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case.5 クレム・コットン子爵令息5

「あら、侍従の方はそのままいらっしゃるの」


「ああ、無粋で悪いね」


接客室に通されたウィリアムを見たリリは、

後ろに控える黒ハットの侍従を見やり怪訝そうに言った。


「何にせよご指名ありがとう。

 ジェントルマン、なんとお呼びすればよろしいの?」


「俺のことは迷い人(ストレンジャー)とでも。

 ちょっと身分は明かせないのでね」


「変わったお方ね、わかったわ。

 では迷い人さん、お食事にする?お酒にする?」


「いいや、君と話を。

 菓子か何かあるかな」


「ますます変わった方」


そう笑ってリリは手ずから茶を淹れ、引き出しから焼き菓子を少々皿に乗せた。


「先ほどのステージ、本当に素晴らしかった。

 あのような歌声は初めて聴いた。

 心の臓をつかんでそのまま揺さぶられるような」


「ありがとう。

 こっちじゃちょっと聞かない歌い方でしょ?」


「ああ。

 もしかして君は遠くの出身なのかな」


「この国なのだけれど、地方なのよ。

 すごい田舎よ」


「へえ。

 そっちではああいう歌い方が主流?」


「そう。

 みんな野や道端で歌うの。

 反響するホールで歌う訳じゃないから、

 自分の喉や身体をめいっぱい振動させて歌うのよ」


「なるほど。

 どういう訳でこっちへ?」


ウィリアムは性急すぎたか、とも思ったが、

少々攻めに転じることにした。


「婚活よ」


「婚活?」


「ええ、私ね、運命の人を探しに来たの」


「それは分かるけど…

 なぜ娼館へ?」


「だって、ここで名を挙げれば、

 たくさんの殿方が私を見るでしょう?

 その中に私の運命の人がいるかもしれないわ」


「でも娼館だろう?

 自分を削り売るような場所ではないのかい」


「うーん、そうでもないわ。

 私はほら、歌で売ってるから。

 お客様も良い方が多いの」


そう肩をすくめたリリは、

ウィリアムとの会話もテンポよく進める。


酒を抜きにしても非常に朗らかで、かつ理知的で、

ウィリアムはフリン絵師の言う「ティアンナに似た人物」という言葉に心の中で同意した。


「ちょっと香を焚いてもいい?」


リリはふいに席を立ち、甘い香りのする香に火を付けた。


「この香り、ホールと同じだね」


「ええ、好きな香りなの。

 故郷の香り」


「へえ」


香を吸い込みながら、リリはウィリアムのことを聞き出した。


好きな料理は?

普段はどんな嗜好品を?

将来はどんな家庭を築きたい?


答えながら、ウィリアムは自身の頭がぼうっとしていることに気づいた。


身分に繋がる回答は避けながら、


「おや、まるで見合いのような問答だね」


と茶化す。


リリは笑いながら、


「それはそうよ、

 私にとってここでの仕事はすべからく婚活だもの」


お客様はみんなお見合い相手、と艶やかに言うと、


「あなたはどう?

 どんな女性と結婚したいの?」


と問いかけた。


「そうだな、

 …芯が強くて、前向きで、漢らしい女性…

 それでいて、可愛らしい女性…」


ティアンナのことを思いながら話していると、

次第に眼の前のリリがティアンナに見えてきた。


「そうだ、ずっと想ってきた…

 俺にとってかけがえのない女性…」


「そう、片想いなのね」


リリは微笑む。


「煙草はお吸いになる?

 少し気分の良くなる煙草よ」


リリは細い、優美な煙管に黒い塊を詰めると、

ウィリアムに渡した。


「片想いとはお辛いでしょう。

 どうぞ今宵は苦しみを忘れて。

 一夜の夢と興じましょう」


慣れた手つきで火を付け、

煙をウィリアムに吸うよう勧める。


「これはただの煙草かい?」


「いいえ、特別なものよ。

 これを吸うと苦しみや悩みが霧散するの」


特別なお客様にしかお出ししないのよ、


とリリは加えた。



「苦しみや、悩みが霧散…

 それに伴う代償を、君は理解しているのか」


ウィリアムは静かに告げる。


「ええ、長く使うとちょっと身体に悪いけど、

 幸せな人生には換えられないわ」



一度しかない人生、幸せなほうがいいじゃない。



リリの無邪気な笑みを見て、

ウィリアムはさっと合図を出した。



パパラパーーーー!!!!



後ろに控えた侍従がすかさず吹き鳴らした喇叭の音は、

娼館のみならず近所中に響いた。



それに呼応するように、娼館の周囲から同じような喇叭の音が幾つも鳴り返してくる。



そしてまた侍従が喇叭を鳴らす。


パパラパーの応酬である。



 

何だ何だ何事だと、部屋の外には娼館スタッフが駆けつけるが、

潜んでいた王家の隠密部隊がそれを止める。



ドアの向こうの小競り合いをBGMに、


「なあんだ、あなたにはポピーを上げようと思ったのに」


リリは口を尖らせて拗ねて見せた。


「ポピー?」


「そう、私たちの宝物。

 大切な人、仲間になってほしい人、

 親愛の情を示したい人…

 そういう人に、私達はポピーを渡すの」


「私達?」


「そう、私達。

 あなたは私達のお婿さんたり得ると思ったのよ、


 ウィリアム・マクライネン公爵令息」


「ほほう、やはりバレていたか。

 それにしても公爵家嫡男に対して婿とは。

 故郷に連れ帰るつもりか?」


「そう。

 私達にとっては、身分とか貴族とか全然関係ないわ。

 いい殿方を連れ帰って家族にするの」


「お断りだな」


「私、結構イイと思うわよ?

 似てるでしょう?

 ティアンナに」


「!?」


ウィリアムはぼうっとした脳内が爆ぜる感覚がした。


「ティアンナ嬢を知っているのか」


「彼女は私の『友人』だもの。

 ポピーだって渡したのよ」


「彼女はどこだ。無事なのか」


「この館にいるわよ。

 クレムが大事に大事に囲ってるはず」



彼女は私達の選んだ、『女神様』だもの。




「ウィル!」


帰ったと見せかけ、喇叭の音を頼りに兵たちを山程引き連れてやってきたカイが、

リリの部屋へと雪崩込んできた。


「カイ!

 彼女はやはりこの屋敷にいる!」


「わかったから窓を開けろ!

 この香もやっぱりやばいぞ」


カイは乱暴に椅子をえいっと窓に投げつけ、

バリーンとやってしまった。


「はい換気換気」


「な、なんてことをしてくれる!」


騒ぎを聞きつけて転がり込んできた先ほどの支配人は、

目を剥いて怒った。


「貴様ら、騒ぎを起こしおって…!

 お、お前!」


と、支配人は黒ハットの侍従を震える指で指す。


「チョウさん、お前、裏切ったな!」


チョウさん、と呼ばれた諜報員(侍従)はしれっと、


「諜報活動のため、

 少々こちらで小間使いの仕事をさせて頂きました。

 支配人、わたくしは最初から敵でございますよ。

 諜報員ですのでね」


と吐き捨てた。



「お前、娘がどうなってもいいのか!」


「あいにく。

 この程度でくたばる軟弱者に育てた覚えはありませんのでね」



だろう?



と、諜報員(侍従)がリリの背後に向かって投げかける。



「当然」



音もなく現れたその女性は、鮮やかにリリの両腕を拘束する。



「チョウさん…

 あなた、私達の仲間になってくれたんじゃないの?」



リリは己の付き人であったはずの、

チョウさん(2)こと調査員(侍女)を悲しげに振り返る。



「いいえ、わたくしめの主人は後にも先にも、

 

 ティアンナ・オーブリー様ただおひとり」



そおれ、とリリを騎士のほうに投げ、


「カイ様!ティアンナ様はこちらです!」


と誘導を買って出た。


「まて!俺が行く!案内を!」


と叫ぶウィリアムに対し、



「嫌です!」


と吐き捨てるチョウさん(侍女)。



「お嬢様の好感度ポイント稼ごうったって、

 そう簡単にはさせません!」


「なんでだよ!

 諜報員(侍従)、お前の娘どうにかしろ!」


「仕方ありませんね」




さっ、と対峙したチョウさん父娘。


「娘よ、人手は多いほうがよかろう」


「しかしその男を婿と認めるわけには」


「こう見えて公爵家嫡男だ。

 …いい盾程度には使える」


「確かに」


「連れて行っても構わんな」


「…パパが言うなら」


「ウィリアム様、許諾取れましてございます」


「お前ら不敬だよなァ…」



ーーーーーーー


「何度も言わせないでくださる?」


「しかし、ティアンナ様」



ティアンナは屋敷のメイドと対峙していた。



「わたくしの願いはシンプルだと思うのだけれど」


カツ、と立ち上がり、メイドに一歩近づく。


「ひとつ。

 このお茶は気に入らないの、指定のものに淹れ直して」


カツ、また一歩。


「ふたつ。

 わたくしのドレスと装飾品、返して頂けるかしら」


カツ、さらに一歩。


「みっつ。

 オーブリー家に帰ります。

 

 今すぐ馬車の用意を」


ティアンナはほとんど触れ合う位置までメイドに迫る。



メイドは不気味なまでに冷静に、ティアンナの目を見据える。


「いたしかねます。

 あなた様は我らの女神。


 我らを照らし、我らと共にあり、

 我らに福を授けて頂かなくては」


「わたくしは女神ではないわ」


「いいえ、我らは貴女を女神に選んだのです」


「その前に女神って何?

 女主人のことではなくって?」


「異なります。

 貴族の女主人など、世俗の者の肩書遊び。

 女神とは我らが選び、煩悩を超える者」


貴女は選ばれたのでございます。

心からおめでとうございます。


メイドは深く深く礼を取る。



「…いや嬉しくないわ」


ティアンナは薄ら寒い不気味さを覚える。


「今は嬉しくなくとも、

 そのうちその御心は幸福でいっぱいとなります」



さあ、こちらを。



そう言ってメイドは煙管に黒い塊を詰め、

火を付けティアンナへ寄越そうとする。



「そのような物言いをされましては、

 クレム様もお嘆きになります。


 ティアンナ様、

 こちらを吸って少々落ち着かれては」



クレム。

その名を聞いてティアンナはハン、と鼻白む。



「そのことですけれど。

 クレム様には…



パパラパーーーーー!!!!


(パパラパーーーー!!!)


パパラパーーーーーーーーー!!!



 …ちょっと!

 うるさくありませんこと?!」



メイドは怪訝そうに周囲を見渡している。


「ええっと、今日は楽団の訪問でもありますの?」


ティアンナはサッパリ訳分かっていない。



「辺りを見て参ります。

 ティアンナ様、どうかそこから動きませぬよう」


メイドはそう言い、どこかへ駆けて行ってしまった。



「ま、

 それを聞くわたくしではございませんことよ」


ティアンナはそうっと部屋を抜け出すと、

堂々と出口を探して歩き始めた。



ーーーーーー


「ティアンナ様!!」


バン、と開け放たれた部屋はもぬけの殻だった。


ドアを開けたチョウさん(侍女)は驚愕に目を見開いている。


「そんなはずは!」


バタバタとそこら中を散らかしながらティアンナを探すも、

だぁれもいやしない。


「場所を移されたか」


ウィリアムは品をかなぐり捨て、

盛大にチッッと舌打ちする。


「探そう、まだ遠くではないはずだ」


カイがそう言った直後、



「困りますね」


部屋の入口からひとりの男が現れた。


「どちら様かな」


問うたカイに対し、その男は飄々と礼を取った。


「はじめまして、未来の兄上様」


諜報員(侍従)はお兄ちゃんズに対し、唸るように告げる。


「クレム・コットン子爵令息です」




クレムは悠々と部屋に踏み込み、辺りを見回した。


「困った子ですね、我らが女神は。

 少しお仕置きが必要かな」


そうしてまだ煙の出る煙管を見遣ると、


「…まだ使うなと言ったのに。

 まったく、奴らはコレを手軽に使いすぎる」



「はじめまして、コットン子爵令息。

 お兄ちゃんとして教えてほしいのだけれど、

 それは何かな?」


クレムはふふ、と子供のように笑うと、


「とっくにご存知でしょう?

 コレはね、彼らの言葉で言うと、

 贈り物ですよ。


 辛い現世へ大地の神が与え給うた、

 神の世界へ導くための贈り物」



「そんな与太話を信じているというのか」


ウィリアムは喉の奥から言葉を絞り出す。


「事実ですよ。

 彼らが詩的な表現をしているだけでね」


「ティアンナ嬢にもコレを使ったというのか!」


「いいや、僕は彼らと違って、

 コレのうまい使い時を知っていますからね。

 彼女はまだです。勿体ない」



ウィリアムはもはや怒髪天を衝く直前だ。


ティアンナを何だと思っている。

便利な道具のような言い回しをしやがって。



許さぬ。

己のすべてを賭けてでもこいつは潰す。



「ところでウィリアム様、リエラはどうでした?

 傑作でしたでしょう」


「リエラ?傑作だと?」


「ああ、リリのことですよ。

 元の名をリエラと言いましてね。


 ティアンナは僕が貰いますのでね、

 あなたには彼女を差し上げますよ。


 ティアンナ仕込の所作、

 ティアンナ仕込の知識。

 ティアンナの服を着て、

 ティアンナの侍女を従える。


 ほら、ほとんどティアンナそのものでしょう?」


ティアンナ・オーブリーの代わりにどうぞ。



その言葉についにウィリアムはキレた。



「…相分かった、貴殿には相応の礼をせねばな」




「ウィリアム様、キレてございますね」


侍従がつぶやく。


「ウィルは切れると冷静になるタイプの男だからねえ」


カイもおおこわ、と大げさに肩を抱く。



「なあんだ、つまらない」


クレムは一人不満げだ。


「もっと悔しそうな顔が見たかったのに」


「そいつは申し訳なかったな」


「ティアンナがいてくれたら、

 もっと楽しかったのに」


「ほほう。とは」


「ティアンナは僕にベタ惚れだからね。


 長年の想い人が他の男の愛を請い縋る姿を見るのは、

 さぞかし屈辱的だろうねえ」


「笑止」


ウィリアムは吐き捨てる。


「貴様はティアンナ・オーブリーを知らないと見える」


「強がりだね。

 弱々しく僕にすべてを差し出す様を見せてあげたいよ」


「そのようなものは彼女の本質ではない。

 じきに目を覚ますはずだ」


「目を覚まされては困るからね、

 こちらも無策ではないよ」




「へーぇ、例えばこのお茶とか、かしら?」


そこに間延びした声が割って入った。


入口には、


「ティアンナ嬢!!」


ティーポットを掲げ持つ、ティアンナの姿があった。




「あらお兄様、お久しぶり」


「やあティアンナ、相変わらずだね」


「最近はちょっと調子を崩しておりましたのよ」


どこかの駄犬のせいでね。


そういってクレムの目をじっと見つめる。



「やあティアンナ様、

 何処に行っておられたのです?

 女主人たるもの、勝手な行動は慎むべきでは?」


「御生憎様、

 誰がどこの女主人ですって?」


「仕方ないなあ、ティアンナ様は。

 僕とコットン子爵家を盛り立ててくださるのでしょう?」



ティアンナはふっ、と微笑むと、



「御免被りますわ」


と言い切った。


膝を折り、深く美しい淑女の礼を取ると、


「クレム・コットン子爵令息。

 此度の婚約のお話、お断りいたします」


と淑やかに告げた。


「それは無責任というものではありませんか」


クレムは憤る。


「婚約もしていないのに勝手に責任を乗っけてきたのはそちらですわ」


「一度はイエスと言ったじゃないか」


「では今、ノーと申し上げます」


「君は僕が恋しいのだろう!」


「いいえ、ちっとも」


「なんだと!」


「もう一度お伺いしますわ」


ティアンナはずい、とティーポットを掲げる。


「このお茶。

 何か混ざっておりますわね」


「…!」


この、と乱暴に奪おうとするクレムの腕を、



「はいそこまで」


割り込んできた『影』ことヒュー・ガントン侯爵令息(護衛)が止める。


「悪いな、ようやく合流だ。

 狭い部屋の中での護衛だ、

 半径5メートルに入っても許せよ」


「仕方がありません」


なぜか調査員(侍女)がふんすと返事をする。



「あなたと会うと必ずお茶を振る舞ってもらったけれど、

 その後必ずぼうっとしたのよね」



手持ちの恋愛小説に似たような記述があったから、

てっきりコレが恋かと思って噛み締めていたんだけれど。


そんなわけありませんわよね。

すっかり目が覚めましたわ。


「何にせよ、今となってはわたくしはあなたと添い遂げる気はございません」


安心して、お縄となってちょうだいな。


ヒュー君の後ろにはまだまだ騎士がわんさと詰めかけている。



は、はは。


「何を仰っているやら」


クレムは心底可笑しそうに笑う。


「僕を何の罪で捕らえるというのです」



ウィリアムがずい、と前に進み出、


「貴殿らには人体に有害な薬剤を意図的に使用した罪がかかっている。

 王太子殿下の逮捕状もある」


「僕は何もしておりませんよ。

 彼らは確かにその贈り物を使いますがね、

 僕自身は使用しないし、ほら、手も触れていない。

 この娼館の運営にだって、当家は関与していない」


「おお、面の皮が厚いねえ」


カイも笑う。



「僕は潔白だよ」


だからさあ、そこをどきなよ。


騎士に向かって言い放ち、

堂々とその場を去ろうとするクレム。


「えーっと」


ティアンナはこほん、と咳払いをした。


「一体何のお話かしら?

 お兄様たち、

 わたくしを迎えに来たわけではないの?」


「いや、それもそうなんだけどね」


「ええ?

 有害な薬物って、このお茶のことではなくて?

 それでしたら彼が手ずから淹れてくれたことも多くてよ。


 あとこの駄犬、わたくしの貸し出したドレスや装飾品を

 一向に返してくれないのだけど、

 その罪でしょっぴいてくれるのではなくて?」


「うーん、罪としてはちっちゃいなァ…」


「聞き捨てなりませんわね。

 ああ、それともアレかしら?

 

 さっきあなたのお父様と出くわしたから、

 ちょっとお話させて頂いたのよね。


 モゴモゴ早口で何か言っていたから、

 ほんのちょーっと脅かしたら、

 この紙束くださったんだけど」



ぴら、とさほど多くない紙束をカイに渡す。


「お、コレコレ!

 娼館の収支報告書。

 コットン子爵家にも収益が分配されてる証書だな。


 おっ、こっちは森の集落の護衛に使った私兵の契約書か。

 ん?これは何だ?

 実験用具の請求書?」


「よくわかりませんけれど、

 何か大量の赤い花と実験用具が所狭しと並んだ部屋なら、

 先ほど見つけましたわよ」


クレムが慌てて口を挟む。


「馬鹿な!あそこは隠し部屋のはず!

 

 …あ」


「あ〜〜反応しちゃったね〜〜」


カイは非常に嬉しそうにニヤニヤする。



「ああ、確かに、

 出口が見つからなくてその辺の壁を殴ったら、

 ガコッと入口が開きましたのよ」


「な、なんという豪運!

 さすがはお嬢様!」


調査員(侍女)は拍手喝采である。


「くそっ…

 あの親父、役立たずにも程がある…!」


クレムは目を吊り上げ拳を震わせている。


「という訳で、

 お縄になってちょうだい」


ティアンナがパン、と手をたたきクレムに向き直る。



「はは、は…

 わかりました。

 ティアンナ様、ここでお別れです。

 愛していましたよ」


「詭弁ね。

 貴方はわたくしを利用しただけ」


「そんなことはない。

 貴女を愛していたからこそ、

 本当に有害な薬は使わせなかった。

 

 後で聞いてみるといい、

 あの集落で『女神』とはどういう存在か。


 僕があなたを守っていたことが分かるでしょう」



「惑わせるようなことを言うな」


ウィリアムが割って入る。


「守るだ何だと綺麗な言葉を使うが、

 貴様は彼女を縛り、支配し、搾取しようとした」


その罪、償ってもらう。




クレムは据わった目でウィリアムを捕らえ、


「…やっぱり、

 この男の歪んだ顔は見ておきたいなあ」


と小声でつぶやいた。


その瞬間クレムは腰から小さなナイフを抜き取り、

ティアンナに向かってそれを至近距離から突き出した。


「あぶない!!」


ヒュー君が叫ぶが身体が間に合わない!


「ティアンナ嬢!」




…ティアンナは大きな胸にすっぽり抱え込まれ、

辺りが見えなくなった。


頭の上から声が降ってくる。


「公爵令息相手の刀傷沙汰、

 一発アウトだな」


捕らえろ、


その一言で数多の足音が一気に部屋に満ち、

そのうち引いていった。


それでもまだ、

ティアンナは抱え込まれたままであった。


「ウィリアム様、

 盾のお役目お見事でした」


黒ハットの侍従が言う。


「そろそろ、その手をお離しを」


調査員(侍女)が言う。


「いやいや、痛くて動かんだけだ」


頭の上から声が響く。


「冗談もほどほどにしないと、

 お兄ちゃん怒るぞ」


カイがべり、と引き離すと、

ウィリアムは右の二の腕あたりから血を流している。


「なんということ!」


ティアンナはすぐさま傷口(浅い)を確認し、

ウィリアムの右手の動き(無事)を確認し、


ほ、とひとつため息をついた。


「ウィリアム・マクライネン公爵令息、

 兄の無茶にお付き合い頂いたばかりか、

 その御身にお怪我まで…

  

 わたくしの責、何としても償いますわ」



そして心から感謝を。

そう言ってティアンナはその両手でウィリアムの右手を包み、

小さな額にそっと掲げ礼を表した。



ささ、まずは手当を!


呼び入れた騎士にウィリアムを任せ、

ティアンナも事情聴取に別の騎士と歩き出す。



残されたカイとチョウさん父娘は、


「いや〜あれ上手くいくかな〜。

 吊り橋効果って言うんだっけ?」


「許しません許しません!

 ぜったい許しません!

 お嬢様は丁寧にお礼をされただけです!」


「娘よ、そうは言うが、

 ウィリアム様以上に高スペックな令息はおるまい?」


「…だってパパ〜… 


 あの方、

 ティアンナ様相手にはチリほどのアプローチもできない、

 

 筋金入りのヘタレなんですもの〜〜〜」


「それはそうだねェ…」



と、気の抜けた会話を繰り広げていた。


チョウさん父娘はガチ。娘のほうは長期潜入調査中(パパの指令)。

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