Case3. 騎士見習いフリン・ニールソン
「ティアンナ、お前に贈り物だ」
晩餐の席で父が唐突に言い出し、
使用人に何かを持ってこさせた。
「……絵画、でございますか?」
「そうだ」
布が掛けられた薄い四角い大きなモノを父は満足そうに撫でる。
「ここ最近、画廊で評判の絵だったんだが、
競り落としてきた」
ザッ、と布を丁寧に剥ぐと、
「これは見事ね…」
思わず母も声を漏らすほどの素晴らしい絵画が現れた。
「タイトルは『信念』だそうだ」
額装の中には、
長い髪を靡かせ馬上で弓をつがえ、
標的を真っ直ぐに見据える女性の像。
「わたくし、ですわね」
先日の流鏑馬勝負の際の、ティアンナの像であった。
大きく父も頷き、
「画商も詳しくは教えてくれなんだが、
これは間違いなくあの日のティアンナだそうだ」
絵は大評判、ティアンナの株もうなぎ登りじゃわい。
競ったぞー、粘り強いやつもおったがこの絵はティアンナが持つべきだと思ってな。
父は満足気に腹を揺らし、
母はうっとりと額装を撫でる。
「ああ、油彩画じゃないのが悔やまれるわね」
「確かに、水彩画ですわね、これ」
こちらの世界では一般的に油彩画のほうが格調高いとされ、水彩画を好む者も勿論いるが少数派、といった位置づけである。
「いやいや、水彩画としては破格の値段だったからな。
油彩画だったらもっと高値がついて、
競り落とせなかったかもしれん」
幸運幸運、と両親は笑った。
――――
「見る目がおありです」
「何、気に入ったの?」
調査員(侍女)が珍しく目を輝かせている。
「実に素晴らしい」
いそいそと男性使用人に頼んで絵を壁に設置させ、
「作者と握手したい」
と独り言を言いながらくるくる回っている。
……あれウチの侍女、こんなだっけ?
しかし我が部屋の装飾もなかなか勇ましくなってきたものだ。
『風林火山』の書に流鏑馬中の肖像画とは…
「しかしこれ、あの場にいた者が描いたのよね?」
「そうでしょうね、装束も正確ですし」
「やたら多いオーディエンスだったけど、
色んな人が紛れ込んでたのねえ」
「お嬢様の魅力につられて変な輩が寄ってこないといいのですが」
大袈裟に身震いする調査員(侍女)を横目に声を上げて笑ったティアンナなのだった。
…調査員の不安が現実になるとも知らずに。
――――
「うーん、いるわねえ〜〜」
「おりますねぇ…」
あれから数日、ティアンナは困っていた。
外出するたびに感じる気配。
痛いほどの視線。
言いたいことがあるのだろうが、こちらにまで伝わるほどの緊張と葛藤。
ほんと、早く話しかけてほしい。
いい加減気付かないふりしているこちらも焦れてきた。
ええい勇気を出さんか馬鹿者!
じれったい!!
見るからにジリジリしているティアンナを見やり、
調査員が小声で言う。
「お嬢様、提案が」
「述べよ」
「『影』の招集許可を」
「ああ…使ってみる?」
「お手並み拝見と参りましょう」
そして翌日。
ティアンナの部屋の外の廊下には、
体格のいい男がひとり。
その右腕は小柄な少年の首ねっこを掴んでいる。
「お見事」
「やるじゃない、『影』」
「『影』ってなんだこ」
「発言は許されておりません」
「〜〜〜!」
調査員に発言途中で遮られ、
『影』ことヒュー・ガントン君は悔しそうに地団駄を踏む。
先の流鏑馬対決で敗れたヒュー君、ティアンナへの狼藉の詫びとして、割と気軽に使える用心棒役となってくれたのである。
ちなみに以前、ヒュー君の実力について『ド三流』とこき下ろしたが、実際はそんなに悪くない。
二流くらい。
体格と親の爵位も含めて、丁度いい壁役となってもらうことにしたのである。
むろんティアンナの半径5メートル以遠で、
発言も許されず『影』呼びではあるが。
「で、そちらの方」
ティアンナの呼びかけにびくりと肩を震わせる少年。
「まずは名乗りを」
「こいつはフ」
「発言は許されておりません」
「〜〜!」
何故か少年に代わって喋りだそうとする影を制し、少年に発言を促す。
「…申し訳ありません」
「わたくしが欲しいのは謝罪ではなくってよ。
名は?」
「…フリン・ニールソンです」
すみません…
と俯くフリン少年。
「ここ数日、ずうっとわたくしを見てたわね。
なにか御用?」
「………」
「こいつウ」
「発言は許されておりません」
「〜!紙と筆!」
筆記具を受け取り何やらガサガサやりはじめた影をチラチラ見ながら、フリン少年はしばし葛藤した。
そうして、意を決したようにフリン少年が一枚の紙を突き出し、
「あなたを描かせてください!!!」
と叫んだのと、
『影』ことヒュー君が大きく紙に「そいつ、ウチの新入り」と書いて掲げて見せたのは、
ほぼ同時だった。
「…いや情報量!!」
さすがのわたくしも混乱するわ!!
「…整理致しましょう」
調査員が淹れてくれた紅茶を飲みつつ、
ソファに腰掛けたフリン少年を見やる。
もちろんヒュー君は廊下である。
「あなたはフリン・ニールソン、騎士見習いということで間違いない?」
「はい、予定ですが。
父が騎士爵を賜り、僕も長男として同じ道に進む予定です。
あと2か月後には見習いとして騎士団入りを」
廊下でヒュー君がすばやく『そいつの親父さん、俺の同僚』と書いて掲げる。
ほほう、だから知っていたのか。
「それで、わたくしを描きたいとは?」
「…これを」
先ほど差し出した、四つ折りになった一枚の紙をティアンナに手渡す。
広げてみると、
そこには馬上で弓を射るひとりの女性のデッサン。
あら?この構図は?
調査員(侍女)にぴらりと渡すと、
「…あなたは!いえ、あなた様はまさか!!」
と勢いよく壁のティアンナの肖像画を見、フリン少年のほうを振り返った。
「はい、その絵は僕が描きました。ここにあったんですね」
その瞬間、調査員(侍女)がお茶菓子を3つ追加し紅茶の入れなおしを始めた。
分かり易いおもてなし具合である。
「なるほど。それで?」
「…幼い頃から絵が好きでした。
小遣いで買った絵具でちまちま描いた趣味の範囲ですが。
一時は画家を夢見たこともありましたが、僕は騎士の長男です。
今後はすっぱり絵とは距離を置いて、騎士としての修行に励む所存です。
…ただ、先日、馬上のあなたを見て、
どうしても描きたくなって、あの絵を描いた。
それでどうにも、火が付いてしまって。
どうしても絵への気持ちを断ち切れなくて、
最後に一枚だけ、一枚だけ描こうと思ったんです。
ちょうど手持ちの絵具も、あと一枚描いたらさっぱり無くなるほどの残量です。
追加で絵具を買う金もない。
最後の一枚、何を描こうかと考えていたら、
あなた以外浮かばなかった」
それで、こっそりあなたを眺めて、目に焼き付けて、描こうと思って…
もし、もしも、話しかける勇気が出たら、
描かせてもらえないかお願いしようと思って…
もごもごと口ごもるフリン少年を見て、
ティアンナはふう、と息を吐いた。
「不思議なことがひとつあるわ」
「何でしょう」
「あなた、お金は受け取っていないの?
うちの父が相応の代金をお支払いしたはずだけれど」
「いえ、実はあの絵は、
晴れた日の明け方に画廊のドアの前に置いてきたんです。
あわよくば誰かの目に、…できればあなたの目に、留まればいいなって」
捨てられたと思っていました、
とフリンは告げた。
「なんというか…
壮大な愛の告白を聞いている気分ね」
フリン少年はぼっ、と音がするほど赤くなった。
「最後だと思うと、何でもやってやろうと気になりまして。
大変な失礼をしました、ごめんなさい」
「それほど絵が好きなのねぇ。
画家、目指せばいいのに」
「いいえ、父が望みませんので」
「ふーん…調査員」
「は」
「『影』に聞いて。この子は騎士としてモノになりそうなの?」
「『影』、お嬢様が、フリン師は騎士として大成するかとお聞きです」
「師て!それに聞こえてるよ!」
「発言は許されておりません」
「わあったよ!!」
ヒュー君はすぐさま紙に書き始める。
『筋は悪くないし騎士としてはやれると思う。
ただ大成するかと言われるとそうでもない気がする』
ばばっと掲げた内容に、
「まあ妥当ね」
とティアンナは頷き、
わかりました、と立ち上がった。
「フリン・ニールソン」
「はい」
「わたくしを描くことを許します」
「ありがとうござい…」
「ただし」
ティアンナはさえぎる。
「あなたの身柄、2か月貰い受けます」
「それは…僕はもうすぐ騎士団の人間ですので…」
「騎士団長に掛け合いましょう。
そして」
ティアンナは徐にデスクの引き出しを開け、
布袋をひとつ取り出し、
ガシャンとフリン少年の前に置く。
「2ヶ月間描き続けなさい。
このお金で好きなだけ絵具を買いなさい。
必要な道具もすべて買いなさい。
その間に描いた絵はすべてわたくしに譲ること。
売るも飾るも、わたくしの自由よ。
できるだけたくさん描いて、
わたくしを楽しませてちょうだい」
わたくしが、期間限定のあなたのパトロネスになる。
―――こうして、フリン少年はティアンナの屋敷にドナドナされて来た。
騎士である父親には軟弱者と叱られたそうだが、すっぱり描き切って未練を断ち切ってこい、と送り出されたらしい。
「2か月頂けるなら、
一度油彩画にも挑戦してみようと思うのですが」
「そうね、じゃんじゃんやんなさい」
「ありがとうございます、
ただ色を混ぜて調整できる水彩画と違って、
油彩画はひとつひとつ絵具を買わないといけないので金がかかります。
ティアンナ様にご迷惑ではないでしょうか」
「金の心配はご無用よ。
わたくしいくつか事業を展開して儲けてるから」
「すごい…」
ほっほっほ、と高笑いするティアンナは、
だからあなたも、もっと私を楽しませてね、と微笑んだ。
――――――
時は流れ。
フリン少年は見事、ティアンナの期待に応えてみせた。
ティアンナの様々な肖像画に始まり、
鳥や花々の小品、本の挿絵まで、
これまで抑圧された創作意欲を爆発させ、
油彩・水彩に限らず絵が求められる分野に広く手を出した。
生き生きと筆を握るフリン少年の頬は紅く色づき、
目は常に潤い煌めいていた。
そして約束の2か月を目前にして、
ティアンナはフリンを呼び出した。
「お呼びですか、ティアンナ様」
「良く来たわね、フリン。
進捗はどう?」
「…実は今、僕の最後の絵を描いています。
完成したら一番にティアンナ様に見てもらいたいな」
「それは楽しみね。
ところでその間、1日だけわたくしに時間を頂ける?」
「もちろんです。いつがよろしいですか」
「明日よ」
――――そうして、フリンを連れやって来たのは、
「ここは」
「オークションよ」
格調高い画廊の長い廊下に、本日出品される絵画が展示される。
最奥にあるホールに観客たちは向かい、そこで行われるオークションで、廊下で見た絵画の中で望むものを買い求めるのである。
その廊下を歩くティアンナ。
とぼとぼついていくフリン。
「ティアンナ様、これ」
そこにあったのは、
この2か月でフリンが描きまくった作品たちだった。
廊下にはフリンの作品しか、展示されていない。
「画商が協力してくれたの。
本日のオークションに出品されるのはすべてあなたの作品。
もちろん匿名で出品しているわ。
目の肥えた紳士淑女に、ご評価頂きましょう」
フリンは立ち止まった。
「そんな、いけません。
たった2か月で描いた駄作たちだ。
買って頂けるはずがない」
「そうだとしても」
ティアンナも立ち止まり、フリンに向き直る。
「あなたの絵をどうするかはわたくしの自由よ。
売れ残るもよし、買われるもよし。
あなたも向き合いなさいな、
あなたの画家としての評価に」
それですっぱり未練が断ち切れるかもしれないわよ。
その言葉に、フリンは納得がいったようだった。
「そうですね、
これはまたとない機会だ。
ティアンナ様、僕は腹をくくりました」
「いい覚悟だこと」
オークションは静かに始まった。
始めは油彩で描いた小鳥の小品から。
「ああ、あれは初めての油彩…
あんなムラだらけの背景、恥ずかしい…」
『落札』
購入したのは若い、少女と言っていい女性だった。
金額はおおよそ、おおきな薔薇の花束が買えるくらい。
フリンにしたら大金だった。
続いては椅子に掛けたブランケットを模写しただけの小さな水彩画。
「あんな平凡なモチーフで…」
『落札とします』
購入者は老婦人。
穏やかな顔つきの優しそうな夫人だった。
金額は立派なテーブルが買えるくらい。
万年筆で描いたモノトーンの作品、
油彩の風景画、伸びをする猫の像、と次々に絵は売れていく。
そして司会者が厳かに言った。
『次からは3つ、同じモチーフが続きます』
その言葉で、フリンは次に何が出品されるか分かってしまった。
ティアンナを描いた肖像画だ。写実的なものを油彩で3点描いた。
フリンは恐ろしくなった。
これが売れなければ、ティアンナの評判も落ちてしまう。
「ティアンナ様」
「いいから見てなさい」
フリン少年の握った掌は皴ができるほど汗ばんでいる。
息が上がり、背中が冷たくなる。
自分の心臓の音が耳元で聞こえる。
まずひとつめ。
『落札です』
すぐさま買い手が付いた。
室内だというのに黒いハットを被った紳士だった。
ふたつめ。
さきほどと同じ紳士がすぐさま手を挙げた。
他にちらほら手が挙がるが、紳士は金額を吊り上げ落札する。
『落札』
みっつめ。
また同じ紳士が手を挙げる。
観客たちがちょっと怪訝な目で紳士を見ている。
良からぬ者に絵を渡すまいと様々な人が手を挙げる。
金額は吊り上がる。
それはフリンの欲しかった貴重な画集を超え、痩せた馬を超え、小さなアパルトメントを超えたところで終わった。
『よろしいですね?落札』
最後まで残ったのはやっぱりあの紳士だった。
「なあにあの人…わたくしのファンかしら」
「ティアンナ様の手の者ではないのですか」
緊張から解放され脱力したフリンが聞く。
「違うわね。見覚えもないわ」
『最後の1点です』
ひときわ大きなその絵は、
フリンの中で最もよく描けたと思っているものだ。
観客は誰ひとり帰らない。
取られた布の影から現れたその絵を見、息を呑んでいる。
天を駆ける翼の生えた白馬が戦車を曳く。
戦車には一人の女神が乗っている。
たっぷりと布を使った白の装束を身に着け、その両手には弓をつがえている。
その矢は地上へ向けられ、今にも放たれそうに引き絞られている。
その眼光は鋭く、しかし口元には笑みが浮かんでいる。
ほう…と溜息が会場に満ちる。
「水彩画なのね」
「ええ、油彩のほうが重みが出て良いかとも思ったんですが、
ティアンナ様の優しさや柔らかさをよく表すのは水彩だと思いました」
「あら、あの女神わたくし?」
「そうですよ」
フリンは誇らしかった。
自分のこの絵がオークション会場の照明の下にあることが。
この絵については、売れなくてもいいと思っていた。
描けたことそれ自体に満足したから。
『さあ、どなたか』
司会者の言葉に一斉に手が挙がる。
金額が徐々に上がる。
うわあ、とフリンは喜ぶ。
「わたくしも!」
ティアンナも手を挙げる。
「ティアンナ様もですか?」
「そうよ、この絵には価値がある」
フリンは目頭が熱くなるのを止められない。
次々に手は上がる。
…ティアンナたちから大分離れたところで、
「まだですわ!」「もう一声ですわ!」
「まだいけますわー!」
と甲高い声が聞こえる。
「……また出た…」
甲高い声の主はアミー・マクライネン公爵令嬢。
やたら最近お目にかかるが、
向こうさんはこちらを見向きもしない。
とは言えさすがの公爵令嬢、財力では他の追随を許さない。
結果として最後まで手を挙げたのは、
アミー、ティアンナ、そして先ほどの黒ハットの紳士だった。
「ティアンナ様、もう十分です」
「あらそう?まだ吊り上げられるけど」
「いいえ、いいえ」
「じゃあ今度、あれの小さいのを書いてね」
「お安い御用です」
ということでティアンナは戦線離脱。
残るはアミー嬢と黒ハットの紳士の一騎打ちである。
「まだまだですわー!」「これしきですわー!」
とやかましく入札するアミー嬢と、静かに手を上げ続ける紳士。
その金額が王都で庭付きの家が一軒買えるぞとなった頃、
紳士がパチンと指を鳴らしたのがティアンナには見えた。
するとそれを合図に騎士服のマッチョが数人会場に乱入。
「お嬢様!お迎えです!」
の一声と共にアミー嬢を抱え上げた。
「えええ!今!いいところなの!
いいところなのぉぉぉ!
お兄さまーーーーー!!!」
またしても木霊を残して去っていくアミー嬢。
黒ハット紳士は何事も無かったかのように平然としている。
なにあれ、関係者?
―――――――
ということで、
女神像も無事黒ハットの紳士のもとに渡り、
すべてのオークションは終了した。
最後には本日出品の絵画は全て同じ人物が描いたことが明かされ、
会場は無名の作者へ万雷の拍手を贈ったのであった。
「売れに売れたわね!」
バックヤードで売上金を前に、ティアンナはほくほくである。
画商もにこにこと揉み手をしている。
「これでティアンナ様に少しでも恩返しできたなら、何よりです」
「フリンあなた、何を言ってるの?」
ティアンナは売上金をずずいとフリンに押し付ける。
「これはあなたのものよ」
「いや、この絵はティアンナ様に差し上げたもので…」
「いいえ、この売上はあなたの画家としての価値そのもの。
あなたが受け取るべきものよ。
今後画材とかアトリエとか、色々入用でしょ」
「僕はもう騎士団に…」
「それについては」
ティアンナは扉を示す。
調査員(侍女)が開いたその先には、
「父上…騎士団長?」
フリン・ニールソンの父親ニック・ニールソンと、
騎士団長グレゴール・トゥエイン卿がいた。
「フリン、見ていたぞ」
父親にがっつと肩を掴まれ困惑するフリン。
「素晴らしい…素晴らしい絵だった…!」
なぜか泣いている父親に困惑するフリン。
「うむ、お前騎士団より画家がいいだろ」
うんうん頷いて頭を撫でてくる騎士団長に困惑するフリン。
「と、いう訳で」
ティアンナはぱん、と手を叩く。
「オークションデビューおめでとう、
新人画家のフリン・ニールソン君」
すぐさま画商がやってきて、
「今後ともご贔屓に」
とフリンの両手を握る。
周りの大人たちにガッツリ流され画家デビューが決まったフリン君は、
「ええ…?」
と困惑しながら嬉しそうにはにかむのであった。
ちなみに心温まる話として、
最初にティアンナを描いたあの絵は、
画商がしっかり売上金を保管していた。
「多分あの子が描いたんだろうと、
目星はついていましたからね。
昔っから絵の具で手を汚して画廊を見てた、
あの坊っちゃんがね」
このあたりで長く商売を続ける画商の目は誤魔化せない。
――――――
後日。
「ティアンナ様、見て頂きたい絵が」
今日はフリン君がティアンナの屋敷に滞在する最後の日。
フリン君は大きなカンバスをティアンナの部屋に持ち込んだ。
「こちらを」
「まあ」
それは女王に捧げものをする絵だった。
豪奢なドレスを身にまとい、
厳かに姿勢良く立つ女王のもとに跪き、
ひとりの少年が両手を掲げなにかを捧げている。
「何を捧げてるの?」
少年の両手には何も描かれていない。
「…本当は、ここに絵具を描くつもりだったんです。
僕の最後の絵を、あなたに捧げる、という意味で」
「あら、この女王わたくし?」
そうですよ、と続け、
「でも、気が変わりました」
フリンはすっとティアンナの足元に跪いた。
そしてティアンナの手をとり、
「僕はこれから、たくさん絵を描きます。
富も名声も、手に入れてみせる。
そしたらあなたの元へ来ます。
この絵に最後のピースを描き込むために」
僕が捧げるのは、僕の心です。
ティアンナの手を捧げ持ち、
見上げてくるフリン君はとても大人びて見えた。
「フリン師…!」
となぜか調査員(侍女)が感激しているが、
ティアンナもえらくドキッとしてしまった。
「ええ、待ってるわね。
でも気を付けて、わたくしの婚活に待ったはなくってよ」
それは急がないと、と言ったフリン君が、水彩画の革命児として画廊を賑わすのは、
もう少し先のお話。
フリン君は14歳くらい。