第29話 『気になる噂』よりも気になるお上品な猫。悪役令嬢の守護者達。
「うん。俺のことは気にしなくていいよ」
サクラは爽やかな声で答えた。しかし視線はあやしげな機械に釘付けだ。
カナデが『こんなところで』というのには理由がある。あとに続く言葉は『貴様は一年だろうが』だろう。
申請さえすれば他学年の講義、演習などの受講、参加は可能だ。しかし、入学したばかりどころか初日からそれをやる人間はほとんどいない。
――因みに、この学園では履修できる科目が非常に多い。
そのため、講義室、演習室、実験室、その他、学年別、用途別――さまざまな教室、部屋、設備が巨大な城並みに揃えられている。
加えて敷地内には大学も併設され、研究生用の塔、寮、教師、講師用の施設、商業施設、エトセトラ『もうここに住めばいいじゃん』というあれこれも。
一番のポイントは『大学も――』というところだ。
お兄様がいないと生きていけない生き物にはもってこいの学園である。
だが、その多目的っぷりがあだとなり、まるで迷宮のように複雑な建造物となってしまった。
悪役令嬢ハナにゃんが使用しているアンティーク調の教室も『多目的なそれ』のひとつで、やんごとなき方々のために日々美しく整えられている。
ともかく、彼は意味もなく三年生の使う講義室に来たわけではなかった。
そして当然、学びに来たわけでもない。
サクラには彼らから訊きたいことがあった。『入学式の日に起こった事件』のことで。
どちらにせよ、他人からすれば『授業をさぼるほどのことか』という内容ではあるが。
今大事なのは入学式ではなく――。サクラは考えを巡らせた。
一人は御剣アヤメだろう。角度が悪いせいか顔は映っていない。ただ、女生徒から『もう聞くだけでふらふらに……』と人気の美声は昔からなんども聞いている。あの堅っ苦しい語調も。
それより気のせいだろうか。アヤメの『女性をふらふらにさせる独特の声』の中に、まるで赤ちゃんにでも話しかけるような優しさと甘さが――。サクラが心底どうでもいい分析をしていると、また『気になる鳴き声』が聞こえた。
『お兄にゃーん』と。
人語っぽい奇妙な鳴き声を、人間の言葉に置き換えてみる。
『にゃーん』『おにゃーん』『おにぃにゃーん』『おにいちゃーん』どれもしっくりこない。
この上品な鳴きかたは――
『お兄様』だ。
この不思議で魅力的な生き物はいったい。そもそも何故、猫に授業を。
もしやミツルギアヤメは人間の教師を辞めたのか。それともこの学園のクソガキどもに愛想が尽きたか。
そこで着目したのが『しゃべる猫』とは。
――良い趣味だ。今のアヤメとなら気が合うかもしれない。
『オアー、オアー、お兄にゃーん』
見えにくい。『怪しげな機械』をのぞき込もうとする。が、顔に裏拳をくらいそうになった。
「シオンくん、俺もそれ見たい」
下級生らしくねだってみると、クールに返された。「あっちへいけ」
『出て行け』『失せろ』と言われないだけましだろうか。千代鶴シオンなら言いかねない。
鎮魂しにくい猫の鎮魂歌は、彼が機械を奪う前に終わってしまったようだ。
「その可愛い猫と会いたいんだけど。それってどこの教室?」
といった瞬間、シオンの拳に顔を狙われ、何故かカナデから警告が飛んで来た。
「余計な詮索をするな。あの教室周辺をうろつくやつは『心が清らかになる部屋』へ案内するよう伝えてある」
「はは、それって『消す』ってことでしょ」
思わず笑ってしまった。
あの『カナデ様』がわざわざそんなことを言うなんて、珍しいどころではない。




