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「でも!……麗奈お姉ちゃん程では無いです。」
一瞬激昂仕掛けたが抑えたようだ。次の言葉には力が無い。
意地らしくスカートをきゅっと握って、口をへの字に結んで涙を堪えている。
ガキの癖に俺なんかよりよっぽど感情を抑えるのが上手い、もっと感情を出してもよかろうに。
ただ、俺がこの場に居てかけてやれる言葉も無ければ、慰めてやることも出来ない。
『君は先に雪人と話してて、私は千秋とお話しするから』
悪い、頼んだ。
気持ちを込めて頷くと2人の横を通り過ぎて店の中へと入った。
雪兄は厨房で皿洗いか。飲食店経営って、営業時間終了後も大変なんだな。
「うーっす」
「挨拶の割りに浮かない顔してるな。うちに来たってことは悪いやつは退治できたんだろ?」
雪兄は皿を洗いながら顔を上げ、俺を見て言った。
「悪いやつはフルボッコ。浮かない顔は、まあ、別のこと」
「歯切れが悪いな。千秋か?」
「まあね。つかなんでわかんの?」
「お前たちの話し声が外から聞こえた瞬間、旦那様を迎えに行ってきます!って出ていったからな。告白でもされたか?」
全く似ていない物真似を披露しながら千秋の事を教えてくれた。
「昨日は麗奈と俺を半分こするとか言ってたのに、入る隙が無いって――まあ忙しい奴だよ」
「それだけ悠太と麗奈ちゃんの仲が深く見えるような何かがあったんだろ。千秋はまだまだ新参だからな!」
「知り合った期間の長さなんて関係ねえよ。それを言ったら麗奈なんてまだ出会って5ヶ月だよ。でも、俺この上なく麗奈の事が好きなんだ」
「はっはっは!お前も恋愛するんだなー!半年前じゃ考えられない成長スピードだ」
関心関心と頷きながら洗練された動きで洗い終えた皿を片付けていく。
「昨日も似たようなこと言ってただろ。て言うか素が漏れてるぞ」
雪兄のデリカシーがない発言も、鈍いのも演技だ。
この方が人生色々上手くいくとか訳分かんねーことを抜かしたっけ。
雪兄が察しが良くて発言に気を使えたらモテそうなのに。
「今ここに俺と悠太、2人きり。つまりそういう事だ」
気色悪いけど、そういう事。雪兄の素は俺しか知らない。後は察していたとして葉月姉ちゃん。
本当にモテたいやつにモテたいから、他の女性に言い寄られたくないらしい。
果たしてそれが葉月姉ちゃんなのか、菜月姉ちゃんなのか、はたまた気色悪いけど俺なのかまでは教えてもらってない。
「こっち来てから2人きりなんてなかったからな」
「お前はいつも違う女の子を隣に侍らせてるから」
「侍らせてねえよ。みんな友達だ」
「そうだな。同性の友達だよな!はっはっは!」
「俺は男だっての!」
「それで、千秋がお前を諦めるくらいのことが、麗奈ちゃんとの間にあったのか?」
「……秘密」
「なぜだー!弟のようにお前の事を育ててきたのに!お兄ちゃんに隠し事をするとは何事だ」
雪兄が大袈裟に崩れ落ちる。
き、キスされたなんて言えるわけねえだろ。
「じゃあ雪兄は菜月姉ちゃんのこと、どー思ってんの?」
「菜月か。助けてやれたら良いんだけどな」
「は?」
いつも通り笑ってはぐらかしてくると思ったのに、姉ちゃんの名前を出した途端雪兄は真剣な表情で言った。
対して俺はわけも分からず素っ頓狂な返事で返してしまった。
姉ちゃんを助ける?何から?もしかして命狙われてるのって菜月姉ちゃんか?
葉月姉ちゃんも知らない情報を雪兄は持ってるのかも。
「神妙な顔してないで何か知ってるなら教えてくれよ」
雪兄はしばらく黙ったまま俺を見つめた後、深呼吸をしてから口を開いた。
「誰にも言わないって約束できるか?」
「ああ、もちろん」
姉ちゃんが狙われてるなら1番近くにいる俺が何とかするしかない。
みんなと連携を取って守ることもできる。姉ちゃんをつけてるやつが居れば捕まえて先手を打てるかも。




