第19話 お兄様といっしょ
じっとするのが苦手な、精神が幼児、外見と行動が猫そのものである妹の限界が近い。
クールなお兄様と婚約者(仮)は、猫をなで、棒付きの羽であやしつつ、一応式へと足を運んだ。
おごそかな空気が漂う広間に、まるで讃美歌のように、悪役令嬢の美声が響き渡る。
「お兄にゃーん、お兄にゃーん、お兄にゃーん」
座る前から鳴き、『真面目な雰囲気のやつらを全員追い出してくれ』と伝えてきた妹を連れ、神聖な大聖堂によく似た場所を出る。
そうして彼らは速やかに、自宅へと戻り、美しい一日を終了させた。
◇
悪役令嬢ハナちゃんは、学園へ向かうお車の中で考えていた。
あのにっくき大悪党がふたたび攻撃をしかけてきたら、どうするかと。
「お兄にゃーん、わたくし、あの大悪党と同じクラスになってしまうにゃーんでしょうか……」
「……お前の過ごす場所に邪魔者は存在しない」
クールなお兄様が、めずらしく言葉をにごす。
あやしい。悪役令嬢でクソガキな、彼女の勘が冴えわたる。
「お兄にゃーん。わたくし、お兄にゃーんのクラスで授業を受けたいですにゃーん」
「ハナ、その件は学園長へ伝えておく。今日は我慢しなさい」
彼はそう言って『お兄にゃーんと勉強するにゃーん』という友人のいない妹、あるいは友人のいない猫的な問題を先送りにした。
幼い妹からスッと視線を逸らすと、クールに本を開く。
カバーのかけられたそれを、冷めた視線がなぞる。
『子猫のしつけかた』『子猫をのびのびと育てるには』『上手な爪切りのしかた』
そこにはこれから行く場所とは無関係な、しかし猫と人間の暮らしに非常に役立つ内容が記されていた。
◇
「お兄にゃーん、お兄にゃーん」
悪役令嬢ハナちゃんは美しい猫手を伸ばし、頼りになる兄を呼んだ。
『こんなつまらなそうな場所に置いて行くな』と。




