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「蓮さん私のくるまがぁあ」


 姉ちゃんが車を降りずに蓮さんの胸に泣きつく。ショックだよな。これ買った時めっちゃ喜んでたもん。


「そんなもん後で別のやつ買ってやるから早く後ろ行け」

「はぃい」

 普段の蓮さんからは考えられない口の悪さと圧に負けて、姉ちゃんは運転席を明け渡した。


「クソガキどもちゃんと掴まってろよ!飛ばすからな!」


 そう言えば蓮さんの運転する車には乗ったことが無いけど、涼夏から聞いたことがある。


 お母さんは普段の運転は問題ないけど、キレちゃうと乗ってる私は命が何個あっても足りないよぉ。だから悠くん。キレてるお母さんの横にはぜーったい、乗っちゃダメだよ。


 ってな。ああ、アーメン。


 蓮さんがシフトを2速に入れ、アクセルを煽ってエンジンを吹かす。ブオンブオンと駆動音が鳴り響き、クラッチを半クラまで戻したところでタイヤがスキール音を出して空転しはじめた。

 真っ白い煙を巻き上げて、まるでタイヤが悲鳴をあげているみたいだ。


 これは本当に、掴まってないと死にそうだ。


 俺、姉ちゃん、麗奈は頭の上にある持ち手の部分に両手で掴まった。

 我が家のガレージから飛び出す車。幸い通りすぎる人はいない。


 好調なスタートを切った俺達を乗せた車が、何個かの交差点と信号を抜けて山道に突入した。

 スピードを緩めることなく車は左に滑り、右に滑り、小さな段差で後ろの席の2人が跳ねようとも山を登って、降りていく。


「んぎゃ!あ!いだっ!」


「………………………………!」


 カーブの度に後ろの席では2人がぶつかり合うどちゃっと言う音と姉ちゃんの痛々しい悲鳴が車内にこだましている。

 

 ああ、後ろを振り向いたら抱き合ってるのかな。

 振り向いたら首を持っていかれそうで、俺自身は座席に磔られ後ろを見られないのが残念でしょうがない。

 


 最後のカーブを抜けて山を降りた先には信号機があって、今は赤く光っているのだが、減速する様子はない。


「蓮さん信号赤っすよ」

「あ?私に止まれってーの?」

 

 思わず中途半端な敬語を使うようなった俺に向かって、蓮さんはドスの効いた低い声で言った。


「いえ、でも、危ないかと」


「クラッシュが怖くて主婦がやれるかっつーの!」


 俺の一言が逆に蓮さんの何かを刺激したようで、蓮さんは信号無視で交差点に侵入した。

 迫り来る車を白煙を巻き上げながら横滑りで間一髪避けて、右折を披露すると、更にアクセルを踏み込んだ。さながらハリウッド映画のスタンドだ。尚、後ろでは2人が気絶している。ごめん2人とも。


 畑。住宅街。車が1台やっと通れる程のトンネル。全てが一瞬の光景で、スライドショーのように変わって行き、横滑りを2回繰り返したところで、バイパスに入った。


 ここからしばらくは真っ直ぐで、この時間なら混まないはず。沙織さんに電話してみるか。

 バキバキになったスマホをポケットから取り出したところで、見覚えのある黒塗りの車の、横を、ビュンと通り過ぎた。

 直ぐに電話が来た。沙織さんだ。


「もしもし。沙織さん?」


『今すんごい非常識の塊みたいなスピードしたのが通り過ぎていきましたけど、菜月さんの車ですよねぇ〜?』


 スピーカー越しだけど興奮気味の沙織さんの声が聞こえて、この人の運転が非常識だと教えてくれて、安心した。


 ああ、出来ることならば、後ろでのびてる2人だけでも向こうの車に乗せてやりたい。向こうは常識ある大人が運転する車なのだから。


「ええ、うちの車っすよ」

『菜月さんってそんなに飛ばす人でしたっけ。一体何キロ出してるんですか?』


 聞かれてスピードメーターを見た俺は驚愕した。

 アナログのメモリが刺してる数字は100だったのだ。


 なんだ。そんなに飛ばしてないんじゃん。100を指してるからには100キロなのだろう。

「運転してるのは涼夏の母ちゃんなんすけどね。そんな大したスピードじゃないっすよ!だって100キロですもん」


『悠太くん大変心苦しいのですが……その』

 

 やけに言い淀むな。まさかハイエースなんてとっくに追い越していて、沙織さんの前を走ってるとか?

 いや、蓮さんが見落とす分けないか。


『そのスピードメーター。リミッターカットを施してあるのですね。恐らく1周回ってます』


 は?最高速180キロのメーターが一周まわって100…………単純に考えて280キロ!?



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