これにて幕引き、そしてcase.6なるか
かくして、
コットン子爵領を発端とした薬物騒ぎは幕を下ろした。
繰り返された聴取により全貌は明らかとなったが、
ことの顛末は思ったより複雑で、グロテスクであった。
『ポピーの集落』には問題があった。
閉じた集落特有の、近親婚およびそれに伴う子の病である。
これまでは迷い込んだ旅人を婿とし、
外の血を取り入れていたが、
その噂が広まったことにより、森には外の者が現れなくなった。
そこで集落の女たちは、婿探しに街に出る。
その中で領主子息であるクレムに接触した者がおり、
『集落』へクレムが招かれたのが始まりであった。
『集落』の人間は、ポピーから取れる麻薬を常用する。
幸福をもたらすその薬を、宝として扱う。
その結果の早死には、神の御下に召されるものとして歓迎された。
その麻薬以外にも、集落は森の恵みを用いた薬学に長けていた。
特に得意なのは、精神に作用する薬…
飲むと笑いが止まらなくなったり、
哀しみが増幅されるものであったりした。
それらを娯楽としても使用していたのである。
ティアンナが盛られたものこのうちのひとつ。
人のコンプレックスを浮かび上がらせ、
自己肯定化感を低めるものだった。
幸い依存性はないとされた。
ところでクレムは野心家であった。
国を獲りたいとは思わない。
ただ、財を築き、数多の人を従え、
世界を思うさま動かしたかった。
そうして目を付けたのが、
集落の薬である。
麻薬を使わせその依存性を利用し、
多くの者をその支配の傘へ引き入れ、
政治、経済、あらゆる面での影響力を持とうとした。
要はマフィアになるつもりだったのである。
クレムは人心掌握に長けていた。
いっそ洗脳であると言っていい。
集落の女たちを手八丁口八丁で丸め込み、
娼館での仕事へ向かわせた。
そして『女神』を用意した。
『女神』とは。
集落に伝わる古い儀式である。
最も美しく、
最も賢い女を選び、
『女神』として神殿を用意し住まわせた。
そうしてそこで、
「贈り物」をふんだんに使いながら、
集落のために多くの子を産ませるのである。
当然、『女神』は長生きしない。
身体においても、
精神…自我の面においても、である。
「こっっっっわ…」
後日王太子の私室に集まった、
ケイナ・ティアンナ・カイのオーブリー兄妹、
アミー・ウィリアムのマクライネン兄妹、
レイフォードにギルバート、フリンについでにヒュー君という面子は、
あまりのおぞましさに身震いした。
「いやいや彼らはド真剣だよ。
その生き方しか知らないんだから」
王太子クリストファーはため息をつく。
「彼らは集落を守りたかった。
でも僕らと価値観が違いすぎた。
薬を使って咎められることに、
みんなキョトンとしているよ。
彼らの世界は彼らのものだったのに。
うまくクレム・コットンに利用されてしまったんだね」
「わたし、以前見知らぬ女の子からポピーをもらったんだけど、
曇りなき瞳だったものねえ」
ケイナが思い出してうーんと腕を組む。
「うん、その子も集落の子と判明している。
単純に嬉しくなってケイナ嬢に近づいたのさ」
ポピーの花も純粋な好意だよ。
「でもよく分からないのだけれど」
ティアンナは首を捻る。
「なんでわたくしが『女神』になる必要があったのかしら?
リエラも含め、
なんで彼女らは私の知識やドレスを欲しがったのかしら?」
「ああ、それはね」
王太子は少し昏い顔をした。
「クレムのプレゼンだよ。
ティアンナ嬢を、
集落の女よりずっと美しく、
ずっと強く、ずっと賢い、
上等な女性として褒めちぎったのさ。
『女神』に相応しいとね。
それで彼女らは君に憧れながら、
内心君に嫉妬していた。
『女神』に選ばれるのは、
彼女らにとって誉だから。
その嫉妬心を煽り、
君のマネをさせ、娼婦教育とした訳だ。
リエラはその筆頭でね、
ティアンナに本気で成り代わり、
いずれ次の『女神』になりたかったと」
「やり方がえげつないですね」
「ちなみに、
クレムは『女神』であるティアンナ嬢を妻にし、
集落の男たちに貸し出すつもりだったみたいだよ」
パリーン、
音の方を見るとウィリアムのカップが破砕されていた。
指には悲しく持ち手だけが残されている。
「あらあらウィリアム様、
お洋服が濡れてございますわよ」
ティアンナが甲斐甲斐しくハンカチを渡す。
「ありがとう、ティアンナ嬢。
…殺す…奴は殺す…」
「ティアンナ嬢は彼女らの理想像に近い女性だったし、
ほら、悪い噂の件もあって、
クレムも目を付けやすかったんだろうねえ…」
「ご、ごめんなさぁい…」
今度はアミー嬢がテーブルに頭をぶつけんばかりに伏している。
「わたくしが愚かな真似をしたばっかりに、
ティアンナ嬢を危険に晒してしまいましたわ」
「それについては」
ティアンナはふんぞり返り、
「お待ちしておりますわよ、
アミー様からの『詫び状』」
とアミーの頭を優しく小突いた。
そして皆を見回し、
「本当に、わたくし愚かでしたわ。
のうのうと騙されている間に、
こんなにも皆様に助けて頂いていたのね」
「ほんとよ、
総力戦だったんだから!」
ケイナはティアンナの両手を握ってぶんぶん振る。
「でもちょっと怖かったの。
クレム・コットンを捕らえたとして、
ティアンナさんが傷ついたらどうしよう、って」
あんな奴にティアンナさんを幸せにできると思わないけど、
恋する人に利用されていたなんてショックだろうし!
「ほんと、目が覚めててくれてよかったー!!」
「暫くの間あの変なお茶を飲まなくなって、
色々あって泣きまくって冷静になったら、
急激に恋が冷めたのですわ」
よかったよかった、
とケイナはさらにぶんぶんする。
周りの、かつてティアンナと心を触れ合わせた男たちは、
義姉妹のやりとりを温かく見守っている。
「ティアンナさん、幸せになってくれなきゃいやよ」
その言葉にティアンナは胸を張った。
「当然!まだまだ諦めませんわよ」
めざせ!薔薇色結婚生活!
「おっ、婚活再開かい?」
カイが茶化す。
「そうさせていただきますわ」
腕を組みふんす、とやるティアンナに対し、
アミー嬢はぽつりと言った。
「『詫び状』…オススメ殿方情報のことですわね」
そしてすっと立ち上がり、
ティアンナに対して深い淑女の礼を取った。
「申し上げますわ」
「ええ、何ですの急に?」
「ティアンナ・オーブリー侯爵令嬢の伴侶に、
我が兄、ウィリアム・マクライネンを推挙いたします」
おっ、と反応したのはウィリアムを除く男性陣だ。
アミー嬢がティアンナ嬢を義姉と認めた!
いいぞいいぞ行け行け今だ、
と当のウィリアムを見ると、
……滝のような汗を流していた。
彼は対ティアンナ限定のヘタレ。
急なアシストにエンスト状態なのである。
「あら、
…ウィリアム様はあんまりいい反応じゃありませんわね」
違うんだよーそうじゃないんだよー!!
他の全員が内心突っ込む中、
ギギギとついにウィリアムが口を開いた。
「ティアンナ嬢。
…俺はまた、しばらくしたら赴任先に戻る」
「はい」
「それまで、短い間かもしれないが…
が、がが、ががい、
外出に、
誘ってもよいだろうか」
「よしよく言った!!!」
カイはなぜか涙目になってウィリアムの頭を抱えてワシワシしている。
返事は!!!????
場の注目を一身に浴びたティアンナは、
とびきり美しい笑顔で言った。
「ええ、お待ち申し上げております」
ただし、
わたくし妥協はいたしませんことよ。
ーーーティアンナの婚活戦は、
まだまだ続く。
……はずである。
これにて一部完結です!
もちろんまだ続く、よね。
頑張れヘタレ。