終話 為せば成る
夢を見た。
人々が宇宙に生活の拠点を移した時代。
爆発する宇宙ステーションから、艇を奪ってイトナと共に脱出する俺。
危機一髪のところを乗り越えた俺たちだが、安心するのもつかの間。
反政府組織の本拠地を襲った政府軍と死闘を繰り広げ、なんとか撃退。
その勝利によって各惑星にて反乱の火が広がり、連合軍となった俺たちは政府との最終決戦に勝ち、母なる星とも言える地球に降り立つ。
そして、そこで初めて俺はイトナに想いを告げる。
夢を見た。
魔法が存在する世界。
そこで俺はユノと逃げ、そして王国軍にかくまわれる。
そこで俺は神速の魔法使いとして、ユノは最高の回復魔法使いとして腕を振るい、魔王軍をコテンパンに叩きのめす。
俺たちは国の英雄となり、中央から離れてユノと一緒に暮らすことになる。
そこで畑を耕したり、狩りをしたりして、貧しいながらも温かい日々を送るのだ。
夢を見た。
国同士による争いが激化していた世界。
一軍を率いるシーラさんに協力した俺は、その世界に存在しえない魔法を駆使。瞬く間に敵を破りシーラさんが史上初の女帝として君臨する。
俺はその補佐およびシーラさんの退屈しのぎに使われる毎日を送る。
トウガからはどちらがシーラさんに愛されているかと目の敵にされるものの、シーラさんの圧倒的な力によって支配された世界は平和そのもの。
そして今日もまた、シーラさんに呼び出されて出仕する。
夢を見た。
動物たちの言葉が分かる、緑豊かな世界。
そこで自称女神と動物たちと一緒に、寝たり遊んだりご飯を食べたりとのんびり過ごす。
争いも受験も将来の不安も何もない。
ただただ毎日を平和に過ごす、それだけの充実した世界。
そんな、夢を、見た。
そのどれも、叶わなかったけど。
そのどれも、叶う可能性のあった夢。
一歩間違えれば。
一歩間違わなければ。
あるいはありえた世界線。
結果、そのどれにもならずに、俺は惨めな姿をさらしながらも逃げに逃げた。
その果ての世界。
「ふぁ……」
目が覚めた。
陽の光がカーテンから差し込んでいるから、今日もいい天気なのだろう。
ベッドの横に置いた携帯を手にする。
7時33分。
早くはないが遅くはない。
さっさと起きて準備すれば間に合う時間だ。
俺はベッドから降りて辺りを見回す。
俺の部屋――ではない。
けど、知っている部屋。
俺の親父の部屋だ。
結局。
あの時の転移の先の世界。
それは俺のいた元の世界だった。
戻って来た、という感慨もなく、俺はそのまま気を失ったようだ。
ようだ、というのはその前後の記憶が全くなく、目覚めて俺の記憶が動作するようになったのは、その数日後。
病院のベッドの上だった。
それからはてんやわんやだった。
俺はどうやら行方不明扱いされていたらしく、突如現れた体はボロボロ。しかも国籍も素性も住居も不明の美少女を2人、連れているというのだから。
俺は母さんから色々と質問攻めにあったものだ。
それが2日前。
俺はなんとか家に戻ったけど、イトナとユノは別世界の人間。
この世界に家なんてあるわけない。
家どころか、住民票も戸籍も何もない。
そんな2人がこの世界で生きていくには、あまりに厳しく、あまりに無情なこと。
できれば助けてあげたいけど、まだ未成年の俺には何もできない。
だからその2人は今――
「あ、おはようございます、リオさん」
ユノが、いた。
エプロンをつけて、フライパンを片手にキッチンに立っている。
その横には母さんがいて、
「あら、自分で起きれたのね。あと2分したら起こしに行こうと思ったけど。お父さんの部屋の方がいいのかしら」
「えー。いや、それは辛いって。あの加齢臭というかなんというか……」
「馬鹿ね。それがいいんじゃない。リオもあと30年したら分かるわ」
分かりたくねー。
てゆうかさりげにノロケ入った?
親のノロケ聞かされるとか辛いわー。
「つか息子が大変な目にあってるってのに、父さんは帰ってこないのか」
「あの人は忙しいから。それに、貴方を信じてるから。ふふ、離れていてもあの人の気持ちは分かるんだから」
「はいはい、さいですかー」
朝から何聞かされるんだよ、俺。
「ふぁーーーーあ。うるさいわね。朝から何なの?」
と、リビングに入って来たのは、もちろんイトナだ。
「ぶっ!」
だがその格好に俺は思わず吹き出す。
上は俺のTシャツ。そして下は――スカートもズボンも履いてない。
白くて健康的な生足と、Tシャツに微妙に隠れそうで隠れない白い布地が目を引く。
「ほらほら、イトナちゃん。ちゃんと着替えましょうねー」
「ふぇ……ああ、暑かったから」
「はいはい。ほらリオ。じろじろ見ない。それじゃあユノちゃん。少しそれ見ておいて」
「あ、はい」
そう言ってイトナを連れて隣室へと消える母さん。
やれやれ、だ。
「いいお母さんですね」
「ん……」
その問いには微妙にセンシティブで答えづらい。
唯一の理解者である母親を失ったユノのことを思うと、どうもね。
「でもよかったんですか。この家にいて?」
なんでも面倒見の良い母さんは、この2人を放っておけずこの家に置いている。
父さんは単身赴任で遠くにいるから、父さんの部屋を俺が使い、俺の部屋を2人が使うという方式で収まったわけで。
いや、そのために俺の部屋が武力介入を受けて、不要なものはすべて廃棄されてしまったが……。くそ。
とはいえこの2人が生きていくためには、ある程度は仕方ないと割り切った。
「大丈夫だよ。母さんも、なんだかんだこうやって世話焼くのが好きみたいだし」
とはいえ戸籍すらないのは難しい。
考えとしてあるのが、陽明を頼ろうかというもの。
正確には市議会議員の陽明の親だ。
市議会議員だからって、赤の他人の戸籍を作ってくれるかという問題もあるけど、そういうややこしい問題だからこそ、陽明ならなんとかしてくれる。そんな思いがしているのだ。
ただ一番の問題は、陽明にこの2人をどう紹介するかだよな……。
絶対面白半分に色々突っ込んでくるし、その後のことも考えると頭が痛い。
「あの、リオさん大丈夫ですか?」
「ん。あ、ああ。大丈夫」
ユノに心配されてしまった。
いけないいけない。こういう時は俺がしっかりしないと。
「あ、ユノ。フライパン」
「え、あ! ……ふぅぅ。大丈夫そうです」
慌ててフライパンに目を落とすユノがホッと一息。
見れば目玉焼きを作っていたようだ。
もしかしなくてもユノの手料理ってことになるのか?
それはなんだか嬉しくて、ドキドキで、ちょっとテンション上がるな。
これは俺にもついに春が来たか!
ピンポーン
そんな俺の心中を遮るように、インターフォンが鳴る。
「凛雄ー、ちょっと出てー」
母さんの声。
はぁ、しょうがない。
朝っぱらから誰だよ。
新聞勧誘か?
「ちょっと出てくる」
ユノに断って、俺は玄関へと急ぐこともなく、のそのそと歩く。
その間にもピンポンの音は絶え間なく続く。
あぁうるさいな。
もうこうなったら絶対新聞は取らない。
何かついても絶対取らないぞ。
「新聞ならお断り!」
「は? 新聞? しばらく見ないうちに俺の顔忘れちまったか?」
違った。陽明だ。
学校の制服ではなく、ジャージ姿の陽明がにへらと笑う。
そしてその隣には、
「はぁ、まだ寝間着とか。遅刻する気? 論外ね」
美月もいた。
こちらはちゃんと制服姿。
染めた陽明と違って、地毛の金髪が朝日に輝いている。
「お前ら、なんで……」
「そりゃお前。久々の学校だからよ。お前が道を忘れてないかって心配してきたんだよ」
「忘れるかよ……」
「そりゃそうか。ま、でもお前ならありえそうだしな」
あぁ、そうか。
なんだかなんだで、心配してきてくれたってことか。
ヤバい。ちょっと感動。
「ん、いい匂いだな。もしやこれから朝飯?」
「今からで間に合うわけ? さっさとしてよね」
そうだ。今から着替えて朝飯食べてたら陽明たちを待たせることになる。
わざわざ迎えに来てくれた2人を外で待たすのは違うし。
あぁ、でもユノの手作り料理を逃すのも……。
と、そこへ――
「あ、リオさん。ごはんできましたー」
「リオ! あんたの服、全部ぶかぶか! どうすんの!」
ダイニングの扉と、俺の部屋の扉が同時に開き、ユノとイトナが飛び出した。
エプロン姿のユノ。
そしてついには上着すら脱ぎ捨ててまさに下着姿のイトナ。
その2人が、俺の前――すなわち陽明と美月の目の前に姿を現したのだ。
「……え?」
「……は?」
陽明と美月の目が点になる。
あっちゃー……。
この状況。このタイミング。
どうすんだよ。絶対ヤバい。
「おいおいおいおい、どういうことだ!? 超絶可愛いじゃん! お前、学校休んでナニしてたんだよ!」
「ふ、不潔! 不純異性交遊! 論外よ! 論外も論外の論外すぎる論外!」
陽明が俺の肩をバンバン叩き、美月が鞄で俺をバシバシ叩く。
対するイトナとユノは何が起きているか理解ができていないらしく、首をかしげる。
あー、ったくもぅ。
なんでこんな目に遭うんだよ。
ま、それでも悪くはない。
ここ数日の危険に比べれば、これはまだなんとかなる範囲。
そうとなったらめんどくさがらずに行動だ。
まずは弁解。それで落ち着かせて、せっかくだから陽明に頼み事だ。
いや、その前にイトナに服を着させよう。
まずは1つずつ。
何事もやってみないとどうにもならない。
為せば成るんだから。
「パラレル彼女 -平行世界の彼女を救ったらついでに世界も救ってしまった-」これにて完結です。
本来であれば、別の世界へ転移して、そこでもまた女性と出会って、戦って、また別の世界へ、という展開になる予定でした。
そうならなかったのは、ひとえに自分の力不足のところがあります。
どうも途中から自分自身でしっくりしなかったり、書きづらい状況になったり、クオリティの向上が見込めなかったり、いっそ書き直したいという思いから、これ以上続けるのはかなり辛い――もとい、皆様に失礼な作品になると思いここで筆をおく決断をしました。
応援してくださった方には申し訳ありませんが、この物語はこれにて完結とさせていただきます。
自分としては軍記ものの方がやりやすいのかというものもありつつ、この展開の物語はもう少し違う形であればやりやすいのではないか、と考えてもおります。
ですので、次はもう少ししっかりと練りこんで、作品としてちゃんと続けて終わらせられるように努力していきたいと思いますので、次回もまた見ていただければ幸いです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。