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Case1, 『ギルバート・イルアニア伯爵令息』2

「またお会いできて光栄ですわ」


「ええ、こちらこそ、ティアンナ嬢」



数日後。

ゴーシュ伯爵の手引で、ティアンナとギルバートは2回目の面会を果たしていた。



場所はゴーシュ伯爵の姻戚だという子爵邸にて。

(早まった噂が立たないようにという配慮である)



しかし今回はふたりの対話を大切にしたいというティアンナの意向もあり、子爵自身は挨拶のみで席を外し、部屋には屋敷の侍女数人を控えさせるのみの極めてプライベートな面会となった。



「率直にお伺いしますわ。

 今日、どう言われてわたくしとお会いになったの?」



ギルバートはその優しそうな平行眉を下げ、

長い指を組み遊ばせながら、

目を伏せて話しだした。



「伯爵からは、ただ『いい御縁だから』と。

 …でも、あなたがそう仰るからには別の理由があるのですね」


「別の理由、ではなく、

 『いい御縁』の裏ですわね」


「裏…」




伏せていた顔を上げ、ギルバートは続きを促す。



ティアンナは事情を包み隠さず暴露した。



異世界人ケイナのオーブリー侯爵家入り、およびエルスワース侯爵令息との婚約にまつわる騒動で、ケイナとティアンナの名誉を貶めるような根も葉もない噂が立てられたこと。


それらを誘導したのがアミー・マクライネン公爵令嬢を中心とした数人の貴族令嬢、およびその家門そのものであったこと。


それらの噂が事実無根であることは公に認められたが、一度落ちた評判は簡単には回復しない。


エルスワース侯爵家に輿入れ予定のケイナはまだ良いとして、婚活市場におけるティアンナの価値は地に落ちてしまった。


そのため償いとして、加害者とされた令嬢および家門より、ティアンナに相応しいと思しき相手を紹介する運びとなったこと。




「……そして、キーラ・ゴーシュ伯爵令嬢が選んだのが、あなたという訳」



ギルバートは、ティアンナの言葉を最後まで遮ることなく聞き、時折頷いてみせた。




…ああ、この方、良い人だわ。

 




激昂するか。軽蔑されるか。

ティアンナは覚悟を決めていた。



ギルバートに詳細を知らせず騙し討ちのように面会をセッティングしたのは伯爵であるが、ティアンナにその怒りをぶつけて来ても不思議ではない。



「……なるほど、お話は理解しました」



ギルバートはぽそりと呟くと、




にこり、とティアンナの目を見て微笑んだ。




「ゴーシュ伯爵家から、僕はティアンナ嬢の婿足り得るとの評価を得ていた訳ですね」


「ギルバート様」


「ゴーシュ伯爵のことです、僕の両親にも話は通しているのでしょう。

 …ティアンナ嬢、僕があなたのお眼鏡に適うかは分かりませんが、あなたのような方を伴侶に迎えられるなら幸せなことだ。


 …僕でよろしければ、前向きに交流させて頂けませんでしょうか」




それは鮮やかな決断だった。


ギルバートが一瞬のうちに固めた決意を、ティアンナはその瞳から読み取ってしまった。




ああ、この人は覚悟を決めたのだ。



自分が想い人と結ばれるより、


想い人が救われ守られるために、


自ら身を捧げることを選んだのだ。







――――



それから、ティアンナはギルバートと面会を重ねた。



ギルバートは時折、観劇や街歩きにティアンナを誘ってくれたが、ティアンナはそれらを辞退し、先の子爵の屋敷での面会のみを是とした。




しかし本日、

ギルバートとティアンナは初めて揃って外出する。




「宜しかったのですか、こんな所へ淑女が訪れるなど」


「何を言います、わたくしの希望ですわ」




―そこはギルバートの勤める医学研究所。


…の、付属医院である。



ギルバートは研究だけでなく、こうして実際の患者を治療する修行も積んでいるそうで、その現場を訪問したい、とティアンナが願ったのであった。



「ギルバート様は、患者様からは何と呼ばれておいでなの?」


「僕はまだ見習いの身ですので、

 そのまま『見習いさん』とか『研究員さん』とかですね。

 『先生』と呼ばれるにはまだまだです」


「そう…」



医院内を連れ立って歩いていると、

ふたりはそれはもう目立った。



それでもギルバートの患者人気はなかなかのもののようで、ギルバートが担当している患者などはたまに声を掛けてくれた。



彼らと話すギルバートはそれはもう素敵で、

患者から慕われ頼られる医師となる将来の姿が透けて見え、ティアンナは思わず目を細めた。




彼の研究室へ場所を移したあと、

今度は彼の研究分野の話を詳しく聞いた。



内容は難しかったが、ティアンナの猛勉強はしっかり身についており、質問しながらなら充分理解できるものだった。




―医院を出て待ち合わせ場所の子爵家に到着し、ギルバートは見送りの挨拶に出て来てくれる。



「ティアンナ嬢は僕のような者の話にも、真摯に付き合ってくださる」


「興味深いですし、あなたが熱意を傾けておられるものを知りたいと思うのですわ」



「手放しに嬉しいなあ。

 キーラはこういう話にはさっぱり付き合ってくれないのですよ」


「…そうですの」



「ティアンナ嬢、近いうちに、ご両親にお引き合わせ願えませんでしょうか。

 今後のことを、是非お話したい」

 


「…ええ、近いうちに必ず」



「あなたと歩む未来が楽しみです」



「ええ、わたくしも」




――――



「お嬢様」


「なあに」


「よろしかったのですか」


「いいのよ」



―――



「さて、キーラ嬢」


「お招き有難う存じます、ティアンナ様」



「本日お話ししたいのは、

 他でもないギルバート様とのことよ」


「承知しております」



また別の日。

ティアンナはキーラを屋敷に招いていた。



時間はあえて晩餐の時間を指定し、特別に家族の晩餐とは別の会場で、

キーラ・ティアンナ・ケイナの三人で食事を摂った。




そして現在、



「まずはやってちょうだい」



キーラ嬢には何だかんだでお泊りを了承させ、


三人とも楽な部屋着に着替え、


令嬢たちのパジャマパーティーとしけこもうとしていた。



「なぜ私まで…」



義姉が何か言っているが、問答無用でワイングラスを渡す。



「キーラ嬢、まずはお礼を申し上げるわ。

 ギルバート様、本当にいい方ね」


「ティアンナ様のお眼鏡にかない、光栄ですわ」


「志が高いって素晴らしいことね。

 彼の研究内容を聞いた?」


「いえ…彼の話は難しいことだらけですから」


「そんなことないわよ。

 と言っても、私だって勉強していなかったらチンプンカンプンだったかもしれないけど。

 ほら、アレ」



ティアンナの書棚の医学書コーナーを指す。

集めた蔵書は増えに増え、

もはや中級の医学書も難なく読めるレベルになっていた。



「あなたからギルバート様をご紹介頂いてから、

 わたくし猛勉強致しましたの。

 今なら医学研究所の試験も受けられそうですわ」


「勉強…」


「夫となる方の仕事の内容を理解できずどうします?

 同等に詳しくなくとも、多少は努力しないとね」


「努力…」


「まあま、ほら一杯やってちょうだいな」



ティアンナの勧めで、キーラ嬢はワインを呑み下す。




「ギルバート様とは幼少の頃よりのお付き合いで?」


「ええ、邸宅が近所でしたので。

 領地も隣なのです」



キーラ嬢は長い黒髪を下ろし、ほう、と溜息をついた。



「ギルバートはあの通り頭脳明晰、

 かたやわたくしはこの通りの脳筋…いえ、身体を動かすのが好きなたちでして」


「脳筋なんだ…」



義姉がぽそりと呟くが無視させてもらう。



「わたくしのような考えの浅いものにも、

 根気強く付き合ってくださる良い方なのです」



噛み締めるようにゆったりと微笑み、


「ティアンナ様と彼が幸せになってくれるならば、

 わたくしはこれ程嬉しいことはありません」


「ふうん」



ティアンナはさささ、と更にワインを勧める。



「ところで、わたくしの出した条件だと、キーラ嬢にとってギルバート様は『結婚したいと思える』方だと思ってらっしゃるのよね?」




ぐ、とキーラ嬢の肩が強張る。



「どのあたりがおススメポイントでしたの?」



小首を傾げて尋ねる。



「そうですね、」


ひと呼吸置き、キーラ嬢はぽつぽつと話しだした。



まず容姿。

すらりとしていて、ゴリっゴリのゴーシュ家の男達と全然違っていてなんて優美なんだろうと。細い枠の繊細な眼鏡も、ゴーシュ家の者にない知性を感じて良いと。



次に人柄。

穏やかで思慮深く、すぐカッとなりかつアッという間に忘れるゴーシュ家の者と全然違っていると。



物腰柔らかく、人当たりも良く、ガサツなゴーシュ家の者たちと全然…



「とにかくゴーシュ家の方と違うのが良かったのね…」



義姉がまたぽそりと呟く。



「もちろん、正反対の方に惹かれているだけかも?とも、わたくしも考えました。

 でも、それだけでこんなに何年も焦がれることはないとも思って」



「好きなのね、ギルバート様のこと」


「あ」



キーラ嬢はうっかりした。

ここで「彼は自分の想い人です」と明かすのは立場が悪い。



「いいえ、いいえティアンナ様、

 わたくしの彼に対する気持ちは、そう、憧れの兄のようなものです。

 ゴーシュ家にないその柔らかな雰囲気に憧れただけなのです」


「キーラ嬢…目がスイスイ泳いでいるわよ…」



キーラ嬢は嘘が下手である。



「まったく、そんなバレバレの嘘付かなくてもいいわよ。

 あなた、自分の想い人なんて隠しておいても良かったのに」



「いいえ!」


キーラ嬢はすっくと立ち上がった。


「わたくしは大変な罪を犯しました。

 そんな人間が、ティアンナ様の名誉を傷つけておきながら、

 己だけのうのうと彼と結ばれようなどとは笑止千万。

 わたくしの中での最高の殿方を、ティアンナ様にご紹介するは当然のことです」



それに、

と、今度はストンとまた腰を下ろす。



「わたくしでは彼の隣にふさわしくないのです。

 彼の隣は、ティアンナ様のような聡明で美しい方がよく似合う」



キーラ嬢は分かり易くうるうるしている。

…こりゃしっかり酔ってるな。



「…ねえ、キーラ嬢、

 あなたどうして、私の噂をばら撒くなんて愚行に及んだの?」


「あ、それ私も思った。

 あなた結構正義感溢れるひとじゃない?」



ティアンナの問いにケイナも乗っかる。



「…だからです」


ん?


「義憤に駆られたのです。

 アミー様よりお二人にまつわる逸話を聞いて、

 『アミー様の想いレイフォードに近づく悪党め!』

 と頭に血が昇ってしまって…」



「ぜんぜん疑わなかった訳?」



「ぜんぜん、疑いませんでした。

 確かめようとなぞ欠片も思いもしなかった。

 なんせわたくしはゴーシュ家、瞬間湯沸かし器の血統…」



「あ~~~…」



「そうかぁ、真っ向からデマを信じちゃって拡散した系か~…

 前の世界でもよくいたなぁ…」



「あとになり、その噂自体が全くの出鱈目であると分かり、

 わたくしは全身の血が引く思いでした。

 ティアンナ様を差し置いてわたくしが幸せになるなど、

 到底許されることではないのです」



「なるほどね」



ティアンナはワイングラスをぐいっと煽り、


ソファの背に身を任せる。



「でもあなた」


ずずいと空きグラスでキーラ嬢を指す。



「また突っ走ってない?」



キーラ嬢はポカン顔だ。



「…と申しますと」


「分からない?

 あなたまた、

 とっても重要なことを見落としてるけれど」


「わ…分かりません…

 ご勘弁ください、わたくしは頭が良くないのです…」



「それは頭が悪いのでなくて思考停止っていうのよ。

 考えなさいな。

 あなたが冒した失敗と、

 あなたが繰り返そうとしている失敗を」



「失敗…繰り返す…」



キーラ嬢はしばし考えたようだが、

結局ゆるゆると頭を振った。



「…まあ、仕方がないわね。

 キーラ嬢、良く聞きなさい」



ティアンナは身を乗り出し、

キーラの目を真正面から見据える。


決して視線を逸らすことは許さない。


そういった圧を込めて、

ティアンナは語り掛けた。



「近々、わたくしとギルバート様は婚約致します」


「…はい、おめでとう存じます」


「これで彼は縁を切れる。

 

 …彼の意思を確認もせずに、


  他の女の元に自分勝手に売り渡すような傲慢な女とね」



ティアンナはキーラの目を見たままグラスにワインを注ぎ、

一気に煽る。




キーラ嬢はその大きな瞳を零れ落ちそうなほど見開き、



「彼の、意思…」



とだけ呟いた。



「気付いた?

 あなた肝心の、彼の意思をまるっと無視して話を進めたでしょう。

 最愛の方を差し出して、あなたは罪の意識が軽くなって良いかもしれないけど、ギルバート様からしたら?

 どうして愚行をやらかした幼馴染のおしりを、ギルバート様が人生賭けて拭いてやらなきゃいけない訳?」



「それは、」



「あなたの失敗の原因は、

 『想像力が足りない』ことよ。


 残念、もう遅いわよ。

 彼は私が大事にするって決めたんだから」



「ティアンナ様…」



はい、とキーラ嬢のグラスにもなみなみとワインを追加し、



「付き合ってあげるわ。

 愚かなイノシシ令嬢の失恋記念」


「…ありがとう、存じます」


「ティアンナさん、攻撃力高すぎィ…」


「お義姉さま、あなたも付き合いなさいな」


「はいはい、分かりましたよォ…」




…その晩、令嬢たちはしこたま呑んだ。

それはもう、部屋が芳醇な酒の匂いで満ちるまで。



――――――



「ようこそおいでくださいました、ギルバート様」


「お邪魔致します、ティアンナ嬢。

 なんというか…力強い装飾ですね?」



本日は朝から、ギルバートがオーブリー侯爵家を訪れていた。


場所はティアンナの部屋、おずおずと言うギルバートの視線は、例の『風林火山』に向いている。



「とっても好きな言葉なのですわ」



にっこりと微笑み返し、

ティアンナはさて、と切り出した。



「本日は、わたくしの両親にお会い頂こうと思っております」


「はい、そのつもりで参りました」



「でも、わたくし、両親の元に参る前に、

 ギルバート様から直接聞きたいんですの」


「聞きたいとは…」


「今日、わたくしの両親に仰るつもりのことを、ですわ」



ああ、とギルバートは思い至ったようだった。


お安い御用です、それならば何か贈り物を用意すれば良かった。


と呟き、


ギルバートはティアンナの前に跪いた。




「ティアンナ・オーブリー嬢、

 まだまだ医師としても人としても未熟な僕ですが、

 あなたを幸せにするため尽力致します。

 

 僕の伴侶として、将来を歩んでくれませんか」



ティアンナは一歩進み出る。



「わたくし、ギルバート様がとても好きですわ。

 誠実で真摯で、優しくて、情熱的で。

 お会いする度に、好きになっていった。

 

 …わたくし、あなたを、あなたの人生を、大切にしたいの」



だから、とティアンナは息を吸った。




「お断りいたします」




さらに一呼吸置き、



「わたくし、あなたの気持ちを大事にしたいんですの」



キーラ嬢が、あなたの胸にはいらっしゃるでしょう?




…ギルバートは間抜けに跪いたまま、


「お気づき、だったのですか」


とこれまた間抜けな声で呟いた。




「バレバレですわね」


「…それは、不誠実な男でしたね、僕は」


「いいえ、あなたは誠実でした。

 それがわたくしはとても嬉しかった」


「しかし…」


「でもそうね、わたくし、

 他の女を胸に飼ってる方との婚姻は御免ですの。

 ゴーシュ伯爵にもそう伝えてくださる?」


「ええ、…必ず。

 顔に泥を塗ったと怒られそうですが」


「そもそもあちらが、

 あなたの意思を無視したのが始まりですもの。

 それにゴーシュ家は怒りっぽく忘れやすいのでしょう?

 問題ありませんわ」


「良くご存じですね」



ギルバートは立ち上がり、くつくつと笑う。



「ええ、真っすぐで視野の狭いイノシシ令嬢から聞きましたのよ」



ティアンナも一歩下がり、肩を軽く上げて笑う。



「でも、あなたもキーラ嬢に気持ちを伝えればよろしかったのに」



「そうしてよしんば上手くいったとしても、

 キーラは苦しむでしょう。

 彼女はあなたを傷つけたことを深く後悔していましたから。

 彼女にとって、あなたを差し置いて幸せになることは罪の上塗りなのですよ。

 僕とあなたが婚姻することで彼女が救われるなら、それもいいかと」




「まあ、美しい奉仕精神ね。

 でもこのお話はわたくしからお断りしたのだから、

 あとはあなた方の自由よ?」



カツカツ、とティアンナは衣装室の扉を引っ掴み、



ガバッ!!!と開け放った。



そこには、ナイトドレス姿でぐしゃぐしゃに放り込まれたキーラ嬢と、

ついでにケイナがいた。



 

「わぁ~、お酒くさいこと、あなたたち」


「ひ、ひどい、ティアンナさん…!」


義姉が何か喚いているが無視である。



そう。

パジャマパーティーは昨夜の開催、

呑んだくれて寝こけていたふたりの令嬢を衣装室にポイと投げ込み、ガッチャンと閉じ込めたのである。

扉の内には丁寧に貼り紙をしておいた。



『騒ぐべからず。

 そこで指をくわえて見てらっしゃいな』





さて、肝心のキーラ嬢はもうぐしゃぐしゃに泣いている。




「ギ、ギルバート…ご、ごめ、ごめん…」


「ええ?!どういう状況ですか?!」



ギルバートはプチパニックである。

ええいドンと構えよ、将来の医師。



「ごめ、ごめ…」


「ええ、キーラ、君どうしてこんな状況に…

 何この匂い…ごめんって何?」


「わた、わたくし、

 ギルバートの、気持ちとか、気持ち、とか、

 なんにも考えて、なかった…」


「気持ち2回言った。

 それしか思いつかなかったのね」


「ごめ、わた、ギル、みう…」


「なんて?」


「『ごめん、わたしギルバートを身売りさせるような真似した』という意味だと思いますわよ」


「ああ…」



大きく出たなぁ、

とギルバートは呆れ声だ。




「で?

 キーラ嬢、シャキッとなさいな。

 それでも武のゴーシュ家のご令嬢?」



ティアンナの言葉にキーラはぐっと唇を噛み、

腹に力を込めて姿勢を正した。



「あなた、ギルバート様に言う事あるわよね?」



キーラは子どものように大きく頷き、

呼吸を整えた。




「申し訳!ございませんでしたッッッ!!」



ギルバートに向かってガバっと美しい直角の礼。


わぁ〜気持ちのいい謝罪……



「で?」


またガバっと顔を上げると、



「わたくし、ずっとギルバートが好きだったの。

 最愛のあなたを手放すことが、

 わたくしにとっての贖罪だったの。


 でもわたくし、あなたの気持ちを無視した。

 あなたを物のように扱った」



「うん、わかっていたよ」


「ごめん、勝手だったわ」


「うん」


「勝手ついででごめん、好き」


「ほんとに勝手なタイミングだなぁ」



ギルバートはハハ、と笑った。



「ギルバートは、どうしたい?」



「…僕は、

 今しがたティアンナ嬢に振られたところだよ。


 想い人がいながらプロポーズするような不誠実な男だからね」


「聞いてた…ごめぇん…」


「キーラ、僕も君が好きだよ。

 一緒に伯爵の元へ、怒られに行ってくれる?」



伯爵が怒りを忘れたら、婚約を申し込むよ。




その言葉をきっかけにキーラ嬢はまたワンワン泣き出した。




ティアンナとケイナはそれを横目で見ながら、


調査員(侍女)に珈琲を淹れてもらい先に座らせてもらった。




「ティアンナさん、損な役回りね」


「ほんと、やってられませんわよ」


「その割には嬉しそうだけど」


「そりゃ、伝説の『両片思い』の成就を目の前で見るなんて貴重な体験ですもの」


「なるほどねェ…」


「なんですの?」


「いや、わたしの義妹はとても素敵なひとだなあと」


「…当然ですわよ」





その後、キーラ嬢は身支度を整え、ギルバートと共に帰っていった。


そもそも本日、ティアンナは両親へのアポを取っていない。

両親はエントランスにちょっと顔を出し、

よく分からないといった顔で首を捻っていた。



―――――


ティアンナと調査員は自室に戻る。



「あのふたり、

 姿だけ見たら二人とも長身でスレンダーで、

 とっても格好いいんだけどねえ」


「そうでございますね」


「キーラ嬢の中身はドーベルマンの子犬みたいなモンだものねえ」


「そうでございますね、

 いや失敬」


「あーいい人逃がした」


「そうでございますね」


「でもまあ、医学の勉強は楽しかったし、

 病院見学も楽しかった」


「そうでございますか」


「キーラ嬢もちょっとはやる気になったかな」




去り際、キーラ嬢はティアンナの手を握り、


「お願いがございます」


と囁いた。



「いっちばん読みやすい医学書を、

 お借りできませんでしょうか」



わたしも、ティアンナ様を見習って努力したい。

彼のことをしっかり見て、歩み寄りたい。



そう言って笑ったキーラ嬢は、

とっても眩しかった。



「うまくいくといいわね」


「そうでございますね」


「わたくしはまた、

 次の『詫び状』を待つことにするわ」


「ええ、お嬢様」



ティアンナの婚活戦は、続く。



ドーベルマンの子犬、キーラ嬢。

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[良い点] 良い女すぎるwww
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