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case5. クレム・コットン子爵令息

お久しぶりです。

一気にいっぱい更新します。

「嬉しいなあ、

 ティアンナ様のような方と直接お話できるなんて」



眼の前に座る男はにこにこと、

人懐こい犬のような風貌である。



にっこにこのその男の隣では、

額に大汗をかいた中年の紳士が小さくなっている。



「本当にお会い頂けるとは…駄目元でしたので…」


「ティアンナ様はどのようなご趣味がおありですか?」



にこにこ。にっこにこ。



本日の見合い相手はクレム・コットン子爵令息。

御年23、話し方のせいかその表情のせいか、

年に比べて幼く見える。




先の王太子の一件から、

ティアンナの婚活モチベーションはちょっと低迷していた。



あんまり理想を追い求めて周りに迷惑かけるのもな…

そこそこ〜、のところで妥協することも考えないとな…



ということで、

ティアンナに来た縁談に、

とりあえず向かい合ってみることにしたのである。



そして本日に至る。



「えっと…ティアンナ様は、本当によろしいので…

 当家はしがない子爵家、

 この通り愚息も優しい意外に取柄のない男でして…」


父親であるコットン子爵がやたら恐縮している。


「いいかどうかは、この先次第ですわ。

 お互いにとってお互いが好ましければ、

 続く縁もありましょう」


「はは、そうですよね、はは…」



ティアンナと両親がなぜこのしがない子爵家との縁談を受けたか。


それは、このコットン子爵令息クレムの評判がすこぶる良く、

また父親である子爵もひたすら勤勉一辺倒であるという評価であったからである。



確かに、先程からクレムは実に細やかにティアンナを気に掛け、話題を振り、目を見て丁寧に受け答えをしている。



好感度バツグン男子だ。



「もしよろしければティアンナ様、

 近々またお話できませんか?」



次の約束を取り付けるのも親に頼らずスマートでスムーズな流れ。


ティアンナもするりと流され頷いた。



そして場を長引かせることなく自然な流れでいい雰囲気で解散に導き、エントランスまでの短い距離を優しくエスコート、馬車を呼び寄せ乗り込むまでを完璧にサポートしてきた。




この男やりおる。




がたがた揺れる馬車の中、調査員(侍女)は苦い顔で、

何か言いたそうに口をもごもご動かしている。



「いったいどうしたの」


「お嬢様」



もごもご。



「別にいいわよ、思ったことを言って頂戴」


「それでは失礼して。


 …出来すぎて胡散臭うございます」


「同意」




それはそう。

あまりにもスマート。

あまりにもデキる風。



……有り体に言って、胡散臭いのである!



「お嬢様、どうかご指示を…!

 調査のご指示を…!」


「そうね、お願い。

 

 …でもそこそこでいいわ、

 もうあんまり選り好みするつもりはないから」


「……承知いたしました、ただちに」



―――屋敷に帰還した後すぐ、

調査員は調査へ発った。





……それからしばらく。


彼女からの音沙汰が、消えた。



――――――


「ティアンナ様、何か考え事でも?」


馬車の向いに座るクレムが問う。


初めての対面から2週間、クレムは短すぎず長すぎず、

絶妙なタイミングでのデートを申し込んできた。



場所も王都のはずれにある小さなホールで行われる室内楽の小演奏会。


クローズになりすぎずオープンになりすぎず、

絶妙なチョイスにティアンナは唸った。



ううむデキる…



「いいえコットン子爵令息、何も」


「もし気分が悪くなれば仰ってください。

 いつでも休憩しますので」


「ありがとう存じます、では停まりやすいところでひとやすみしても?」


「もちろん」



商店街を抜けたところで馬車はスピードを落とし、足元の状況がいいところで停車した。



サッと先に降車しティアンナに手を貸し、座りますか、と尋ねると休憩場所を探し始める。


従者に任せず自分で動く様は低位貴族としては当たり前なのかもしれないが、ティアンナには好ましく見えた。



その背中をぼうっと見つめる。


背はさほど高くない。

見映えはあまりしないかもしれないが、

視線が合いやすいのは悪くない。

整髪料を使っていないサラサラの髪が襟をなぞっている。

幼く見えるかもしれないが、自然体で悪くない。

生地の質感はそこそこだが仕立てとメンテナンスの行き届いた衣服。



実際会うとちょっとゴテゴテしているバリバリの高位貴族なんかよりよっぽど、


そう、なんていうか、しっくりくるのである。



噴水を臨むベンチに腰掛けるようティアンナを誘導し、

自身はちょっと失礼、と噴水に向かいハンカチを濡らし、固く絞ってくれる。


「よろしければどうぞ、手を濡らすだけでも爽快でしょう」


「ありがとう存じます、本当、いい気持ちね」


「今日は少々暑いですからね。ゆっくり行きましょう」




……と、石畳の路のほうから何やら騒がしい声がする。


「すみません…すみません!」


「謝らなくてもいいから早く何とかしねえか!」



見ると、花売りの少女の曳く一輪車が、石畳の目に車輪を取られ、

にっちもさっちも動かなくなっていた。

道を塞ぐ結果となり、通行人や馬車から責められている。



「あらなんてこと、あの細腕では無理でしょう」


ティアンナは憤った。



「あなたがた、文句言うなら手伝ってさしあげたらど―――」



その時、ティアンナの脇をスッと抜け、

クレムが少女に代わり一輪車を曳いた。



「えい、やっ…と、駄目です、男の僕でも動きやしない。

 皆さん、僕が曳くので、周りから押してくれませんか」


「そんなに重いのかい、それ」


「重さじゃないですね、角度とサイズが溝にピッタリはまってます」


「なら仕方ねえ、嬢ちゃんどきな、俺たちがやろう」


あっという間に男手が集まり、

クレムの掛け声に合わせて一輪車が動く。


いとも簡単に溝を乗り越え、一輪車は少女のもとに返された。




「はあ、皆さんご協力ありがとう。

 ところで小さなレディ、今日はポピーが見事ですね」


肩で息をしたクレムは一輪車から1輪花を抜き取ると、コインを渡して購入し、

ティアンナのもとに戻ってきた。


「ティアンナ様、見て、見事でしょう」


「あらまあ…本当」


差し出されたポピーを手に取ると、

それを見た男衆もそれに続き、


「確かに見事だな、嬢ちゃん、それ1本くれよ」


「かあちゃんへの土産にするか」


といった具合に、次々と少女の花を買い求めたのである。




ティアンナは痺れた。


か弱きひとを助ける行動力。

己の力を過信せず、周囲を巻き込む引力。

さりげなく、少女にも周りの男にも後味の良い結果をもたらす気遣い。



この人は…本物だ。



「す…好きかもぉ……」



ティアンナはこの時、恋の淵に片足突っ込んだのであった。




ーーーーー


この日から、ティアンナとクレムは連日連れだって歩くようになった。


カフェやミュージアム、演劇や音楽鑑賞、

時には乗馬も楽しんだ。



「お待ちになってクレム様、

 馬が少し足を取られておりますの」


「仕方がないなあ、ティアンナ嬢は。

 乗馬は上手いのにコース取りが苦手と見える」


「まあ、お厳しいこと」



クレムはティアンナのことを良く見ている。

ティアンナはこれまで、立場上も矜持的にも、

他人に弱みを見せることを良しとしなかった。



しかしクレムは違う。


「ティアンナ嬢、実はこれ苦手でしょ」


というのを的確に見抜き、それでいて、


「いいんですよ、あなたはあなただから」


と言ってくれるのだ。



ティアンナはすっかり毒気が抜かれてしまった。



…『強い女』ティアンナも、

彼の前では不器用な子猫でいられる。


「仕方がないなあ」


と彼が笑うたびに、心臓の裏を引っ掻かれるような、

むずがゆさに照れてしまうのであった。



―――――


「どうだ、坊っちゃんのほうは」


「ああ、あそこは問題ないでしょう、

 彼は遣り手ですからね」


「まあ彼は問題ないか。

 おおい、チョウさん」


「何か」


「今日花の荷が届く。

 検分してくれるか」


「承知」


「問題なければ2番倉庫だ」


「かしこまりました」


とある屋敷の地下、チョウさんと呼ばれた人物は物陰に消えて行った。



犬系男子クレム。

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