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「よ!少年!」
琥珀さんが話しかけてきた。
「うっす」
「どうだった?その木刀。葉月さんのだろ?」
流石琥珀さんだ、見ただけで分かるとは。
「昔は思わなかったんすけど、凄く手に馴染むんすよね」
「手に馴染む、かー……一度だけでいい。私にも持たせて貰えないか」
琥珀さんならいいか。この人も姉ちゃんに憧れてた人だし。
「いいっすよ」
木刀を手渡すと、琥珀さんは手触りを確かめるように刀身に指を滑らせてから握り込み、一振りしてから返してきた。
「憧れの葉月さんの木刀と言えど、こんなに振りづらい木刀は初めてだ」
「振りづらい?こんなに軽くて持ち手も持ちやすく加工されてるのに?」
「ああ、そうか。そういうこと」
琥珀さんは大きく頷いた。
「その木刀。大事にするんだぞ。それは多分少年か、お姉さんしか扱えない」
「どう言う事すか?」
「重いんだよ。鉄の塊を持ってるようだった。私でも一振りが限界だよ」
そう言って琥珀さんがほらと手を見せてきた。まるで限界の力を使ったかのようにプルプル震えている。
「残念だよ。葉月さんに一切認められてないというか。そんな気分だ」
「いやいや、あの道場で姉ちゃんと互角に渡り合えたのって雪兄か琥珀さんくらいだから。雪兄は男だし同性なら琥珀さんです。姉ちゃんが認めてない訳ないっすよ」
俺の記憶の中で琥珀さんは年齢差もあって姉ちゃんに敵いこそしないものの、充分に検討してたはず。
「今なら。少年も互角だよ」
「いやいや、素手なら琥珀さんの足元にも及ばないっす」
「まるで武器(木刀)ありなら勝てるみたいな言い草だな」
「まあ、姉ちゃんの意思を継いでるんで……でも琥珀さんには最強でいて欲しいっす」
俺の本心だ。俺は琥珀さんの強く気高いところが好きだ。
俺が狡賢く搦手で敵を倒すなら琥珀さんはかっこよくて一撃で敵を粉砕するヒーロー。
自分にできない事ができる。だからこそ憧れる。
「私だって……守られたい時はあるんだぞ?女だからな」
「その時は雪兄を貸し出しますよ。つえーっすよ。これ持ってても互角に戦えるかどうか」
「凄いなそれは!いつか手合わせ願いたいものだ」
「試合形式なら言えばいつでもやってくれると思いますよ。俺も稽古付けて貰ってるんで」
「何!?そんな楽しそうな事をしてるのか!」
「前の事件の時、麗奈を拐われて、俺強くならなきゃって思ったんでお願いして稽古して貰ってます」
「週何回?」
「4回で営業前の夕方にやってるっす」
「じゃあ私とも稽古しよう。週1回でいい」
「え」
露骨に嫌な顔をした。雪兄との稽古でも毎日へとへとだけど、これ以上稽古が増えたら俺の体が壊れちまう。
「私は男と違って力が無い。だから技で補う戦い方をする。君も体が小さいから私の戦い方を覚えて損はないと思うよ」
確かに雪兄は力を使った戦い方をする。悔しいけど俺は今身長がひ、低い。筋肉もどれだけ筋トレしても着いてくれない。
そう言われると魅力的な提案に思えてきた。
「やる。お願いします」
こんな事。また起きないとも限らない。体は鍛えておくにこしたことはないだろ。
雪兄の稽古を1日だけ減らして琥珀さんとの時間を作ろう。
「良いだろう。この事件を終わらせて早速特訓だ」
「マジすか。明日くらいは休みたいんすけど」
「良いじゃないか!時は金なり。昨日やっておけば良かったって思っても遅いんだぞ?」
「うーん。まあ、了解っす。じゃあ、こいつらの始末つけないとっすね」
「ああ、そうだな!てことで起きろ!」
「……ぐっふ!ごほっおえ」
琥珀さんがしゃがれた声の男に蹴りを入れた。
いや、俺が掴んでるだけでまだこいつ自由の身なんすけど。
「抵抗するなよ?抵抗したらボコる。逃げようとしたらボコる。余計な口を聞いたらボコる」
琥珀さんは男の前に腰を落として言った。
理不尽な3点セットだこと。