第十一話、緊張
今日は体育祭当日。
俺は朝早くから起き、昨日の残りでお弁当をつくり、少し早めに家を出ることにする。
「行ってきます」
姉が見送りをするために玄関に出てくる。
「いってらっしゃい、そういえば体育祭だろ、後から見に行くわ」
「はいはい、うぁ」
あれ?俺はマヌケな声を発する。
「なんで知ってんの」
教えた覚えはない。
「え、日葵ちゃんに教えてもらった。ついでに出る競技も」
「………」
絶句した。ということは俺が朝比奈と二人三脚に出ることも知っているということか……。長い沈黙。
現実を認めるのに時間がかかった。
「……休む」
「いってらっしゃい!」
リビングに戻ろうとしたところで肩を思いっきり押される。かなり強引だ。
「行きたくない」という俺のつぶやきは風に流される。
空には暗雲が立ち込める。
怪我は治ったらしい朝比奈がこちらに寄って来る。
「おはよう、青野君」
「……おはよう」
今朝の事を思うと朝比奈のことをうらめしく思えてくる、そんな自分が嫌だ。
「ねぇねぇ」
「なに」
朝比奈に声をかけられる。
「今日、体育祭でしょ」
「そうだなそれがどうかしたか?」
「もし、総合優勝したら、」
「したら?」
「その、し、下の名前でよ、呼んでもいいですか。翼君って」
最後の方はどんどん声がしぼんでいく。
「いいよ」と答えるのは簡単だった。なにも考えなくてすむから。でもそれは朝比奈に関係が変わる事を望まれていることを受け入れるということ。正直、怖かった。でもそれ以上に朝比奈と親しくなりたいと思った。
それが恋心と知らずに……。
「いいよ」
「ほんとにっ⁉」
歓喜の表れか、朝比奈が飛び跳ねる。
「じゃあ、この後、頑張ろうね」
「うん」
そしてそそくさと着替えの準備をしに、教室から出て行った。
「えー、本日は晴天でー」
いつも通りの校長の退屈な挨拶で始まる体育祭。
生徒の中には、楽しそうな表情、落ち込んでいる表情。色々な表情が見られる。
俺はというと、適当に種目を終えるつもり。多分顔はどちらともない表情をしているんだろう。
「それでは、開会式を終了します」
締めの言葉で、生徒たちは各々観客席に戻っていく。
俺はさっさと席に戻る。
二人三脚までいくらか時間が空いているので、適当に応援をして時間をつぶす。
「青野君、次だよ」
朝比奈がやや興奮した状態で俺の手を引き、入場門に二人揃って行く。
「ここで待つんだって」
「おけ」
ここでしばらく待つことになるのだが、なぜか朝比奈がオドオドしている。もしかして
「緊張している?」
声に出ていた。
「………」
「こういうの私は苦手」
しばし無言だったが、素直に認める。その姿はとても可哀そうに思えた。
こういうとき、どうすればいいんだっけ。俺は確か姉に……。
「ふぁっ/」
気づくと、朝比奈の手を握っていた。ただこれには理由がある。決して変態だと思わないで欲しい。音楽発表会などの緊張する場面のとき、俺は人の温もりを感じれる姉の手を握っていた覚えがあるからだ。
「嫌か、嫌なら離すけど」
朝比奈の反応を見て、デリカシーがなさすぎたか、と反省すると
「このままつないでいたい」
駄々っ子のように朝比奈は呟き、強く握り返してくる。
そしてそのままプイッと、そっぽを向いた。
彼女の方を見ると、耳がリンゴのように赤くなってる。なぜだか、愛おしく思えてくる。
手をつないだ状態のまま待ち時間が過ぎ、アナウンスが入る。
「二人三脚に出場する人は入場してください」
「朝比奈、行けるか」
確認を取る。
「もう大丈夫」
しっかりと頷き、二人揃って立ち上がる。
もうその手は離れていた。




