case.5 クレム・コットン子爵令息3
ここからは比較的時系列。
ケイナによるトリプル面談は、大変な重苦しさであった。
「マヤク、ですか。毒の一種、と考えても?」
「最終的にはそうなのだけれど、薬として用いることもあるの」
「はあ」
医院からの情報を整理した、ケイナの推理はこうだ。
同時多発的に様々な身分の人間が同じような症状を呈する。
まずは疑うべきは感染症の類であるが、
ケイナの知識では熱もなく腹痛も咳もないような感染症は思い当たらない。
とすると、水や食物からの中毒症状…という可能性もあるが、
やはり症状が一致しない。
というかやはり、「最初は絶好調」というのがどうにも怪しいのである。
病気の始まりが絶好調なんていうのは不可思議なのである。
しかしひとつだけ、その症状が当てはまるものがあった。
「麻薬」である。
大麻や覚醒時の類は、元は鎮痛剤として用いられ、
気分の昂揚や苦痛からの開放をもたらす。
しかし量がすぎれば依存症となり、寝たきりとなり、離脱症状に苦しむ。
「私の国ではそれらの薬の一部は植物から作られるの。
見た目にも美しい花だったりしてよく栽培されるのだけれど、
種類によっては違法なものもあるのよ」
「へえ、どんな植物なのですか?」
ギルバートが問う。
「麻の葉や、ケシの花よ。
こっちでも同じように薬が取れるとは限らないけれど」
「なるほど。
我々の知識の中で、毒は分かりやすく苦しむものばかりでした。
そういった毒もあるのですね」
「わたしの世界では、麻薬の取引を巡って戦争が起きたわ」
「まあ、愚かなこと」
アミー嬢が大げさに肩をすくめる。
「それほどの薬だということです」
ケイナはぱん、と手を叩いた。
麻薬の線が杞憂であれば良いが、もしそうだったら厄介だ。
「まずはできることを整理しましょう。
患者の行動歴はすべて洗ってありますか」
「もちろん」
「共通点は?」
「…2点だけ。
男性であること。そして、『華の檻』の常連であること」
「『華の檻』?」
「最近できた娼館です。大変な人気で、街中の男たちの噂の的です。
僕ら医院も、恐らくここに何かあると踏んでいましたが、
じゃあ何があるというんだ、と言われると何も言えず。
情けない話です」
「いいえ、憶測で踏み込まないのは賢明ですわ」
アミー嬢が断言する。
「わたしもそう思います。
薬の線から洗ってみるのはいかがでしょう」
「ええ、そうします。改めて聴取を。
どんな情報が必要ですか?」
「その娼館で行った行為、口にした物、部屋の環境、すべて」
「わかりました」
そこでおずおずとフリンが手を挙げる。
「それでしたら僕、少々お力になれるかと」
「…あなただあれ?」
同席を許されたものの、これまで一言も発していなかった少年フリンに、
公爵令嬢アミーが高位貴族全開で威圧する。
「申し訳ありません、出過ぎた真似を…!」
「アミー嬢、彼は画家ですわ。
今日は彼も同等の客人ですので、お手柔らかに」
ケイナが嗜めると、アミー嬢はふんっと鼻を鳴らし、
「よくってよ」
と発言許可を出した。
「僕が現在請け負っている仕事が、
その娼館の女性を描くというものなのです」
「なんですって!」
アミー嬢が扇子で膝を打つ。
「はい、だから僕、あの娼館にいつでも出入りできます」
「なるほどね。どこまで立ち入りを許されてるの?」
「基本的には共用スペースまでです。接客用の個室は立ち入り禁止。
僕が描いている女性は接客用とは別に私室がありまして、
そこは許可があれば入って良いと」
「では、フリン君。
娼館の至るところをスケッチしてきてくれる?
もちろん安全第一でね」
「わかりました。
…で、その、今日僕が来た理由なんですが…」
「そうだったわ、忘れてた」
「その、ティアンナ様は、ご無事でしょうか」
フリンのその一言に、ケイナは喉がぐっと絞まる思いがした。
「…無事?ティアンナ様に何かあったのですか」
ギルバートが問う。
「…最近、彼女には恋人ができたのよ。
近頃はそちらで嫁入り修行があるとかで、
あまりこちらに帰ってこないの」
「それ、おかしくありませんこと?」
意外にもいち早く反応したのはアミー嬢であった。
「わたくしが知っているティアンナ嬢は、
いくら修行があったとしてもディナーは家族の元でとる人よ。
婚姻前に男女の仲を邪推されるような真似はしないはず」
「ええ、家族皆戸惑っています。
しかし、直筆のメッセージが届くのです。
今日はコレをした、アレをした。
心配するな、と」
「見せてご覧なさい」
ケイナは侍女に命じ、
自分のデスクから数枚のメッセージカードを取ってこさせた。
ぱらぱら、それらをテーブルに置くと、
「ティアンナさんの筆跡に、間違いないと思うのですけれど」
それは確かに、ティアンナの優美な筆跡そのものだった。
「…実は、『華の檻』で、
ティアンナ様の侍女を見かけたのです」
フリンはひそやかに語りだした。
ティアンナの侍女であったはずの女性が、
娼婦の付き人となっていたこと。
その娼婦が身につけていたドレスを、
オーブリー家で見たことがあるような気がしたこと。
そしてその娼婦の仕草が、
まるでティアンナをコピーしたように似ていること。
「僕に依頼が来たのも、何か意図があるような気がするのです」
ティアンナの像を描いて名を上げたフリンを、名指ししての依頼。
「…その、失礼ですが、ティアンナ様はどちらのお屋敷に?」
フリンはおずおずとケイナに問いかけた。
「コットン子爵のお屋敷よ」
「コットン子爵?いや、確か…」
ギルバートが声を上げた。
「何かありまして?」
アミー嬢が促す。
「『華の檻』の建物は、もとはコットン子爵の持ち物だったのです。
ずいぶん昔、不作の折に売りに出して、長く買い手がなかったといいます。
それを買い取って改修したのが、今の娼館であると…」
「ちょっと待って」
ケイナは頭を抱える。
「それ、ウチも割と当事者…?」
誰もNoといえない空気が、スアっと流れていった。
ーーーーーーー
「で、僕らの出番ってわけですね」
「そうなるねえ」
でっかいソファにどっかり腰掛けるのは、
この国のトップ親子。
「国王陛下、王太子殿下。
どうかお力をお貸しくださいな」
本日はアミー・マクライネン公爵令嬢とケイナ・オーブリー侯爵令嬢連名での謁見である。
「貸すも何も、これは国家が転覆しかねない重大事案かもしれないよ。
報せてくれて感謝したいのはこっちだ」
王太子クリストファーは頬杖をついてふう、とため息を吐く。
「実のところを言うとね、貴族連中でも様子のおかしい奴が複数人いるのさ」
意気揚々と自分の意見をベラベラ捲し立てたかと思うと、突然激昂して別の論者に掴みかかる。
かと思うと屋敷に引きこもって出てこなくなる。
「普段は実直で慎重派な者が、
えらい変わりようだと訝しんでいたのさ」
国王もぐっと身を乗り出す。
「なんでも言って、協力は惜しまないから」
言質は取ったり、ケイナは国王に要請した。
ひとつ、コットン子爵領地内に詳しい者を探してほしい。できれば平民。
ひとつ、民俗学に精通した学者を紹介してほしい。
ひとつ、花卉園芸の商人を紹介してほしい。
ひとつ、隠密部隊を貸してほしい。
「最後のは結構重たいけど…いいよ、使って」
…かくして、王家御用達を受けたそれぞれの専門家たちは、
実に迅速な素晴らしい仕事をした。
それにより判明した話はこうである。
コットン子爵領出身の者、また民族学者によると、
とある森の奥に、他のものを寄せ付けない閉じた集落があるという。
そこでは独自の文化で暮らす者たちがおり、
不思議な力を使い人を惑わせると信じられている。
迷い込んだ旅人はひとりも戻らず、
いつしか森に近寄るのも禁忌とされた。
口伝によるとその集落は、
見事な花畑のある、美しい場所であるという。
住民はみな穏やかで、病に苦しむ者もないという。
そして、花卉商品によれば、
コットン子爵領地内でよく取引される花は…
ポピー、つまり、ケシの花である、と。
ケイナはすぐさま動いた。
国王から借り受けた隠密部隊をその森に送り込み、調査させた。
もし集落に誘い込まれても、決して何も口にせぬよう。
そう厳命し、送り出した。
ーしばらく後に戻ってきた隠密部隊は、幸いひとりも欠けていなかった。
ケイナ、アミー、ギルバートにフリン、ケイナの婚約者であるレイフォード・エルスワース侯爵令息を加えた一団は、王太子の私室に再度集まった。
「オーブリー侯爵令嬢に申し上げます」
「はい」
「集落は実在しました。
厳重な見張りが包囲しておりました」
「怪しいことこの上ないわね」
「誠に勝手ながら、潜入捜査いたしました。
ご安心ください、見つかってはおりません」
「そんなことできるの?」
「隠密ですので」
「……」
「村の中心に広大な赤いポピーの花畑が座し、
その周囲をぐるりと道が囲い、さらにその外周に住民の家があります」
「赤い、ポピー…」
「住民は若者が中心でした。
ポピーの花は住民にとっての宝であるようで、
皆で大切に世話をしていました。
民家のひとつの屋根裏に隠れ、
観察させてもらいました。
彼らの食生活には特に変わったことはありませんでしたが、
ひとつ気になることが」
「なあに?」
「彼らは男も女も、皆煙管を吸うのです。
見たことのない見事な細工の煙管を」
「アウトぉ!」
思わずケイナは叫んだ。
なんだそれ。
思いっきりアヘンじゃないか!
「とりあえずひとつ拝借してきました」
何でもないように隠密部隊は盗みを働いてきたらしく、
美しい曲線を描く細い煙管を寄越した。
「吸っていたのはコレです」
小袋から取り出したのは何やら黒い塊。
「うーん…」
「ちなみに試してみました」
こともなげに隠密が言う。
「危ないことしちゃ駄目でしょ」
さすがに王太子が窘めた。
「まあ、住民たちは毎日吸っているようでしたので…。
吸ってみたところ、なんとも言えない高揚感がありました」
「アアアウトぉぉ!!」
ケイナが吠える。
「アウトなのかい」
レイフォードがケイナに問う。
「はい。もし私の知っている薬と同じ類のものとすれば、
高揚感や幸福感に依存させながら、生命力を奪っていきます。
かといって薬を止めれば、体が薬を求めて悲鳴を上げるのです。
集落に老人がいなかったのは、恐らく彼らが長生きできないからだと」
えっなにそれヤバ…と、皆が絶句する。
「あの、あの!!」
フリンが場の圧に負けじと声を上げた。
「フリン絵師、どうしたのかな」
「王太子殿下に申し上げます。
こちらを御覧ください」
フリンが寄越したのは例の娼館のスケッチが描かれた紙の束だ。
「肖像画の背景にどこが相応しいか探す、
という名目で至る所をスケッチさせてもらいました。
その中の、ええと、コレ、コレです。
貴賓室だったと思います」
一枚を抜き取って指差す。
「この煙管…同じではありませんか?」
豪奢な調度品がひしめく室内の、
丸いテーブルの上に置かれたその煙管は、
まさにケイナが手にしているものと酷似していた。
「でかしたぞフリン絵師」
王太子に褒められ、フリンはふらふら倒れそうになっている。
「まとめよう。
コットン子爵領では怪しい薬が作られていると推測され、
それと同じものがかつてコットン子爵家のものであった『華の檻』にある。
そしてそこの常連が、奇妙な病を発症している。
その薬が関与していると見ていいかな?」
「それが妥当だと思いますわ」
ケイナは賛同する。
「殿下、捜査令状を憲兵に出しますか?」
「できれば現行犯で捕らえたい。
煙管の毒を確認でき次第踏み込もう。
おとり捜査ということになるな、信頼できる憲兵を派遣しよう」
「お待ち下さい」
隠密が口を挟む。
「なんだ」
「あの娼館に、
ティアンナ・オーブリー侯爵令嬢がおられる可能性が高いです」
「なんですって?!」
ケイナはまたも叫ぶ。
「ケイナ嬢のご命令にて、
コットン子爵家におられるというティアンナ嬢の安否を探りました。
結論からして、
コットン子爵家にはかのお方はおられませんでした」
「なんと…」
ギルバートが絶句する。
「オーブリー家に届けられるメッセージカードの届け人を尾行しましたところ、例の娼館へと」
「それってまずいんじゃありませんこと?!」
アミー嬢が声を上げる。
「ティアンナ嬢も薬漬けにされてるかもしれない、
ってことじゃなくって?!」
直後、
ドン!!!バン!!!!
扉の向こうから大きな物音がし、
バコン!!と音を立ててドアが乱暴に破られた。
「俺が!!!行く!!!!」
足を踏み鳴らし、
鼻息荒い乱入者はそう張り上げた。
黒髪の長身美丈夫。
その後ろに茶髪の癖っ毛の青年と、黒ハットを被った紳士。
「お前らなあ、もうちょっと大人しくしとけよ」
飄々とした王太子に対し、
「これが落ち着いていられるかあ!!」
となおも黒髪のほうは吠える。
紳士は帽子を脱ぎ恭しく礼を取り、
茶髪はなぜかケイナにひらひらと手を振っている。
そこでアミー嬢がキョトンと言った。
「あらお兄さまたち、帰国なされたの?」
「お兄様?!」
「ええ、あの煩いのがわたくしの兄、その茶髪の方は…」
「ケイナちゃん、お兄ちゃんだよ〜」
「そうそう、あなたのお兄様ですわ」
お兄ちゃんズ合流。
王太子とマクライネン兄妹はいとこ同士。