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「実は……菜月はな」
雪兄が重い口を開いたかと思えば、姉ちゃんの名を呟いてまた閉じた。
そんなに言いづらいほど恐ろしい計画に巻き込まれてんの?
だとしたら尚更聞いとかねえと。
ゴクリと息を飲む。前のめりになって一言も聞き逃すまいと耳に全神経を集中する。
「菜月は、レズビアンなんだ」
なんでやねん!
「なんでやねん!」
思ったことがまんま口から出ちまった俺はずこっとコケかけて、食堂の机に手を着いた。
雪兄は言えたぞと言いたげな顔でホッと息を吐き出した。
姉ちゃんが同性愛者なのは知らなかったけどさ、こんなシリアスそうな雰囲気を漂わせながら言うようなことじゃなくね!?
しかも助けてやりたいってノンケに戻してやりたいってか?なら俺に打ち明けず黙ってやってくれよ。
真剣に聞くのも馬鹿馬鹿しくなった俺は、食堂のカウンター席に腰をかけた。
だが、俄然真剣な顔つきを崩さない雪兄を一瞥して机の上に手を置いた。
続きを聞かせてもらおうじゃないか。
「菜月の事は昔から好きなんだけどな。そう言うわけで俺は対象外なんだ」
「へ、へー、そうなんだ」
じゃあ帰ってきてすぐの頃、菜月姉ちゃんと付き合わねえかなって思って、話した時に悲しい顔してたのも、葉月姉ちゃんに未練があったわけじゃなかったのか。
「葉月姉ちゃんが好きだったんじゃなかったんだな」
俺はてっきりそう思ってた。
「葉月はお前と結婚するつもり満々だっただろ?」
「それを言ったら菜月姉ちゃんもだろ。昔と違って今は言わなくなったけど」
「それだよ。ここまでお前に話していいのか分からないけども……菜月が好きだったのは」
「葉月姉ちゃんか」
心に小さなトゲが刺さった気がした。
……俺は葉月姉ちゃんの代わりじゃねえの?
「そんな悲しそうな顔をするな。菜月はお前の事も愛してる。疑いようがない事実だ」
「別に疑っちゃいねえよ。ちょっと衝撃を受けただけだ」
そうだよな。菜月姉ちゃんは俺を庇ってくれて一緒にこの街に連れてきてくれた。
もし、仮に葉月姉ちゃんの代わりを求めていたなら麗奈の接近も許すはずがない。
「強がるな。お前は感情が顔によく出る」
「うるせぇやい。別に葉月姉ちゃんの代わりだったとしても、俺は菜月姉ちゃんに助けられて今ここにいる。それは変えられない事実だよ。感謝こそすれど、恨んだり悲しんだりすることはないよ」
自分に言い聞かせているだけだ。
ちくしょう。悲しくなんてない。考えるな。そんな事よりも雪兄がこの話をして来た真意を考えろ。
「……なぁ、姉ちゃんは犯人を探しているのか?」
「お前もそう思うか?」
という事は確証はなし。けど雪兄はそう推理しているわけだ。
そう言えばこの街に戻る提案をしたのも姉ちゃんだっけ。
内藤の事件の終わりにも姉ちゃんは居た。今回の事件も進んで車を出してくれた。
俺みたいなきかん坊を連れて戻れば、いつかは真実に辿り着く。
だから俺のする事をいつも止めようとする。そうすれば俺は意固地になって身の回りを起こった事件を解決しようとするから。
いや、止めようとしていたのは本心も混ざってる。愛は確かにあるんだ。
でも、俺への愛情で辻褄があっていた話が、裏を返して、この馬鹿みたいな妄想に近いこじつけでも辻褄が合う。
裏切られた。違う。そんなんじゃない。
この街を選んだのだって姉ちゃんが蓮さんの会社でなら働きやすいからだ。
でも蓮さんの会社と親父の会社の情報網を使えば色々調べられる。
「俺が思うに菜月は姉である自分と、復讐心の狭間で揺れ動いてるんじゃないかって思ってる」
繋がった。合点がいった。姉ちゃんは俺の姉であり復讐者だ。でも
「姉ちゃんに怪しいところはなかったのに、なんでそう思ったの?」
ここまで姉ちゃんに不審な所はなかった。昔と違って時々ヒステリックに俺を怒ったりするだけ。
それは俺が危ない事をするからだ。葉月姉ちゃんみたいな目にあって欲しくないと言う姉心だと思っていた。




