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閑話8 ある村の少女ユノ

 閉じ込められて何日が経ったか分からない。


 それでもなんとか生きている自分が、どこかおかしくて、それでも笑う気力もなくて、ただただ漫然と日々を過ごす。


 もう「何故?」という疑問は消えてしまった。


 ただ自分が悪かったんだろうな、という思いがあるだけ。


 お母さん。

 お父さん。


 ごめんなさい。

 私は、悪い子だった。


 悪い子だったから、こうして閉じ込められて、お仕置きされて、そして――


 死ぬ。


 私は、死ぬ。


 結局、何もしないまま、何もないまま、ただ死ぬ。


 それでもいい。

 それで村のみんなが、幸せになれるなら。


 そう思ったのだろう。


 ――これまでは。


 今は、違う。


 死を受け止めようとする自分を、止めようとする何かがある。

 体の奥底から何かが沸き上がる何かがある。

 死という現象を、はねつけようとする何かがある。


 それが何かは分からない。

 分からないけど、不快なものではなかった。


 ガチャ


 ドアが開く。

 窓もない小屋で、陽の光を浴びたのは1日ぶりか。


 もちろん、鍵のかかった扉が勝手に開くわけがない。


 誰かが、来た。

 入って、来た。


「ちっ、なんでこんなことが。こうなったのもお前のせいだ。お前さえいなければ」


 誰? 知らない人。

 いや、知っている。

 村の若者。

 けど、あまり面識はない。


 何を言ってるの?


 分からない。

 理解ができない。


 ただ、1つ分かる。

 この人が起こすのは、何か私にとってよくないこと。


 死。


 再び、その単語が頭を占める。


 ここで死ぬ。

 それこそが、私の生きた意味。


 それでも無駄死にじゃないと思う。


 リオさんとアモスさんを助けられた。

 そして、この村の人たちも。

 贖罪から、助けることができるのだろう。


 だからこのまま死ぬことは怖く――


『逃げろ!』


 その時、声が響いた。

 実際に耳に入った言葉ではない。


 いつか、そう、もうどれくらい前になるか。

 私を救ってくれた少年が発した言葉。


『為せば成る!』


 こうも言った。

 意味は分からない。


 けど、どこか勇気の沸く言葉。

 生きる力が沸く言葉。


 あるいは、これが自分の中にある何かなのか。


 体を震えが襲う。


 今、これから私は殺される。

 死ぬ。


 それを、改めて認識した。


 ここからいなくなる。

 あの人に、会えなくなる。

 私に元気を与えてくれた彼に。


 それがとても辛くて、悲しくて、怖くて、どうしようもなくなってしまうようだ。


 そう思うと怖い。

 これから起こること。

 これからされること。


 けどそれに対してどうすればいいか分からない。


 そして、その間にも事態は進行している。


「くそが、このクソ女が! やってやる、やってやるぞ!」


 何やら酔ったように吐き捨てる男性。

 その手には、畑仕事で使われる重いくわが握られている。


 その鍬が、あまりにもまがまがしく、おそろしく感じられてしまい、条件反射的に声が出る。


「嫌っ!」


「うるせぇ! てめぇが、てめぇが!」


 じゃりじゃりと鍬が地面をこする音がする。

 それが自分を削り取るように聞こえて心をささくれ立たせる。


『大丈夫。ユノは優しいもの。その優しさで、あなたの力で、皆を助けてあげて』


 脳裏に浮かぶのは、お母さんの臨終の言葉。


 ダメだよ、お母さん。

 優しいだけじゃ、生きられない。

 優しくしたから、殺される。


 私は生きたい。

 こんな風にして殺されるのはまっぴら。


 だって、それは駄目だって、あの人に教わったから。

 身を挺して私を助けてくれたあの人。


 私に逃げろと言った。

 それはここで死ぬなということ。

 死ぬということは駄目だということ。


 だから生きたい。

 今だからこそ思う。

 こんな状況だからこそ思う。


 生きたい。


 私は、生きたい。

 ここで死ぬのは嫌。


 だから、戦う。


 私の力。

 人を治す、癒しの力。


 それでも。

 それだからこそ。


 分かる。

 自分が生きて、自分が助かる方法が。


 木の枝が足元にある。

 それしかない。

 それで十分だ。


「死ね」


 男が鍬を持ち上げる。

 腰を地面に降ろしたままの私は格好の獲物なのだろう。


 鍬が振り下ろされる。

 それだけで私の人生は終わるはずだった。


 無造作に手が動いた。

 拾った木の枝。

 それを横に振る。


 ピシっ。


 男の足を打った。

 それだけ。


 ともすれば気づかれずに終わっただけの、攻撃ともいえない攻撃。

 けど、私にはそれで十分だった。


 十分に、過ぎた。


「あ? なにしやがる。てめ……うっ……あ、足が、なんだ、これ……う、うわああああああああ!」


 男の悲鳴が、室内に響く。


 そして、私の精神こころは解放された。

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