第十五話、罰ゲーム
テストが終わり、ほぼ全員の生徒が休暇を満喫している日曜日の午後。俺は駅前の定番の待ち合わせスポット「忠犬コロ助」の銅像の前に立っていた。
何を隠そう、今日は点数対決の罰ゲームの日なのだ。(LINEはやっとのことで交換できた)
そこに朝比奈が周りを見渡しながら現れた。はっと俺の方に視線が止まり、スタスタとこちらにやってくる。
「お待たせ~」
「そんなに待ってないよ」
このセリフは姉に叩き込まれた。
ここで朝比奈がくるっと一回転。
「どう、似合ってる?」
どうやら服のことを聞いてるらしい。もう一度しっかりと見る。
朝比奈はグレートップスとデニムパンツに身を包み、袖からは細く、綺麗な二の腕がのぞいている。
非常にラフな格好をしていた。
「ああ、似合ってるぞ」
真実を伝える。
「えへ、褒められちゃった」
幸せそうな顔をする。なんというか、とても彼女らしいと思った。
「行くぞ」
「うん!」
やや上機嫌な返事の後に体一つほどの距離で隣に並ぶ。
隣に並び、目的地に向かう。
歩き始めると朝比奈は体をこちらに寄せかけたり、元の位置に戻そうとしたりと、体の位置が定まらない。
「どうした」
「っ!な、何でもない!」
今度はバッと、思いっきり遠ざかる。頭がおかしくなったのだろうか。
「???」
「本当に大丈夫だからっ、行こっ」
本人は大丈夫と言ってるのならいいだろう。
そのまま二人で歩き出す。
目当ての「ドルチェ・ケーキ」に着く。
店内に入る。
「じゃあ、選び終わったら外の食事スペースに来てね」
「了解」
そしてそれぞれのケーキを選ぶ。
罰ゲームの詳細はこうだ。お互いが相手に向けて、一番おすすめのケーキを選んであげる、というものだ。点数が同点だからこそ、この罰ゲームは成立する。
(どれにしようかな)姉のおつかいで複数回来たことのある翼は悩む。(スタンダードなショートか、それともチョコ?いや、チーズケーキも捨てがたい)
長い時間悩む。
そしてようやっと決める。
(やっぱこれだ)
レジに並ぶ。
「お持ち帰りですか?店内で食べますか」
「店内で食べます」
そして購入しようとするが、ある商品に目が留まる。
「後、これも追加でお願いします」
「はい。分かりました」
そして翼の分を選び終わり、外の席を取っている朝比奈のところへ。
「買ってきた」
「わーい」
ケーキの箱を朝比奈と交換する。
「いただきます」
手を合わせ、箱を開ける。
「お」
「なにこれ!」
それぞれの呟きがこぼれる。
俺のはチョコケーキ。そして朝比奈のはショートケーキにクッキーが二枚。日頃の感謝の気持ちを込めて追加した。
朝比奈は顔を上げ、興奮気味の声を上げる。
「いいの?こんなに」
「日頃の感謝の気持ち」
視線からクッキーの事を示していると分かった。
「ありがとう」
「どういたしまして。朝比奈の選んだケーキも美味しいよ」
目の前でケーキを頬張って見せる。
「こちらこそ」
お互いに感謝し合い、和やかな雰囲気で包まれる。
そのまま食べ進めるのだが、ケーキの量が減るにつれ、こちらをちらっちらと朝比奈が見てくる。
どういうことなのか考えていると一つの答えが出てくる。
「欲しいのか、チョコケーキ」
「へ?」
「欲しいのか、このケーキ」
もう一度言う。
それに戸惑いながらも朝比奈は頷く。
「う、うん」
「それじゃ、はい」
自らのチョコケーキの一部をフォークで切り取り、彼女の口元に差し出す。
ビクッと朝比奈の肩が跳ねる。
「い、いいの、本当に⁉」
「別に良いけど……」
やや食い気味で朝比奈は答える。
「それじゃ、遠慮なく……」
スー、スー、と覚悟を決め始める。何がしたいんだろうか。
「い、いただきます」
「パクッ」という音が聞こえてきそうに頬張る。
フォークが返される。
「あ、甘い」
「ケーキだからな」
「そうじゃなくって」
そういって、一口一口丁寧に、とても美味しそうに飲み込む。
美味しそうに食べる朝比奈に不覚にもドキッと胸が跳ねる。
(その顔やめてくれ……)
「どうしたの」
「なにも」
そうは言いつつもガンガンに彼女の事を意識してしまう。
仕方なしに朝比奈から返されたフォークを使い、ケーキを食べ進める。
ビクッ、とまたもや朝比奈の肩が跳ねる。
「それ、私が使った……」
「なんて?」
「なんでもない……」
ケーキをあげてから、どうも朝比奈の様子がおかしい。
「熱でもあるの」
「気にしないでっ」
大丈夫とのことらしい。
「気にしないで、食べ続けて」
「?」
その後は終始無言だった。
十分ほどで食べ終わり、お開きとなった。
「デートは楽しかったね」
「そうだな」
大満足ではあった。
「また一緒に出掛ける?」
「それもいいな、そのときはよろしく」
「もちろん」
自信満々に胸を叩く朝比奈。
「それじゃ、私こっちだから」
「また学校で」
「ばいばい」
ひらひらと手を振る。翼も少しだけ振り返す。
最後の最後まで朝比奈はずっと笑顔のままだった。
朝比奈が見えなくなるところまで歩き、立ち止まる。
(危なかった……)さっきからずっと朝比奈の事を可愛いと思ってしまっていた。あのままじゃ何をしたかわかったもんじゃない。
「ふう」
一呼吸ついて落ち着く。
空はもう日が落ちかけて、夕焼け色に染まっていた。
「帰るか」
誰に言うでもなく呟き、歩みを進める。
その足は、ゆっくりと、それでも確かに次の道へと進んでいた。




