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第27話 『爽やか』な男。胡蝶(コチョウ)桜(サクラ)

『堅物教師アヤメの態度、あるいは思考に変化があったとするならば、〝千代鶴シオンの幼い妹、ハナが可愛い〟ことが原因である。議論の余地などない』


 カナデはクールな友人の、聞いているだけで鼓膜が『お兄にゃーん』と揺さぶられそうな持論に対し、微かに目を細めてみせた、が、特に言い返したりはしなかった。

 言っても無駄。という諦観からではない。

 視界に入るハナを見ていると、反論しようとする意志が薄れてくるのだ。


『まぁ、ハナよりも可愛い猫がこの世に存在しないのは間違いないが』と。



 スモーキーなピンクグレージュが、中庭から回廊へ吹き込む風で、さらりと揺れる。


『爽やか』という、ある種のステータスのような、符号のようなものがつけられているそのイケメンの名は、胡蝶コチョウサクラという。

 授業と授業のあいだの短い休憩時間。

 サクラは決まった目的もなく、廊下をのんびりと歩いていた。

 自身が『チョロイ』などという、あまりにも失礼な理由で『怪しい女生徒』から狙われているとは露ほども思わずに。


 彼がいつもと同じように、『世界は震撼しなくてもいいが俺が震撼するような面白いこと』を探していたとき。


「あの……! もしかして、胡蝶コチョウくんですか?」


 一人の女生徒が、彼の背後から話しかけてきた。

 サクラが楽し気な笑みを浮かべ、振り返る。


「うん。そうだけど、俺に用事?」


 男は財閥の御曹司ではあるが、『話しかけやすい』という、それは彼の都合でなく相手の都合だろうという理由で、名も知らぬ人間から引き留められることがあった。

 それも結構な頻度で。『愛の告白』という、彼にとっては『つまらない用事』で。


 目の前の女生徒は、彼の顔を見て頬を染めている。

 しかし告白という雰囲気ではない。面白い用事だといいのだが。


「あの、時間がある時でいいのですが……。アタシと一緒に――あ、すいません! アタシ、ヒヨドリ鈴蘭スズランといいます!」


「うんうん、それで? 時間があるときに?」


『面白さ』を求め、続きを促す。名前を聞くのは彼女のそれが『面白い用事』だった時でいい。

 相手はなぜか『アレ?』という表情をしているが、些末なことだろう。


「え、何か思った反応と……。ええとぉ、お時間がある時に、一緒に『ダンジョン』に行ってほしいというか……」


「『ダンジョン』かー。……それって学園生用のしょーもないとこだったりする?」


『しょうもない学園生用のダンジョン』


 ――とは、つまり学園側が用意した安全で、誰も怪我をしない、幼稚園児が無防備にうろついて〝モンスター、あやかし、怨霊〟に見つかっても、ピンチになれば助けが入る『クソダンジョン』『お散歩コース』『誰が作ったんだよこんな場所』『お前が入ってろ』あるいは『クソ』と呼ばれている場所のことである。


「え……えぇ……。学園生用の、です、けど……あの! でもあそこの隠し通路には『秘宝』が眠っているって噂が……!」


『隠し通路』ねぇ。サクラは片手をポケットにいれ、自分よりも背の低い相手を見た。

 灰色の瞳に、長いまつ毛が影を作る。


「な、なに……? その虫けらを見るみたいな……、す、すごい冷たいコレのどこが爽やかなの? ……こんなスチル絶対なかった……ヤバい……カッコいい……」


「口押さえてたら聞こえないよ。……まぁいいや。今日は予定もないし、いーよ。遊ぼっか」


 そういってサクラは『爽やか』に笑った。

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