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幕間 ドレスは着ても着られるな

「愚かな」


嵐のように怒れる両親を前に、

アミーは口を引き結んだ。


「ティアンナ嬢がオーブリー侯爵の実子でない?

 複数の男性と関係がある?

 事業を不正に運営している?

 一体どこにそんな根拠があるのだ」


アミーは未だ口を開かない。


「ケイナ嬢を侮辱したのはもっと悪い。

 私は、お前の父は何者だ?

 国王の弟だぞ。

 王家が身分を保証する異界人を、

 王家に連なるものが穢してどうする」


それとも何か、

我がマクライネン公爵家は王家に翻意ありと見放されても良いと言うことか?



アミーは両親からしこたま雷を落とされ、

ようやく解放された後もふくれっ面をしながら自室へ戻った。




衣装室の中にある化粧台スペースに座り、

鏡に映る自分を前にようやく口を開いた。



「みぃんな好き勝手言うんですのね」


彼女がかねてより婚姻相手として狙いを定めていたレイフォード・エルスワース侯爵令息が別の女性との婚姻を望み、オーブリー侯爵家がそれに手を貸した。



アミーはそりゃ悲しんだ。

そしたらいつの間にか周りが同調し、

いつの間にかオーブリー家とケイナ嬢に猛攻撃を仕掛けていたのである。



「わたくし、あんな品のない事言いませんわ」

『じゃあ、誰が言ったの?』


鏡の中のアミーが問いかける。


「わたくしのメイドですわ」

『ああ、あのメイド、思い込み激しいですものね』

「そうなのよねえ」

『でも、咎めなかったあなたの責任よ。

 あなたの部下でしょう?』

「まあ、確かにちょっとあるのは否めないわね」


『それよ、それ』



そう。

それなのである。


アミーはひとしきり鏡の中のイマジナリーフレンドと会話し、

不自然でない長さで衣装室を後にした。


メイドにおやつと飲み物を頼み、

窓辺のカウチに腰掛けて目を閉じる。


イマジナリーフレンドとか自分がヤバいこと言ってるのはとうに承知している。




アミー・マクライネンは公爵令嬢、

この国で最も身分の高い独身女性である。


産まれながらのこの高貴な立場について、

彼女は常日頃から思っていた。




『割に合わない』と。



いや美味しい食事も高価な服飾品ももちろん好きだし、

恵まれた身分だということは百も承知なのだが、


いやもうちょっと低い身分で良かったぞと。


彼女が思うに、

産まれながらに持っているものもそりゃ多いが、

それ以上に産まれながらにして課せられたものが多すぎやしないか?



今回の件だってそうである。


アミーは失恋を悲しんだ。

そりゃうら若き乙女だもの、

感傷に浸るくらいはさせてほしい。


でもそれが良くなかった。

自分の感情に任せて塞ぎ込むには、

彼女は身分が高すぎたのである。



アミーの心情を(勝手に)汲んで(勝手に)オーブリー姉妹の悪口を言ったメイドに対し、ちょっとくらい私の悔しさ喰らいやがれと静観したところ、


調子に乗った周りが大暴走しこのザマである。


まさにバタフライエフェクト。




ふう、と思わず漏れ出たため息にメイドが反応する。

しまったつい漏れちゃった。


今しがた両親からしこたま怒られたアミーである。

普通ならば『ああ怒られちゃったのねドンマイ』でアミーを慰めるくらいにしてほしいのだが、『アミー様にため息を吐かせるのはどこのどいつだコラー!』となるのがこのメイドたちである。



いや、多分さあ、

この人たち別に私のことを大事にしてる訳でも何でもなくて、なんとか目立った仕事して取り立ててもらおうとかいう魂胆だと思うんだよねえ。


あと、自分より身分の高い人(今回の場合ティアンナ)を思う様貶して、怒られたら『アミー様が望まれましたので…』とか言って逃げればいいし多分楽しんでんだろうなあ。





母はよく言った。


『高貴な女性は一挙手一投足、頭の先からつま先にまでその意図を見出される』と。



そんなに意図ねえわ。

別に好きなもん着るわ。

意味もなくフラフラしたりもするわ。



しかしこの公爵令嬢という呪い、

本当に常に周りに目が張り付き、

ヘタを打つとこんな感じで自分に返ってくるのである。


ていうか部屋付きのメイド4人って何よ多すぎるでしょ。

おやつ頼んで退室させてもあと3人いるわ。



…ということで、

アミーはさっさと婚姻して己の身分を下げたかった。

そのために狙いを定めたレイフォードであったというのに、

異世界人とかいうポッと出の馬の骨に掻っ攫われてしまった。



そもそもズルいと思うんだよね!

ティアンナにしろケイナにしろ、

婚姻相手の選択肢はもっと多いじゃない!


アミーなんて侯爵家以上か他国の王子くらいしか身分的に釣り合いが取れる殿方がいないんだぞ!!


ちょっと譲ってくれたっていいだろうが!!!



…と、アミーの中の荒ぶるゴリラをなだめていると、

先ほどおやつを取りに遣ったメイドが来客の知らせを持って戻ってきた。


このアミー・マクライネンに先触れなしで会いに来れる人物など限られている。


「お通しして頂戴な」

「は」


サッと身だしなみを整える間にすぐその客は到着した。


「やっほ」

「何しに来たんですの、クリストファーお兄様」


彼女の従兄弟である王太子クリストファーである。


「いや、怒られたみたいだから慰めに?」

「大きなお世話ですわ」


実の兄ウィリアムが他国での任務につき不在の間、

このクリストファーは面倒見よくアミーへ心配りしてくれるのであった。


「相変わらず難儀しているね」

「まったくですわ」

「少し内密な話ができるかな」


そう言い、アミーの部屋付きのメイドたちへ残らず退室を促す。


「大丈夫だよ、僕の侍従が複数いるから」


そうまで言う王太子の命には逆らえず、

メイドたちはしぶしぶ退室した。


監視の目がなくなったアミーは途端に姿勢を崩す。


「で、ここまでになるとは思ってなかったって顔だね」

「当たり前ですわ、

 何ですのあのセンスのない噂の内容」

「やっぱりメイドたちが勝手に?」

こくりと頷く。


「多分叔父さんも分かってるんだと思うよ、

 その上で叱ったんだろうけど」

「公爵令嬢たるもの、仕える者を手足のように使いこなし、

 己の神経が通いたるがごとく細やかに見張るべしとの訓示ですわね」

「そんなとこだろうね」


「いやもうほんと意味わかりませんわ」

思わずドスの効いた呪詛が口から流れ出る。


「私の支配域は私の身体までですわよ」

「アミーの中身はだいぶ自由人だからなあ」


アミーは本来、その本能に忠実なタチである。

気分の赴くままに出かけたいし、眠かったら寝たいし、

他人にスケジュールを決められるのも大嫌いなのである。


本当に公爵令嬢に向いていない。


「公爵令嬢の皮を被った野生のゴリラ」

「やかましい」


「でもさ、僕思うんだけど」

「何ですの」

「アミーって真面目だよね。

 別に公爵令嬢しながらゴリラしたっていいんじゃないの?」

「意味が分かりかねますわ」

「好き勝手してもいいんじゃないのって」

「ええ?怒られますでしょ」

「怒られて何か実害ある?」

「…いや、特には」

「でしょ?もしそれで犯罪するなら話は別だけど、

 評判悪くなって格下の男に嫁ぐ程度になれば」

「好都合ですわね」

「ほら」


その瞬間、アミーの眼前に明瞭なヴィジョンが描き出された。


あれ?

公爵令嬢だからって公爵令嬢らしくいなきゃいけない訳じゃないの?

私は私らしくいても、もしかして許されるの?


己の好きに出歩き、監視から抜け出し、

周囲を振り回してもいいの?


誰にも私の威を借る真似はさせたくないし、

逆に私がブンブンに振り回してやりたい。

有能に思われたいなら着いてこればよろしいのよ。


なんてお転婆だって?


それでも私は許される、

だって身分が高いから!!!





なんだか突然キラキラしだした従姉妹を前に、

王太子クリストファーはうんうんと頷いた。


「アミーには自分らしくいてほしいからね」

「お兄様は逃げられないお立場なのに、

 ひとりで喜んですみません」

「いいさ、僕は好きでやってるから」


クリストファーは肩を竦める。


「で、アミーはとりあえず何がしたいの?」

「とりあえずは」



ぐるぐると思考を巡らせ、

ずっと諦めていたひとつの望みに行き当たった。


「友達が欲しいですわ」


何も気負うことなく話せるのが鏡の前の自分だけとか、

ほんともう嫌なのである。

取り巻き令嬢たちもこれまでは友達として見たことはなかった。


なるほどね、と笑って、

クリストファーはメイドたちを呼び戻した。


「じゃあアミー、

 好きなようにやんなさい」

「ありがとうございますわ、

 怒られたらお兄様の名前出しますわね」

「勘弁」


そう言って帰っていったクリストファーの馬車を見送り、

アミーはその足で、自身の馬車へ向かった。


「すぐ出しなさい」

「お、お嬢様、本日はお出かけのご予定はなかったような…」

「出かけたくなったの。

 護衛!どこにいるの!」

「は、はいこちらに!」

「行くわよ、せいぜいよく私を守りなさい」



そう言ってスタスタ馬車に乗り込んでしまった。



「とりあえず買い食いに行きますわ!

 街へ出なさいな!」





ふっきれた公爵令嬢は強かった。

誰にも邪魔できない高貴なパワーで、

周りの期待と決められたスケジュールを残らず破壊した。


…そして失恋の傷もすっかり癒えたある時、

ふと思い至った。


「わたくし…

 異界人と友達になりたいわ」


レイフォードを掻っ攫った憎き女という恨みが薄れると、異世界人ケイナは非常に興味深く、アミーの心のゴリラが勝手にドラミングするのである。



そうしてケイナの予定を調べ上げ、

勝手に乗り込むことにした。



パッパパー!


「マクライネン公爵令嬢!

 お迎えです!」

「そんな、私まだ、まだ…!!

 お兄様ー!!!!」



ティアンナを害され怒り狂ったウィリアムにより密かに監視を付けられ、

ティアンナ(たいていケイナと一緒にいる)に一定距離近づくと喇叭を鳴らされ強制連行されてしまうアミーであったが、

薬物騒ぎでティアンナ不在の間にようやく異世界人ケイナとコンタクトが取れ、

その後ちょっと仲良くなれて大満足なのであった。



「まあ見事に着こなしたね」

「ええ、これまでわたくし、

 公爵令嬢というドレスに着られてしまっていたようですわ。

 

 服も身分も、着こなしてナンボ!

 ですわね」



…こうして、お邪魔令嬢アミーは好き勝手するようになったのである。



その姿勢が、点に立つ資質ありと見なされ他国の王妃就任の打診が来たり、

嫌がって脱走したりするのはまた別の話。



アミーさんも大変なのよね。

それまではステレオタイプな公爵令嬢だったのです。

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