Case6. ウィリアム・マクライネン公爵令息2
ウィリアム殿の読書タイムは昼頃まで続き、
その間ティアンナ様はすやすやとよくお休みであった。
パリン、
という鋭い音が耳に入る。
父がさっと窓辺に寄り、辺りを確かめた。
「ウィリアム様、
子どもがいたずらでガラスに石を」
「ああ、新しい店が物珍しいからかな」
「そうでありましょう」
父はちらりとこちらへ目配せする。
これは裏がありそうだ。
音を立てず退室し、
階下へ降りる。
そこには複数人の屈強な男が店員に何かを凄んでいた。
「言いがかりです」
「言いがかりじゃねえんだ。
この店のガラスが眩しくて、
俺の目が潰れちゃったのよ。
どう責任取ってくれるんだ」
バッチリ見えてるじゃないか。
どうやら難癖付けられているらしい。
ガラスを割ったのもこいつらのようだ。
この店がオーブリー侯爵家直営と知っての狼藉か。
「失礼、何かこの店に不手際が?」
堪らず店員に助け舟を出す。
「何だ姉ちゃん、
あんたが治療費払ってくれるってのか」
「良い医師をご紹介しましょう。
お名前は?」
「ふざけるな、金さえ出せばいいんだ。
名前だって?
お前さん、パブロ一家を知らねえのか」
「存じ上げませんね」
「じゃあ教えといてやろう。
筋金入りの悪党パブロ一家はな、
気に食わない奴らには何でもするんだ。
殺し、盗み、嫌がらせ。
目をつけられたら終わりだぜ」
「ほう、それは怖いですね」
「そうだろうそうだろう。
だから言う事聞いておいたほうがいい。
さあ金を出しな」
「で、あなたがそのパブロさんなのですね」
「いいやパブロの親父は俺なんかよりもっと怖い。
いいから早く金を」
「それならば」
チンピラの言葉を遮る。
「パブロ一家様宛に、
お見舞金をお送りしましょう。
我が主である侯爵閣下より」
「侯爵…貴族だと?
お前ただの使用人だろう?
虚仮威しもいい加減にしな」
威勢よく反論するが、明らかにチンピラはたじろいだ。
「まあ使用人ですがね」
ずい、とチンピラに詰め寄る。
「よく覚えましたよ、
パブロ一家の構成員殿」
有無を言わせぬ圧力を掛けると、
チンピラは簡単に逃げていった。
虚仮威しはどっちだ。
店員に話を聞くと、
最近街にのさばっているチンピラ一味らしい。
どうやら憲兵団との癒着があるらしく、
通報してもなあなあにされて逆に報復される始末であると。
「しかしせっかくのケイナお嬢様の初事業。
あんな奴らに邪魔されるのは不愉快ですね」
これは妹(ケイナの付き人)に報告せねば。
再度個室に戻ると、扉前に父が控えている。
報告せよ、とのことだろう。
始終について報告すると「ご苦労」と一言。
「娘よ、ティアンナ様がお目覚めだ」
それを早く言ってくれパパよ。
扉に入ると、寝起きのあどけない表情で伸びをするティアンナ様がおられた。
ああ、このような姿をウィリアム殿に見られるとは悔しい!!
「ああ、調査員。
すっかりうたた寝してしまったわ。
お義姉様にお伝えしなくてはね、
『最高』って」
「まったくだね」
ウィリアム殿も集中して本が読めてホクホク顔だ。
「ランチはどうしようか、
この近くなら何でもあるが」
「このまま此処で、
軽く済ませたいですわね」
「ではそうしよう。
向かいの店のガレットなんかはオススメだよ」
「では調査員」
「は」
「買い出しをお願いできる?」
「もちろんでございます」
主人たちの願いを叶えるべくガレットを求めに走る。
途中でついでと言っては何だが、
件のパブロ一家についても情報収集しておいた。
アツアツのガレットを軽く食べ、
次の行き先へ向かう。
「夜は演劇がみたいですわ。
下町の娘とその幼馴染のラブ・ストーリー、
ちょっと気になってたんですの」
「ではそうしよう。
その前に、こんな趣向はどうだろうか」
ウィリアムのエスコートで辿り着いたのは既製品のドレスが揃うブティック。
「演劇の前に、
下町気分を味わってみようじゃないか」
普段高位貴族である彼らは既製品は身に着けない。
それをあえて既製品の店に入り、
下町に馴染む扮装で街に繰り出そうというのである。
ティアンナは面白がり、
シンプルな木綿のワンピースにエプロンを掛けた。
どこぞの食堂の看板娘のような扮装だが、
いかんせん顔が高貴なので扮装感が否めない。
ウィリアムも同様に、
同じ木綿で揃えたシャツに簡素なトラウザーズを合わせた。
こちらも顔が高貴なため浮きまくりである。
そんな二人は意気揚々と腕を組んで街へ繰り出した。
普段貴族然とした服装での街歩きと違い、
いろんな商人が気軽に声を掛けてくる。
美男美女のふたりをからかったり羨む声も、
ダイレクトに二人の耳に届いている。
ティアンナに果物屋の女将が試食をすすめ、
ウィリアムにアコーディオン奏者がリクエストを求める。
「なんて楽しいのかしら」
「ああ、本当に」
ティアンナは笑顔で何度も声を上げ、
次の店を目指して小走りになる。
普段の完璧な淑女であるティアンナ様も素晴らしいが、
このような飾らないティアンナ様も尊くて涙が出る。
悔しいがこの調査員(侍女)、
本日のデートには合格点を与えずにはおれぬ。
ウィリアム・マクライネン公爵子息よ、
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ認めてやってもいい。
「ちょっと待ってもらおうか」
ふと見ると、町娘風のティアンナ様の前に男が立ち塞がっている。
「なにか」
ティアンナ様をかばうようにウィリアム殿が前に出る。
「そっちの姉ちゃん、
アンタさっき走った時、俺の足を踏んだろう」
「いいえ、踏んでおりませんわ」
「いいや踏んだね。
俺の足が折れちまった。
いや詫びなんていいんだ、
ただアンタみたいな別嬪に、
ちょーっと酌をしてもらいたいだけよ」
いいだろう?と厭らしくティアンナ様に詰め寄る様をウィリアム様がかばう。
「可哀想に、あのお嬢さん」
道行く人が噂する。
「あれだけ綺麗だから、
パブロ一家に目をつけられちまった」
「男のほうは縛り上げられて殴られるぞ」
「憲兵は?」
「通報しても無駄だ、来てはくれぬ」
またパブロか。
同じような難癖ばかり付けやがって。
私は主を助けるべく踏み出すが、
「待て娘よ」
後ろから父に止められてしまった。
「見ておけ」
その言葉に従い前を見る。
「へえ、足が折れていらっしゃるのね」
「ああ、そうとも」
「嘘おっしゃいな」
「嘘じゃないとも」
「あのね、足が折れるっていうのはね」
ひとつ息を吸ったティアンナ様は、
渾身の力でチンピラのスネを蹴り上げた!
「いってええ!!」
「ほらご覧、このくらいしないと折れやしないわ」
「失礼ティアンナ嬢、
あなたの蹴りは素晴らしいが、
折るならばこれくらいせねば」
ウィリアム殿も静かに言うと、
先ほど蹴った逆の足の甲を渾身の力で踏み抜いた!
「いてえええ!!」
「ほう、まだ折れぬとは。
貴殿なかなか骨太であるな」
「ふざけんな!
お前ら許さねえ!
俺はパブロ一家のモンだぞ!」
チンピラの合図で、どこから湧いたやら同じようなチンピラがわらわら群がってくる。
あっという間に二人は囲まれてしまった。
並んで腕を組んだ二人は目が据わっている。
「ティアンナ嬢、実は僕は今日一日、
不愉快なことが重なってね」
「あら奇遇ですわね、
わたくしもよ」
大きく息を吸い、
「諜報員!」
ウィリアム殿が父を呼ぶ。
「は」
「こやつらの組織について述べよ」
「申し上げます。
街のチンピラ軍団、通称パブロ一家。
首領であるパブロは元軍人の荒くれ者ですが、
本来街の自治にも寄与する大人物。
こやつらはパブロの名を盾に好き放題する、
質の悪いチンピラです」
「調査員!」
ティアンナ様が呼ぶ。
「は」
「こやつらのボスの根城は」
「申し上げます。
街のはずれの倉庫街の一角に、
パブロ一家の屋敷があります。
食うに困ったチンピラを匿い食わせ、
仕事を与えるのがパブロ一家の役目」
「なるほど、大人物ね」
「諜報員!」
「は」
「なぜ憲兵は来ない?」
「申し上げます。
憲兵はパブロに恩があります。
その名を出されると捕縛しにくいかと」
「ふむ」
「調査員!」
「は」
「で、こいつらの責任はパブロが取ってくれるの?」
「取らせましょうとも」
私はティアンナ様の合図に合わせて伝令を飛ばす。
ウィリアム殿はふんす、と鼻息荒く、
さっと右手を挙げる。
パッパパーーーーー!!!
隣で父が高らかに喇叭を吹き鳴らす。
その次の瞬間、
周囲からパッパパーと喇叭が吹き返してくる。
「な、なんだ?!
まさか憲兵か?!」
チンピラが焦っている。
「憲兵?
いや違う」
ドドドッと荒い馬の足音と共に現れた、
黒い服のマッチョな男たち。
「騎士団だ」
本来貴族街や王宮を中心に活動する騎士団。
貴族子息も多く所属するこの組織を、
ラッパひとつで呼びつけて見せた。
「ま、待たせたな」
肩で息をして、
「遅いわよ、ヒュー・ガントンくん」
こちらも騎士団より専属護衛の到着である。
「お前ら、何者だ…?!」
チンピラが思わず尋ねる。
「聞かないほうがいいと思いますわよ」
「ああ、僕もそう思うとも」
「でも気になるかしら?」
「気になるかも知れないね」
「じゃあ、教えてあげましょうか」
ティアンナは一歩前に進み出て、
深い淑女の礼を取った。
「わたくしの名はティアンナ。
オーブリー侯爵家が次女ですわ」
「ヒッ、高位貴族…?!」
「そして僕は」
ウィリアムが進み出て、ティアンナの肩を抱き名乗る。
「ウィリアム・マクライネン。
王弟の息子と言えば分かるだろうか」
「マクライネン…?!公爵の息子…?!」
もはや顔色が青を通り越し白くなっているチンピラたち。
「捕らえろ!
全員馬に乗せ、パブロの屋敷へ!」
ウィリアムの合図で騎士団は動き、
瞬く間に場を制圧する。
ウィリアム自身馬に乗り、
ティアンナに向かって手を差し出した。
「ティアンナ嬢、
もう少しお付き合い願えるかな」
「望むところですわ」
一頭の馬に相乗りしたふたりは、
騎士団と捕らえたチンピラを伴ってパブロの屋敷へやってきた。
「パブロ!出てこい!」
馬上から高慢に呼びかける。
ややあって出てきたパブロとやら、
確かに厳つい軍人の雰囲気があり、
後ろに括り付けたチンピラとは格が違いそうである。
「何かと思えば、公爵の坊っちゃんじゃねえか」
「パブロと聞いてまさかと思ったが、
やはり貴殿か」
どうやら知りあいらしい二人は会話を続ける。
「今日はどうした」
「貴殿の一味を名乗る奴らが、
ことごとく俺のデートを邪魔するのでな」
「あ?」
ドサっと捕らえたチンピラをパブロへ返却する。
「こいつら、仕事をサボるもんで破門にした奴らだな」
「パブロの名を使って街で暴れまわっている」
「なんだと?」
「馬車は襲う、店のガラスは割る、
街ゆく美しい人に絡む」
何と、ウィリアム殿は全て分かっていたらしい。
「俺のデートに!!
俺が全精力を込めて大切に、大切に計画したデートに!!
ことごとく水を差しやがって!!」
吠えまくるウィリアムに若干引く。
「わたくしも大変不愉快でしたわ」
ティアンナ様も参戦する。
「わたくしの大切な義姉上の、
記念すべき初事業への嫌がらせ!!
万死に値しますわ!!!」
なんと、ティアンナ様にも気付かれていたらしい。
いつの間に。
「さあパブロ、答えてもらおう」
「どう責任を取るおつもりですの?!」
高位貴族二人から詰め寄られ、
パブロは両手を上げる。
「おお怖い、
分かったよ、そいつらは俺がキッチリお灸を据えておく」
「念入りに頼むぞ」
「思いっきり頼みますわ」
こうして無事にチンピラを引き渡し、
二人は無事に街へ戻った。
「さあ、すっかり水を差されてしまったが、
どうする?ティアンナ嬢」
「予定通り観劇いたしますわ、当然です」
「よしきた」
こうしてブティックに再度入店した二人は、
今度は店で一番豪奢なドレスとタキシードを身に纏う。
「さあ、参りましょう」
「ええ、参りましょう」
軽やかな所作でドレスを翻し、
ウィリアム殿の逞しい腕に寄り添った主の後ろ姿を見つめ、
私、調査員(侍女)は思った。
あの二人、
結構お似合いなのでは?
そう思った自分を殴りたかった。
後日、父から聞いた話によると。
ウィリアム殿はこのデートを成功させるため、
ケイナ嬢の婚約者であるレイフォード様に頼み込み、
「意中の人を落とす方法」系の蔵書を借り読み漁ったらしい。
そしてシミュレーションに継ぐシミュレーションの末、
もはや暗示と言って良い無数の練習により、
己のヘタレを封印することに成功した。
よしこれならばと臨んだデートでチンピラ如きに邪魔をされ、
烈火のごとく怒ったらしい。
「怒った後の方が自然体でいい感じだったんだが」
との父の評。
ちなみにパブロは現役軍人時代にちょっと付き合いがあったと。
「ティアンナ様」
「なあに」
「無事にカイ様とウィリアム様が出国されたそうです」
「…そう」
ティアンナ様がほう、とため息をつく。
「ねえ調査員」
「は」
「逆プロポーズ、ってアリかしら?」
主の爆弾発言に、
顎が上がらなくなってしまった。
まだ…
まだ認めんぞ、ウィリアム・マクライネン…!!!
ぎりり、と軋む奥歯をまたも噛み締めたのであった。
ウィリアム氏、出国。
さて今後のふたりはどうなるか。