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「そうだぁ。このまま走り出すのは怖いので、ちょっと見て貰えませんかぁ?」
上目遣いに男を見て、同情誘おうと瞳を潤ませている。
流石というか何と言うか未亡人グラマラスパワーだ。
男の鼻の下は完全に伸び切り、やらしい顔をしている。
「……駄目だ。俺たちは先を急ぐ。車屋でも呼ぶんだな」
蓮さんの色香でもやっぱそう簡単には釣れねえか。
俺なら一発で言うこと聞いてるぞ。
「でもそういうの分からなくて、とほほ」
あんな車に乗ってこんなにかっ飛ばしてた女がわかんねえ分けねぇだろ。イカれてるのか。
「まあどうしてもって言うなら近所の車屋まで親子で乗せてってやろうか?」
「あら?良いんですか?」
「ああ、奥さん助手席。娘ちゃんは後ろに乗りなぁ」
馬鹿が、下心出しやがって、真ん中の席空いてる癖に蓮さん狙いで俺を後ろに追いやるなんて。
俺にとっちゃまたとない好都合なんだよ。
「ほら、由奈ちゃんお兄さんにお礼言って」
ああ、見せてやる。涼夏直伝の可愛い俺の満面の笑みを見せてやるよ。クソッタレ野郎にせめてもの手向けだ。
「お兄さん。ありがとっ」
俺のことも欲しがるようにな。
「お、おう。可愛いお嬢さんだな」
「由奈ちゃん。カバンだけ取ってきてくれるかしら」
「わかったー。お兄さん。置いてかないでね?」
「あぁ、お嬢ちゃん1人こんなところに置いていくわけないよ」
優しく言ってるつもりだろうけど、下心が丸見えだっての。
今に笑えなくしてやるから覚悟しろよ。
早足に、車に行って扉を開けて、いまだ気絶している姉ちゃんの体を揺する。
追跡してもらわねえと、頼む。起きてくれ。
「おーい!まだかー?」
急かすなよ。うちの姉ちゃん一度寝たら起きねえんだよ。
「おかーさんのかばんが見つからなくてー!」
ちくしょう起きねえ。
あんまモタモタしてるとバレちまう。
麗奈の方が寝起きいいから、こいつを起こすか。
麗奈の肩を揺すろうと手を伸ばした時、蓮さんのカバンが目の前に差し出された。
なんだ。起きてたのかよ。
『菜月はお姉さんが起こすから、君は行って。あとこれも持って行って』
麗奈が男からはわからないように服の中に木刀を差し入れてくれた。
OK。準備は万端だ。いつでもやれる。
「ありがとな。んじゃサクッと助けてくる」
コクリと頷いた麗奈に、小指を差し出した。
麗奈は首を傾けて不思議そうにしている。
「約束だよ。2人を無事に助けて、俺も帰ってくる」
麗奈が、口角を、僅かにあげて、指を絡ませてきた。
ゆびきりげんまんっと。
解いて、背を向けて、歩き出す。
バッグを掲げてみせた。
「あったよーお母さん!」
「ありがとう由奈ちゃーん」
蓮さんが俺を抱きしめて、男には聞こえないように耳元で「一撃で仕留めろ」と言ってきた。
「えへへー当たり前だよー!褒めて褒めてー!なでなでしてー!」
「偉いわねえ。帰ったらギューってしてあげちゃう!」
「わあー。由奈お母さんのギュー大好きー!柔らかいもん!」
ここまで全て涼夏のマネをしたつもり。
我ながらナイス時間稼ぎだ。ただし俺のプライドはすり減る。
「おいおい、俺だって急いでんだ。早く乗ってくんなあ」
いつまで経っても発進できない男が堪らずに急かしてきた。
「ふふふ、じゃあお願いしますねえ」
蓮さんが助手席に乗り込んだのを確認してから俺も背中から獲物を取り出して後部座席の扉に手をかける。
大丈夫。ミラーからは死角だし、この車は外が見えないように窓も着いてねえ。
この先に敵が居る。
力を入れてレバーを引く。少し開いた隙間から中の灯りが漏れ出てくる。
俺は木刀を引き手に構えてスライドドアを開けた。
「やぁ、お嬢ちゃん、いらっしゃい」
よお、会いたかったぜ。クソ野郎。ぶち殺してやる。
思い切り跳躍して車に飛び込む。車の中では呑気に男が手を広げて待っていた。
引き手に力を込め押し出した。全身全霊体重を乗せた不意打ちの切先が向かうは男の鳩尾。深く吸い込まれるようにして切先が沈んでいく。
「くけっ」
情けない声を上げて反対側に男は吹っ飛んだ。
みよ。これが失神突き。
食らったやつは一撃で失神する。派生で失神パンチと失神キックがある。名前は今考えた。
男の安否確認をして。
そして何事も無かったかのように扉を閉めて、息を吸う。
「キャー!お母さん助けてぇ!」