第34話 ユノの本質
「撃ってくれ、イトナ」
「で、でも……」
俺に迫られ、イトナがうろたえる。
その気持ちも分かる。
けどそれしかない。
傷を負った状態で突っ込めば、俺は回復する。
だから彼女に近づいても大丈夫。
だから!
「リオさーん。かくれんぼですかー?」
「イトナ、時間がない!」
「で、でも……」
こうなったら俺がブラスターを奪って撃つか?
怖いけど、痛そうだけど、今はそれしかない。
彼女を助けるには、これしか。
だが――
「はぁ、じゃあいいです。先に、他の人を皆殺しにしますから」
「え?」
ユノの方を見る。
するとユノが、これまで数十センチだけ浮いていたその体が、完全に重力に逆らい、急上昇。
もはや手の届かないところまで飛んだユノの体。
下からスカートの中が見えるかどうかというくらいの距離。
そしてユノは無言で手を左の方向に向けると、
波動が出た。
薄紫のベール。
それが大気を押し出して彼方へ飛ぶ。
一瞬、何をしたのか分からなかった。
そのままユノの体は、宙に浮かぶ天使のように、すすっと平行移動してしまったから。
今、彼女は何をした?
そして彼女はどこへ行く?
「リオ、今の……」
イトナが不安げに聞いてくる。
「ありゃ、あの凶暴ねーちゃんのいる方向じゃねぇか?」
ぴょん吉の言う凶暴ねーちゃん……シーラさん。
それはつまり、彼女たちがいるところに、あの治癒の力を放ったということ。
「まさか――」
嫌な予感がして、急に立ち上がり、そのまま走り出す。
同じ結論に至ったのか、イトナとぴょん吉もついてくる。
まさか。
そんな馬鹿な。
嘘だと言ってくれ。
走る。
ほんの数分の距離がもどかしい。
広場。
そこはまさに死屍累々だ。
数百人の村人たちが倒れ、その中にりつ然として存在する1人の女性。
シーラさんだ。
けどそのシーラさんも、どこか虚脱した様子で膝をつき、空を見上げている。
動かない。
シーラさんだけじゃない。
誰1人として、動かない。
それはシーラさんがやった、ということじゃない。
ユノ。
さっきの撃ちだされた治癒の魔力。
それを彼ら彼女らは浴びたに違いない。
「嘘、だろ……」
それはつまり、急激な治癒能力により皮膚がぐずぐずになり、そしてやがて死に至る現象。
それを悟ってか、イトナたちも青ざめた様子でその地獄の光景を見やる。
それがシーラさんたちに定められた運命だというのなら――
「おお、少年か」
と、シーラさんがこちらに気づいて声を上げた。
意外と、元気そうな声だ。
「え? シーラ、さん?」
「ん……あぁ、さすがにこれは疲れた。ふっ、西の魔王もまだまだだな」
「はぁ……えっと、体の方は大丈夫なんです?」
あまり緊張感がないように笑っているので、どこか心配になって聞いた。
すると彼女は右手を億劫そうに持ち上げてみて、
「ん? あぁ……なんだ、これは」
「ま、まさか」
「治ってる」
「は?」
「いや、さっきまでざっくりと裂けていたんだが……ふさがっているな」
何がざっくりと裂けていたのか。
あまり聞きたくなかったけど、それってもしかして――
「傷が、治ってるんです?」
「ん……そうだな。うん、何の問題もない」
「まさか――」
不思議に思い、近くで倒れた村の若者らしき男の人に近づく。
気を失っているものの、その体は、皮膚は健康そのもの。
いや、どこかつやつやとして血色が良いまである。
おかしい。
あの魔力を受けたら、ぐずぐずになってしまうというのに。
さっきの俺と同じような――
「あ――」
そこで気づいた。
ユノのところにいた村人と、ここにいる人たちとの違い。
ここでは戦いが起きていた。
シーラさんと、村人数百人による、まさに圧倒的な戦いが。
シーラさんが勝ったということは、殺してはいないだろうけど、村人は何かしらの傷を負ったに違いない。
そして勝ったシーラさんも無傷ではない。
そこにユノの魔力が撃ち込まれた。
ユノの、回復、治癒の魔力。
それはつまり――
「回復した、ってこと?」
「さっきからどうした? いや、何を言っている? 何が起きている?」
シーラさんが不機嫌そうに聞いてくるけど、俺はそれ以上に沸き上がる衝動を抑えきれなかった。
だから、開放した。
「あははははははは! なんだ、そうじゃないか! 結局! 変わってない!」
笑う。
大きく口を開け。
シーラさんも、イトナも、ぴょん吉もきょとんとしているけど構うものか。
嬉しいんだ。
少しくらい、笑わせてくれてもいいじゃないか。
なんだ。変わってない。
彼女は、ユノは、根本のところで変わっちゃいない。
人を治癒する。
その力は、その精神は、俺を助けてくれたところから何も。
彼女がどういうつもりでああしたかは分からない。知りたくもない。
けど結果としてこうやって村人を、シーラさんを助けていた。
結果論と言えば結果論だけど、それはすなわち、彼女が人を助けるという自身の力から離れられない事実。
悪ぶってみても、彼女自身の本質は人を助けるということ。
変わってない。
初めて会った時から、何も。
それが愉快で仕方ないから、笑うのだ。
「ふむ、少年はどうしたのかな? いつもこのような?」
「あはは……全然意味が分かんないです」
シーラさんが不思議そうに首をかしげ、イトナが苦笑する。
うん、まぁ今の気持ちを言っても分かってくれないだろう。
「まぁ、ちょっと色々あったんですよ」
「そうか。だが少年、どうする? 何やら空をあの少女が飛んでいるのを見たが……いやはや、人が空を飛ぶとは。魔法とはかくも――」
「それ、どっちです!?」
咄嗟にシーラさんに詰め寄る。
少し驚いたような表情をしたシーラさんだが、
「あっちだ」
そう指さす。
その方向は――
「あっちは……街がある方向か」
さっき彼女は言った。
皆殺しにすると。
それはつまり、あの街でも同じことをするということか。
それは駄目だ。
だから――
「イトナ、彼女を追う!」
「分かった、けど……」
イトナはまだ俺を撃つことに対しての引け目があるようだ。
今はそれでいい。
とにかく今はユノに追いつくことが先決。
「シーラさんはどうしますか?」
「もちろん行く――と言いたいが、さすがに疲れた。少ししてから追うことにする。今は一刻を争うのだろう?」
俺の表情からそれを察してくれたシーラさんはそう言ってくれた。
さっきのユノの飛行。
見る限り、それほど早くない。
走れば、追いつける。
よし、行こう。




