Case.4 王太子クリストファー
お久しぶりです。溶連菌に感染して倒れていました。
「ガッデム」
「ティアンナさん少々お口が」
ケイナとティアンナの前には2通の書状。
「ふざけた真似してくれましたわね」
「まあ…これはねェ…ちょっとね…」
一通目の書状は例の『詫び状』、送り主はレティシャ・ウィンダム伯爵家令嬢。
何の装飾もないただののっぺりとした紙に、
『婚姻を望む殿方とのことですが…
あの方以外を挙げるほうが不敬ではありませんこと?』
とたった一言書いてある。
このレティシャ嬢のウィンダム家、爵位こそ伯爵止まりであるが非常に長い歴史を持つ家門。
国全体を見ても王家を除けば3本の指に入ろうかという老舗である。
そしてそのお家柄も、その歴史に相応しい超保守派かつ懐古主義。
流行を忌避し、古き良き時代の盛装や芸術を好む。
王家に絶対忠誠を近い、旧家におもねり、群れ、つるみ、派閥を好む。
口を開けば嫌味と噂と悪口のオンパレード、何重にもひん曲げたわかりにくーい表現で喋るもんだから何とも会話しづらいことこの上ない。
「っえ?なんて?」ってなる。
レティシャ嬢は同年代の婦女子で最も爵位の高いアミー・マクライネン公爵令嬢の誇り高き取り巻きとして君臨し、その敵となったオーブリー家を徹底的に足蹴にした。
令嬢だけでなく家門全体で総攻撃を仕掛けてきたのが、このウィンダム家である。
そしてこの『詫び状』。
ぜんぜん、反省ゼロである。
「貴族の中の貴族」というイヤミを好意的に受け取る人達だ、さすが面の皮の厚みが違う。
そして2通目の書状はケイナ宛に。
シンプルながら縁に厚い箔押しがされた良質な紙。
何とこちら、国王陛下からの私的なお手紙である。
要約すると、
『ウィンダム家の令嬢が、ウチの息子(王太子のほう)と面会しないとワタクシの身に危険が及ぶのですオヨヨとか言って面会申請してきてるよ。君んとこの妹に脅されてるとか書いてるけどコレ多分面倒なやつだよね?どしたん?話きこか?』
ということであった。
「舐めやがってんのかしら」
「舐めてんでしょうねぇ…」
なんと世話焼きなことに国王陛下、
どしたん?話聞こか?この日この時間空けて待ってんで?
とさすがの仕事デキ男を発揮してくださっていたのである。
やらいでか。
「国王陛下に陳情申し上げましょ」
「ええそうしましょ」
次回、オーブリー義姉妹、王城に乗り込む、の巻。
―――――
しばらくたった、後日。
ティアンナは色々あって王太子との茶会に臨んでいた。
「ご機嫌麗しゅうティアンナ嬢、綺麗なドレスをお召しですのねえ」
(訳:派手なドレス着てんなあ)」
「ご機嫌麗しゅうティアンナ嬢、さすがよくお似合いですわあ」
(訳:軽薄なお前にはそのペラッペラの服がよく似合うわなあ)
王宮の応接室のひとつに誂えられたティーテーブルの向かい側に並んで座るレティシャ母娘。
そう母娘。母親同伴で来やがった。
「ごきげんよう、ウィンダム伯爵夫人、レティシャ嬢」
ティアンナの機械的な挨拶に夫人が応える。
「今回の機会を頂けるまでながぁい長い道のりでしたわ…。
これでお詫びになればよろしいんですが」
(訳:ウチのおかげで王太子に会えるんやぞ?感謝なさい)
曖昧に微笑み、ティアンナはやり過ごす。
口を聞けば聞くほど疲れる人種だ。
やり過ごすに限る。
その時コツコツ、と扉を叩く音に続き、この茶席のホストが現れた。
「やあ、お待たせして申し訳ない。
ご足労感謝するよ、ティアンナ嬢、ウィンダム家のお二方」
王太子クリストファー。
レティシャ嬢の『詫び状』で『あの方』と称された、
この国で一番身分の高い未婚男性である。
「我が娘、レティシャでございますわ、殿下。
ティアンナ嬢のような可憐な名でなく申し訳ございませんが」
(訳:レティシャの名も呼ばんかい)
「レティシャ嬢も来てくれてありがとう」
(訳:めんど)
「お声がけ頂きまして光栄でございます殿下、
この日を心待ちにしておりましたわ」
(訳:この機会逃がさん)
あー副音声うるさ…
ティアンナは最初から戦意喪失中である。
「ところで、まずはこの、ご令嬢から頂いた書状だけれど。
今日は僕にティアンナ嬢を紹介してくれる、ということでいいんだよね?」
クリストファーが早速切り出す。
レティシャはすかさず、しなしなとしなをつくり、
弱々しくよよ…と口元に手をやり、
「ええ…ティアンナ嬢より、心を傾ける殿方を差し出せ、と強いられましたの…。わたくしはかねてより!殿下をお慕いしておりますので…。いえ、分かっております、わたくしは所詮伯爵令嬢。殿下の伴侶足りえないということは存じております。ですが殿下、国中の婦女子たちのなかで、殿下に憧れぬ者がおりましょうか。当然わたくしには殿下をティアンナ嬢に差し出すなどとても恐れ多くてできませんわ。しかしティアンナ嬢からの命に背けばいったいどうなることやら…わたくし恐ろしくて!殿下のもとに藁をも縋る想いで便りをしたためましたの。わたくしの想いにお応え頂きお救いくださった殿下。殿下はわたくしの英雄でございます」
…と、一息にしゃべった。
すごーい肺活量…
クリストファーは大きく息を吸い(わかる、なぜかこっちが息苦しくなったよね)、
「なるほどね、事情は理解したよ。
では行こうか、ティアンナ嬢」
「えっ?!」
「えっ?!」
ウィンダム母娘が分かり易く動揺する。
「君たちの話だと、今日はティアンナ嬢と僕の見合いのセッティングだったということだよね?立ち合いありがとう、この後はふたりでゆっくり話でもするよ」
(訳:帰れ)
さっと立ち上がりティアンナに手を差し出すクリストファー。
「そ!そういう訳には参りません!」
ウィンダム夫人が大きな声で止める。
「未婚の男女がふたりで密会などふしだらでございます!
わたくし共がしっかりと!
しっかりと、最後まで!
見届けさせて頂きます!」
「ああ、そういう訳で夫人も来ていたんだね。
てっきり僕とレティシャ嬢の見合いかと思ったよ」
(訳:お前らの魂胆見えてるからな)
「滅相もございませんわ。
台頭目覚ましいオーブリー家のご令嬢と張り合うなどとてもとても。
我が家門は古いだけが取柄の小貴族でございますので」
(訳:そこのぺーぺーの貴族の小娘よりうちのレティシャのほうがお勧めでっせ)
すかさずレティシャ嬢も立ち上がったクリストファーの腕に触れて再度着席を促し、
「あらやだわたくしったら、殿方に触れるなんてはしたない…でも殿下が素敵でしたからつい…」
としなしなとやった。
それからはもう、怒涛の貴族言葉キャッチボールである。
ウィンダム母娘はティアンナを褒めながら貶し、レティシャを卑下しながら推す。
クリストファーもさすがのプロ貴族、のらりくらりと躱す。
グイグイ行ってさらさら躱す。
グイグイ、さらさら。
グイさらグイさら。
その間ティアンナは。
呆けていた。
(ひっと言も喋る気になんないわー…)
雄弁な者をも黙らせるその圧(面倒くささ)よ。
チラチラ見える自慢も鼻につくわ―…。
え?!今100年前って言った?
あの子100年前のドレス着てるって言った?!
ウソでしょ?!
…しかしウィンダム母娘もなかなかの婚活戦士と見える。
ピンチをチャンスに、ではないが、今回のティアンナへの詫びを足掛かりに王太子との婚姻を目論むなど並大抵のメンタルではできまい。
これは恐らく婚活百戦錬磨。鋼のように鍛えられたその心臓、敵ながらアッパレである。
まったく入りたいと思わない応酬の中、
ティアンナは先日の王城での一幕を思い返していた。