第十九話、勉強会
夏休み開始から二日、朝比奈に一通のメールを送った。
『明日から勉強会できるよ』
するとすぐに返信が
『分かっta!何時にSuル』
『十時』
『了kai!』
よっぽど慌てたのか、文面がおかしなことになっている。
『明日はよろしく』
『よろこんで』
今度はちゃんとした文面だった。
翌日。俺は少し早めに起きた。待ち合わせに遅れるのは人として最低のことだと思っているからである。日直の日に遅れた身としては今回ばかりは遅れるわけにはいかない。
それにしても早く起きすぎた。まだ蝉の鳴き声も聞こえない。
こういうときは勉強するに限る。夏休みの宿題も早めに終わらせた方がいい。流石に夏休み開始三日で終わっているはずもない。
よく勉強は徹夜で終わると言っている輩がいるが俺は完全に反対。夜は頭がポワーンとなって全くもって進まない。朝にやるのが俺の中では鉄則となっている。
夏休み後には課題テストがあるので夏休み中の勉強は特に大事だと個人的に思う。
その後、朝の情報番組を見、9時半に家を出た。
早めに家を出たはずだが朝比奈がもう待ち合わせ場所にいた。相当早く来たはずなのだがそれ以上に朝比奈が早かったというのか。
朝比奈の元に足を運ぶ。
「おはよう」
「おはよう、三日ぶりだね」
「そうだな」
こういうときに気が利くことを言えないのには対人経験の少なさが表れている。
「いこっか」
「うん」
今日は勉強会ではあるものの、行先は図書館なので、本を何冊か借りようと思っている。
10分ほど歩いて、目的地に着いた。
正面から中に入り、奥の方へ向かう。机が数十個ほど並べられてある部屋の扉を開け、中に入る。
「あそこに座ろっ!」
人差し指をピンッと伸ばし、一番奥の机を朝比奈が指した。
無言で頷くと、手首を摑まれ、その場所まで引っ張られる。
「ちょ、待って」
急に引っ張られ、危うくバランスを崩しかける。
なんとかついていき、席に座る。
「それじゃ、始めよっか!」
なぜか上機嫌になる朝比奈。ふんふんと鼻歌も歌い始める。
気にしていても仕方ないので、鞄から宿題を取り出し、机の上に広げる。
結論から言おう。朝比奈はずっと機嫌が良かった。
鼻歌を歌い続けたし、時折俺の方を見ては微笑んでいる。
正直、俺の方を向くのはやめてほしい。見られるたびに心臓が跳ねる。
そもそもとして、勉強会を開く必要もなかった。
確かに多少宿題は進ませることはできたのだが、朝比奈が俺に聞くこともなければ、俺が朝比奈に宿題の内容を聞くこともなかった。
図書館を出て帰路につく。
「宿題進んだ?」
「それなりに」
「ふーん」
微妙な反応。
「そういえば翼君」
「ん」
「二週間後の土曜日空いてる?」
頭の中でカレンダーを思い浮かべるが、特に何もなかった気がする。
「空いてる」
「やった!」
小さくガッツポーズ。
「その日一緒にプールに行かない?」
「プール、かぁ」
学校以外で最後、プールに行ったのいつだろうか。
「駄目?」
朝比奈が近づいて来て俺を見上げる。
「……いいよ」
朝比奈はずるいと思う。
「やったぁ!」
さっきよりも体を使って喜びを表現する。
そんなことで喜んでくれるのなら、嫌なことはない。
「水着買い換えないとな」
「……そうかもな」
流石に学校指定のスク水は嫌だろうし、この一年で朝比奈は成長しているだろうから、去年のはきれないだろう。
俺はまあ、暇なときに買いに行くか。
「楽しみにしててね」
「何をだ」
「それはその時のお楽しみ」
「?」
プールで何を楽しみにしているのだろう。
「待ち合わせ場所や日時はLINEで連絡するね」
「了解」
朝比奈は分かれ道で立ち止まった。
「あ、私はここで」
「また今度」
「忘れないでよ」
「多分」
朝比奈の背中が遠ざかっていく。その背中はやけに揺れていて、朝比奈が上機嫌なことが伝わっていた。




