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着ねえよ。何がとは言わねえけどはみ出しちまうじゃねえか。
「お前らいい加減にっ……!」
話してる途中で何かがぶつかる衝撃があり車がドンと揺れた。
……ちくしょう。舌噛んだ。痛てぇよ。
「なんだよ今度は追突かよ!ついてねーなー!」
前の座席から男の声が聞こえた。
なるほど。姉ちゃんがそんなだいそれたことする訳ねえし、伏見さんか。
「止まった方がいいんじゃない?」
「止まれるわけないだろ。このまま撒くって……なんだ!?前に出やがった。何がしてぇんだこいつ!」
男の激昂した声が聞こえてきた。
「バックして交わす……さっきの車?」
詰みだ。終わったんだ。お前はよ。
運転席と後部座席を隔てている小窓を開いて木刀を男の喉元に突きつけた。
「無事に帰りたきゃ、無駄な抵抗はするなよ。お前の相棒がどうなっても知らねえぜ?」
さっきの言葉をそっくりそのまま返してやった。
「そういう事よ。観念して車のエンジンを切りなさい」
詰んだ。という事実を突きつけるように蓮さんが手をピストルのようにして男に向けた。
もう終わりだよお前。
「俺をはめやがってぇえええええ!」
男は歯を食いしばり、一呼吸置いてから吠えると、アクセルを蹴って車を急発進させた。
急な発進でバランスを失った俺は慣性に従って仰け反り転がった。
ハッチバックで頭をぶつけた。ちくしょう……いてぇ。
そして前方でガシャン!とぶつかる音とともに衝撃がきて、今度は前に転がる。
「余計な事すんじゃねえ!もう少しだったんだ!もう少しでええ!」
男の叫び声が聞こえ、そして車はまた走り始め。
「車を停めろって言ってんのがわかんねえのか往生際が悪いんだよぉおおお!」
無かった。
車内には蓮さんの叫び声とクラクションが鳴り響いた。
俺は頭をぶつけた痛みに動けず、短調なリズムで鳴るクラクションを聞きながら痛みが過ぎ去るのを待った。
頭の鈍痛が引き始めて動けるようになったから小窓を覗くと、蓮さんが男の頭で太鼓を打つように、狂気じみた笑みを浮かべてハンドルを強く叩いていた。
「あはっ!あはは!雑魚がよ!粋がりやがって!うちの娘に手を出したのが運の尽きだったなぁ!」
男の返り血で塗れた顔に狂気じみた笑み。
冗談じゃねえ、どっちが悪者かわかんねえだろ。
血濡れのお蓮。伝説のレディース。紅蓮の特攻隊長がそこには居た。
「私はよお!死んだ旦那と!ガキこさえてからよお!私を封印してきたってのによお!てめえが余計な事したせいでよお!封印が溶けちまったじゃねえかよお!」
封印を解いた?どういう事だ。
小窓から真下、座席の真ん中に答えがあった。
座席の間にはナイフが落ちていて、よく見ると蓮さんの頬に小さな傷が出来ていた。
「私は血を見ると」「蓮さん!」「あぁ!?」
血を見ると興奮するタイプなんですね。こえーよ。
「蓮さん。そいつ死んじゃうから、その辺でやめときましょ」
小窓から少しだけ離れて声を掛けた。
だって殴られそうなんだもん。
「あ……大丈夫よ?死なない程度に痛めつけてるだけだから。ふふふふ」
今更取り繕ったって無駄だよ。もうあなた淑女じゃないよ。
俺完全に幼い頃に蓮さんがブチ切れてた時の記憶蘇っちゃったもん。
「この車は完全に包囲されていますので〜手を挙げて出てきていただけませんか〜?」
窓をコンコン叩きながら言ってきたのは沙織さんだ。後ろには琥珀さんが控えている。
2人とも表面上取り繕ってはいるが、顔を青くして口に手を当ててげっそりしている。
「あー。つっかれたぁあ」
これでこの事件も終わりか……いや、まだだ。
女子を解放して依頼主を迎え撃つ。んでこの2人に落とし前を付けさせる。
「んじゃ、まあ、出るか」
「そうね」
「そうだね〜。私お腹すいちゃったよ」
「私を食べてもいいのよ」
緩みきった表情筋を引き締めて、後部座席で先にのびていたしゃがれた声の男を引き摺って緊張感のない2人と外に出た。
「おっと、どした?」
外に出たところで麗奈が俺の胸に飛び込んできた。
麗奈がぺたぺたと俺の体を弄る。
『怪我はしてないみたいだねε-(´∀`;)ホッ蓮さんが血塗れだったから……』
「ありゃ返り血だよ。ていうかお前」
蓮さんには敬称つけるんだな。と耳元で囁いた。
向こうの方で返り血を浴びて真っ赤に染った血濡れのお蓮こと蓮さんがニコニコしながら沙織さん琥珀さんと談笑?をしているからだ。
『血濡れのお蓮は流石に怖い』
「悠くん。血濡れのお蓮ってなぁに?」
涼夏が首を傾げながら聞いてきた。
「気にするな。あざといお涼」
知らなきゃ知らないままの方がいい。俺たちがここに来るまでの出来事も。
「あざといって何さ!」
「そうよ!涼夏のそれはあざとかわいいって言うのよ!」
黙れ。もはやその言葉は褒めてねえだろ。
「私……可愛い?」