

 とりとめもなくそんなことを考えながら、サクラは可愛いくてお上品な鳴き声に耳を澄ませていた。

 その『可愛いくてお上品な声』の持ち主が、実は面識のある人物で、自分の同級生で、『呪われて人間をやめた千代鶴チヨヅルハナ』で、隣に座っているシオンの妹で――そのうえ、カナデの婚約者(仮)であるとは思いもよらずに。



 思わず口ずさんでしまう危険な曲が止まった。

 悪役令嬢ハナちゃんが「お兄にゃーん……」と兄を呼びつつ考える。

 

 この部屋にいる限り、『勉強』というこの世から消滅したほうがいいそれから逃れられない。

 まずは外に出るべきである。そして家に帰り、身を休めるのだ。お兄様のお部屋で。

 そのためにはお兄様にお車を呼んでもらう必要がある。

 早急にお兄様のところへ連れて行ってもらわねば。


 教室に教師と二人きりという強いストレス。そのせいでお兄様不足に陥ってしまったハナにゃんの頭が兄で埋まる。

 猫にとってはその教師がどんなにイケメンでも関係がなかった。


『なんでもいたします。御剣ミツルギ先生の授業を受けさせて下さいませ! あのお方のお声が、忘れられませんの……』


 そう言って、大勢の女生徒が懇願するほどだとしても。そのうえ他の授業に出なくなり、問題が大きくなったことがあるとしても。

 ――色気たっぷりの声。色気しかない顔。それでいてストイック。ギャップがたまらない。とは彼女たちの談である。


「お兄にゃーんのところへ行きたいですにゃーん、お兄にゃーん、お兄にゃーん」


「む、赤子が泣き出してしまった……。だが今は授業中。すなわち猫の兄も授業中ということだ。……場所を変えてみるか」


 堅物教師アヤメが繊細な手つきでハナの頭を撫でる。そのままふわりと抱き上げた。が、泣き止まない。

 赤ん坊をあやすように愛をそそぎ、甘く優しい(世の女性がはしたなく大騒ぎしそうな)声をかけつつ、教室の外へ出る。

 諸行無常について語りながら。


「変わらぬものなどない。世の中は常に変化し続けている。君と君の兄、授業というそれもまた――」


「お兄にゃーん! お兄にゃーん!」


 苦行。耐えかねたハナにゃんがお兄様を求める。

 真面目な話をする人間をどこかへやってくれと。



 相性の悪い一人と一匹が分かり合えぬまま移動したのは、さまざまな運動施設、演習場などがある場所だった。


「君は入学したばかりだから知らないだろう。この学園には『ダンジョン』と呼ばれる場所がある」


 悪役令嬢ハナちゃんの猫耳がピクリ、と動く。「ダンジョンですにゃーん」

『ダンジョン』聞き覚えがある。お兄様と遊んだゲームに出てきた。

 兄が『育成』していたヒロイン『ハナシオン』。ヤツがメキメキメキメキと尋常ではない速度で強くなっていった場所。 


『一緒に遊ぶのなら両方の名前を入れたほうが愛着がわくだろう』


 頷いたのが間違いだった。あの妙に強そうな名前。きっとそのせいで余計に恐怖を煽られたのだ。


「魔法や術を使用し、〝敵〟と模擬戦を行うことができる。危険がないよう、本物ではなく――」


 アヤメの美声に興味などない。さすが悪役令嬢、これぞ猫。

 呪われているうえに持っているハナちゃんは、難しい話の中から〝魔法、術〟〝敵〟〝危険がない〟を都合よく聞き取った。


 大悪党が襲ってくる前に強くならなくては。

 

「敵はわたくしがぽこぽこにいたしますにゃーん」

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