第27話 『爽やか』な男。胡蝶(コチョウ)桜(サクラ)
『堅物教師アヤメの態度、あるいは思考に変化があったとするならば、〝千代鶴シオンの幼い妹、ハナが可愛い〟ことが原因である。議論の余地などない』
カナデはクールな友人の、聞いているだけで鼓膜が『お兄にゃーん』と揺さぶられそうな持論に対し、微かに目を細めてみせた、が、特に言い返したりはしなかった。
言っても無駄。という諦観からではない。
視界に入るハナを見ていると、反論しようとする意志が薄れてくるのだ。
『まぁ、ハナよりも可愛い猫がこの世に存在しないのは間違いないが』と。
◇
スモーキーなピンクグレージュが、中庭から回廊へ吹き込む風で、さらりと揺れる。
『爽やか』という、ある種のステータスのような、符号のようなものがつけられているそのイケメンの名は、胡蝶桜という。
授業と授業のあいだの短い休憩時間。
サクラは決まった目的もなく、廊下をのんびりと歩いていた。
自身が『チョロイ』などという、あまりにも失礼な理由で『怪しい女生徒』から狙われているとは露ほども思わずに。
彼がいつもと同じように、『世界は震撼しなくてもいいが俺が震撼するような面白いこと』を探していたとき。
「あの……! もしかして、胡蝶くんですか?」
一人の女生徒が、彼の背後から話しかけてきた。
サクラが楽し気な笑みを浮かべ、振り返る。
「うん。そうだけど、俺に用事?」
男は財閥の御曹司ではあるが、『話しかけやすい』という、それは彼の都合でなく相手の都合だろうという理由で、名も知らぬ人間から引き留められることがあった。
それも結構な頻度で。『愛の告白』という、彼にとっては『つまらない用事』で。
目の前の女生徒は、彼の顔を見て頬を染めている。
しかし告白という雰囲気ではない。面白い用事だといいのだが。
「あの、時間がある時でいいのですが……。アタシと一緒に――あ、すいません! アタシ、鵯鈴蘭といいます!」
「うんうん、それで? 時間があるときに?」
『面白さ』を求め、続きを促す。名前を聞くのは彼女のそれが『面白い用事』だった時でいい。
相手はなぜか『アレ?』という表情をしているが、些末なことだろう。
「え、何か思った反応と……。ええとぉ、お時間がある時に、一緒に『ダンジョン』に行ってほしいというか……」
「『ダンジョン』かー。……それって学園生用のしょーもないとこだったりする?」
『しょうもない学園生用のダンジョン』
――とは、つまり学園側が用意した安全で、誰も怪我をしない、幼稚園児が無防備にうろついて〝モンスター、あやかし、怨霊〟に見つかっても、ピンチになれば助けが入る『クソダンジョン』『お散歩コース』『誰が作ったんだよこんな場所』『お前が入ってろ』あるいは『クソ』と呼ばれている場所のことである。
「え……えぇ……。学園生用の、です、けど……あの! でもあそこの隠し通路には『秘宝』が眠っているって噂が……!」
『隠し通路』ねぇ。サクラは片手をポケットにいれ、自分よりも背の低い相手を見た。
灰色の瞳に、長いまつ毛が影を作る。
「な、なに……? その虫けらを見るみたいな……、す、すごい冷たいコレのどこが爽やかなの? ……こんなスチル絶対なかった……ヤバい……カッコいい……」
「口押さえてたら聞こえないよ。……まぁいいや。今日は予定もないし、いーよ。遊ぼっか」
そういってサクラは『爽やか』に笑った。




