第30話 フィアト村の戦い
個々の戦闘で見れば圧倒的だった。
先頭を走るシーラさんの手にかかれば、一流の格闘家やプロレスラーだろうと敵わなそうに思える。
その力強さ、俊敏さ、空間把握。
すべてをとっても、誰かに後れを取るようなものではない。
だが、形勢は不利だった。
その1つとして、数が違い過ぎた。
敵は300人と見ていたが、もう少し多そうだ。
見れば子供やお年寄りも出ているからで、たとえ子供やお年寄りともいえど侮れない。
魔法という飛び道具がある以上、その力に性別や年齢、体格は関係ない。
もちろん飛び込まれれば弱いところはあるのだけど、それをカバーするように屈強な男たちが前に出てシーラさんを釘付けにしている。
大人の男たちがシーラさんを相手し、その隙を体格では劣る人たちが魔法で援護する。
前衛と後衛が完全に別れて機能している。
そこがこちらに不利な点。
さらに地形が最悪だ。
アモスが言ったように、家屋やそこらに置かれた柵が防壁の役割を果たしている。
平地なら相手の人数も、攻撃が来る方向も認識できるが、こういった市街戦になればどこから敵が来るか分からない。
屋根の上から炎の玉を発射してきたり、家の中から飛び出して襲ってきたりと、ゲリラ戦を展開されればされればこちらは後手後手になる。
「イトナ、ぴょん吉、俺たちは周囲の敵を掃討していこう」
「分かったわ」
「ほいよ」
シーラさんの援護に行きたいけど、あそこに乱入するのは正直命がいくつあっても足りない。
それ以上に足を引っ張ってしまうだろう。
だからそれ以外のところで、俺たちは動くべきだ。
喧嘩とか争いとは無縁に生きてきたけど、こうなったからにはしょうがない。
俺のなんとかサンダーボルトなら、相手をスタンさせて行動不能にできるからそれで敵の数を減らして行こうと決心。
だが――
「撃て!」
突然、右手の屋根の上から声が響く。
3人ほどの影。その誰もがこちらに向かって腕を突き出している。
「イトナ!」
「きゃっ!」
咄嗟にイトナをかばって横っ飛び。
次の瞬間には、今までいた場所に業火が巻き起こる。
ほっ……危ない危ない。
頭上で何やらわめく声が聞こえる。
俺たちが今、襲ってきた連中の真下にいるため、死角になって狙えないからだろう。
とりあえず一息入れられた状況。
イトナが無事かと思い、視線を下げる。
「大丈夫か、イト――っ!」
言葉が途絶えた。
イトナを押し倒して抱き着いているようなポーズになっていたからだ。
夢の中でも激怒されたこの状況。
あぁ、俺も殺される。
そう思ったが、
「あ、ありがと……」
うつむきながら顔を赤らめて視線を逸らす。
そのしぐさが、なんとも女性的で、いつものつんつんしたイトナとは別人に見えてしまう。
ヤバい、可愛いぞ、こいつ。
と思ったのもつかの間。
「っ!」
イトナの顔が急に険しくなり、俺の顔にその手を伸ばしてくる。
あ、やばい。やっぱり怒ってる!?
だが次に起きたのは、俺の視界がくるりと回る。
視界に移るのはイトナの顔。
それは変わらない。
けど、重心が変わり、俺が上、イトナが下だったのがまるっきり逆になった。
さらに、
「ぐぁ!」
男の悲鳴。
見れば、蹴り上げたイトナの長い足が、見知らぬ大男の顎にクリーンヒットしていたのだ。
どうやら俺たちを背後から襲おうとしていたらしく、それに気づいたイトナは俺とともに転がって、その遠心力で回し蹴りを放ったということか。
「まったく、油断も隙もありやしないんだから」
衣服についた土を払いながら立ち上がるイトナ。
それって俺のこと? それともこの男のこと?
「ほら、早く立って」
イトナに差し出された手を、一瞬ためらってから握る。温かかった。
起き上がった。
すると、そこへ降りて来たらしい村人たちがこちらに向かって手をかざす。
「行くぞ!」
イトナを引っ張り、路地を走る。
「急に火が……これが魔法なのね」
「ああ、そうだ。だから近づいて倒すか、もっと遠くから狙うしかないな」
「あたしにはちょっと苦手ね」
「なんでだ? ブラスターがあるだろ? エネルギーがないにしても」
「殺さないんでしょ?」
「ん……ああ!」
俺が言ったことをイトナがちゃんと考えてくれたことに、素直に感動した。
走る。
家屋の間。
今のうちにスキルをセット。
なんとかサンダーボルトと瞬間移動。
「そこまでだ!」
3人。前を塞がれた。
距離がありすぎる。
「つかまれ!」
イトナの手を取って、視線を左上へ。
空、いや、屋根。
瞬時に視点が切り替わった。
屋根の上に瞬間移動したのだ。
「なに? ジャンプした?」
「話は後。っ、あれは!」
屋根から見下ろしたその光景に唖然とする。
300人近くいた村人が半分ほどになっている。
あとはそこらに倒れ、死屍累々となっている。死んじゃいないだろうけど。
「シーラさん……」
1人であんな奥に……。
けどその動きもどこか最初に見たものと違って鈍い。
あれだけ暴れまわれば体力も続かないだろう。
やはり周囲から潰していくのではなく、すぐにヘルプに入るべきだったか。
今からでも間に合うか。いや、間に合わせるしかない。
ならば、と思うが不安が残る。
イトナはもとは工作員だ。それなりに鍛えているとはいえ、体術専門じゃない。
それをあの乱戦に飛び込ませるのは厳しいだろう。
ならばここに残すか、といえばそれもまた不安。
「なに、あんた。あたしが1人じゃ不安ってこと?」
「いや、そういうわけじゃ……」
心中を言い当てられたようで、ドキリとしてしまう。
「いいからあの女のところに行きなさいよ。助けるんでしょ、ユノって子。あたしはこっそりとその場所を調べてるから」
ありがたい。
それはすべてを分かったうえでのイトナの言葉だった。
「おっと、それなら俺様に任せな」
ぴょん吉が俺のバッグから飛び降りてそう言った。
「ぴょん吉……」
「やるなら今だろ。アラーギーをかけな」
「……分かった」
確かに出し惜しみをしている場合じゃない。
俺は一瞬だけ考えて、そして決断した。
「よし、行くぞ」