第7話 お約束
黒は速度を増し、俺の視界を埋め尽くす。
そして、
「ぐぇ!」
多分、カエルがつぶれるような声を出した気がする。
押しつぶされていた。
その温かく弾力のある何かが、俺の顔面を押しつぶす。
もちろん質量のあるそれを、俺の首では保持できず、背中からつぶれた。
てか何が起きた?
急に上から人の声がしたと思ったら、この黒い何かに押しつぶされた。
というか、この感触。ツルツルしたゴムのような、何か。
それにこの温かみ。
体温と呼んでも差し支えないぬくもりだ。
誰かが俺の顔の上に乗っている。
というかそのせいで息ができない。
「ばべばびぼぼぶべ――」
「ひゃうっ!」
俺の必死の抗議が言葉になったかは疑問だが、それにびくっと反応するように、俺の上にあった黒がどいた。
「ぷはっ!」
暑苦しさから解放されて、上体を起こしながら呼吸を激しく。
酸素が体を巡る感覚が心地よい。
いや、そもそも誰だ。
こんな息苦しい真似をしてくれたのは。
何より思いっきり踏んづけられたから、首と頭が痛い。
だからこそ、その人物に向かって抗議しようと振り向くと――
「あんたどこ触ってんのよ!」
蹴られた。
腹を。
「うごごごご……」
てか水月入った。
せっかく呼吸が楽になったと思ったら、今度は別要因で呼吸困難になるとか……。
なんでこんな踏んだり蹴ったりされなきゃいけないんだ。
「いきなり、なんだよ。俺が――」
ようやく絞り出した抗議の言葉は、視界に飛び込んできた人物の前に飲み込まざるを得なかった。
というか理解できなかった。
赤みがかったセミロングの髪。
黒のレザージャケットに白のミニタンクトップの下には健康的な肌とおへそが見える。
腰にはまた黒の布をスカートのように巻いていて、下は黒のレザーのホットパンツ。
手でつかめそうなほどの小顔に乗る猫のような大きな瞳は、つぶらでありながらどう猛さを感じさせる。
すっとした鼻立ちと、ぷっくらとした唇。
全体的に美少女と言ってもいい顔立ちだが、どうもそれを手放しで喜べない心境だ。
どこかで見たことがあるような格好、いや、というか見たことがある。確実に。
けどそれはありえない。
だって、それは夢の中だから。
夢の中で出会った少女が、こうして今も目の前にいるなんて。
それこそアニメや漫画じゃないんだから。
空から急に美少女が落ちてくるなんて……いや、落ちて来たな。本当に。たった今。
めっちゃ痛いんだ。これが。
物語ならそこで恋が芽生えたりするんだろうけど、悲しいかなここは現実。
というかやはりまだ俺は自分の目で見たものが実感できなくて。
あるいはホログラフィとか?
そう思ったのだから、自分でも意外と大胆な行動に出た。
それほど混乱していたのもある。
「きゃ! どこ触っとんじゃ!」
殴られた。グーで。
なんだよ。本物かどうか気になってちょっと触っただけじゃないか!
……どこを触ったかは想像にお任せしよう。
いや、事故だよ?
手が震えて触っちゃったんだ。
って、誰に言い訳してんだ。
「えっと、待て。とりあえず整理しよう」
「何言ってんの……ってまさか、いや、やっぱりあんた! リオ!」
「イトナ、なのか……?」
イトナ・シラトリがそこにいた。
顔を真っ赤にして、つかみかかろうとせんばかりに睨みつけているが。
いやいやいやいや、ない。ありえない。
だって、彼女は夢の中の登場人物。
陽明の言葉を借りるなら、夢とは妄想の一種だという。
なら彼女は、俺の妄想上の人物であって、それがここに現実としているのは、どこか辻褄が合わない。
というか、妄想上の人物がなぜ存在する?
そう思って実際に触って確かめた。柔らかかった。間違いない。
そんな混乱する頭に、もう1つ。
混乱を助長するような事象が起きた。
それはイトナがこちらをものすごい勢いで睨んでくることと無関係ではなく、
「リオ! あんたを――殺す!」
瞬きした次の瞬間には、彼女の銃が手に収まって俺に突きつけている。
彼女の愛銃、レーザーブラスター『スター・レイザー』、通常レイレイだ。
「え?」
イトナ神速の抜き打ちに、さらに現実感が薄れていき、俺の中の混乱はますます混迷を深めていった。




