第25話 ヒロインの企み。御剣(ミツルギ)纐纈(アヤメ)、猫にやられる。
「チョロイイケメンと言えば、やっぱり爽やかな彼……」
入学式の日、何故か様々な不幸に見舞われた彼女は、本来であれば出会っていたはずのイケメン――財閥、大財閥の御曹司達――と未だに接触できていなかった。
辛うじて声をかけられたのは、悪役令嬢ハナの兄、千代鶴紫苑と、二人の幼馴染、桔梗院奏だけだ。
彼女は攻略対象の中でもひときわ輝くメインヒーロー、大財閥の御曹司であるカナデ様の、芸術品のようなご尊顔を思い返し、ホゥ……――とため息をついたところで、すぐに無表情になった。
あの忌まわしき一日を思い出してはならぬ。
――ともかく、あの超絶色っぽい御剣纐纈の堅物教師姿を見られなかったのは非常に! 残念だが、やはり、自分の魅力を上げないと会えないのだろう。
黙っていれば美しいヒロインが悲し気に、ふるふると首をふる。
そして、入学したばかりの人間が覚えるにはあまりに複雑すぎる構内を、まるで自身のテリトリーであるかのように優雅に、迷いなき足取りで進み始めた。
強くて爽やかで、出会うだけで簡単にデートに誘えるイケメン、胡蝶桜を狙って。
◇
要注意人物が『チョロイイケメン』探しをはじめたことをなど知らぬお兄様は、勉強嫌いの妹、悪役令嬢ハナにゃんに授業を受けさせるべく、猫と堅物教師アヤメを友誼で結ぼうとしていた。
アヤメは、彼女のお兄様の口から流れるように零れ落ちるありがたい猫学に耳を傾けつつ、不思議な生き物を眺めていた。
『とにかく猫(妹)の嫌がることをするな、押し付けるな、教科書の話をするな、赤子よりも丁寧に、そして赤子と接する時のように深い愛を持ち、見守り、愛でよ』
なるほど――。アヤメが首肯する。
どうやらこの、ふわふわしていてなんとも愛くるしい姿の生き物と接するには、赤ん坊と触れ合うような心持で挑まねばならなかったらしい。
自分は最初から間違っていたのだ。
無垢な赤子に『私語を慎め』『教科書を開け』などと。
生まれたばかりで周りからの愛情を必要とする生き物に対し、随分と高圧的な態度を取ってしまった。
生徒に対し先入観を持たぬよう気を付けていたつもりだが、いつのまにか、彼女の兄であるシオンと結びつけてしまっていたのだろう。
どこからどうみても、この無慈悲で冷ややかな男とは違うというのに。
まるで威嚇するように目を吊り上げ、自分を見上げているハナを眺める。
随分と怯えさせてしまったようだ。
そっと手を差し出すと、ふんふん、ふんふん、と匂いを確かめられた。
そうして、テチ! と柔らかな手で叩いてくる。
「なんと弱々しい……」
思わず漏れた声に、彼女が「フシャー!」と怒る。
それは、これまでの人生で一番といっていいほどの衝撃だった。
このように愛くるしく、かつ弱々しい生き物が存在していたとは。
赤子の十倍は弱いのではないか、と。




