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 笑顔を見て涙を流してしまったことは内緒。

「お前が絶賛するなんて相当いい笑顔してたんだな。俺も見てみたいなー。そうだ、今から何か作るから食べてくか?」


「もらう!晩飯食ってきたけど、雪兄が作ってくれたものなら入りそうだよ」


「嬉しい事を言ってくれるじゃないか!じゃあ少なめに作るとしよう。何が食いたい?」


「麻婆豆腐!あんま辛くなく頼むよ」


「辛いものが苦手なお前にしちゃ珍しい注文だな」


「麗奈の好みだよ」


 何でも不平不満を言わずに食ってくれる麗奈だが、もちろん好きな食べ物はある。そのひとつが麻婆豆腐だ。

 昔家族で食べに行った町中華の麻婆豆腐が美味しかったとか。もう一度食べてみたい味だけど幼い頃だったから店名や場所も思い出せないらしい。


「へぇ。麻婆豆腐か。得意では無いけどやってみるか」


「昔食べた町中華の味が好きだって言ってた。もうあるかないかも分からない店だからどんな味かも覚えてないらしい」


「それまた難しい注文だ。ただ、麗奈ちゃんはずっとこの辺に住んでるんだろ?だったら……」


 そう言うと、雪兄はせっせと料理に取り掛かった。

 テキパキと並べられていく材料は、どれも特別な物ではなく、俺でもわかる物ばかりだ。


 それらを無言で刻み始めた。料理に集中を始めた雪兄の邪魔にならないように、トントンとリズム良く叩く包丁の音を聞きながら、ボーッと中を眺めている。


 そうだ。これも聞こうと思ってたんだ。

「雪兄と千秋も明日行けるんだよな?」


 包丁の音が止み、中華鍋を取り出す音が聞こえたところで声をかけた。


「明日?なんかあるのか?」


 ズデンとコケそうになった。

「沙織さんから聞いてないのか?明日温泉旅行に行くって話し」


 あれ……俺が言うって言ったんだっけ、どっちだっけ。

 スマホをポケットから取り出して念の為沙織さんにLINEを送った。

 『明日の予定はみんなに伝えてありますか?』と。


「温泉旅行……だと……ち、千秋と静華だけでも連れてってやってくれるか?」



 急に言われたらそうなるよね。


「明日と明後日だけでもどうにかなんねえの?」


「うーん。俺の料理を待ってる人達が居るのに、急に店を休みにするのもなあ」


 さてどうしたもんか。伝えてなかったこちらサイドの不手際とは言え、雪兄が来てくれないと男の人数が少ない。

 頭数の問題ではない。俺の気苦労の問題だ。

 

 だけど雪兄の頭は石より硬い。俺があーだこーだ言っただけで考えの変わるような軟弱な意思の持ち主ではないのは昨日の事でよく分かってる。

 

「雪兄行かねえのー?」


 小手調べに意志の再確認。どれくらいのものか見させてもらおう。

 

「行きたいのは山々だけども、やっぱり客を待たせるわけにはいかん。せめて数日前に言ってくれたら良かったのだがな」


 真っ当なことを言う頑固ジジイだ。


「伝達ミスがあったのは認めるけどさ。でも俺……雪兄が居たらもっと盛り上がると思うんだけどなあ」


 軽いジャブ、つまんなそーな顔を添えるのも忘れずに。


「うっ、だが1人でも多くの客を笑顔にするのが俺の役目だ!」


「目の前の1人を幸せに出来なくて何が役目だ!」


 途中机をバンと叩いて注意も視線も俺に向ける。表情は見られないようにそっぽを向いて。

 そうするとやつはあたふたし始める。


「なっ!あっ、そそそ、そうかもしれんな…だ、だが」


 よし。揺れてる揺れてる。後は涼夏、君に決めた。


「お兄ちゃんがぁ、一緒に来てくれたら、ボク。楽しいのになぁって」


 目をきゅるんきゅるんさせながら上目遣い。人差し指を唇に当てて、ジーッと雪兄の間抜け面を見つめながら甘えた声で言った。


「……」


 雪兄は口をあんぐり開けて固まった。


 ミスったか。そもそもよく考えて見れば雪兄だけは俺を男として認識していたのに、可愛い由奈ちゃん作戦なんて雪兄に通じるはずがない。

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