第29話 戦闘開始
「そこで止まれ」
フィアト村の入り口。
数日前、ユノやアモスと共に荷物を運びこんだ場所に立つ、屈強そうな男2人が、俺たちの前に立ちはだかった。
西洋風の胸当てやら籠手で武装した男たち。さらには先端が鋭利に尖った長細い槍を手にし、まさに門番と言っても過言ではない物々しさだ。
対するのはシーラさん、そして俺とイトナだけ。
御者のトウガは、ついていきたそうだったが、
『馬車をこの位置につけておいてくれ。奪還後にここに戻る。トウガにしかできない重要な任務だ、いいね』
そうシーラさんに言われたら、飛び上がって喜んでいた。
ちょろい奴。
そしてアモスはというと、
『ボクは顔が割れてるからね。後方支援に徹するよ』
と、ちょっと顔を引きつらして言った。
若干腰が引けているようにも見えたけど……あいつ、大魔法使いになるつもりあるんだろうか。
まぁ別にいいけど。
そんなわけでシーラさんを先頭にこの村までやって来たわけで。
「我はこの村に用事がある。入れてもらえるとありがたい」
シーラさんが、本人にしては丁寧な言葉でそう門番に告げる。
正面突破といえども、最初から喧嘩を売るものでもないのは分かった。
一応、俺の女装も、気づかれていないようで役には立っているということか。
「今、この村は大事な祭事のために部外者の立ち入りを禁止している」
「しかしだね。ここ以外に休める場所はない。だから入れてくれと頼んでいる」
「無理だ。野宿をするがいい。食料と水は供出する」
「あいにく野宿などという野暮なことはしたことがない。するつもりもない。屋根の下で眠らせてもらいたい」
「では街に行くがいい。今から向かえば日没までにはつくだろう」
完全に話は平行線だった。
当然だろう。
相手としては、村の不正を暴かれる危険性が高まっている時分だ。
そんな時に見知らぬ人間がやってくれば警戒もする。
となればもちろん、この状況で中に入れるわけもなく。
「もういい。分かった」
そう、どっちかが折れるしかないわけだ。
もちろん譲歩の方に折れるわけじゃない。
「勝手に入る」
「あ?」
言葉に反応した右側の男。
そのみぞおちに、シーラさんの蹴りが入っていた。
もちろんそこもアーマープレートで防備している。
だがそれでも、それを破っての、シーラさんの蹴りだ。
鉄の鎧を突き破った超ド級の破壊力を持つ蹴りを受ければ、死に至ってもおかしくない。
倒れて悶えているから死んではいないようだが……。
防御無視とか……反則かよ。
「貴様!」
左側の男が、相方の異変に気付いて槍を構えようとする。
それでも遅い。
その間にシーラさんは男に肉薄する。
そして何か動いたように見えたがよくわからない。
ただ結果として、男を投げ飛ばし、うつぶせになった男の上に馬乗りになったシーラさんがいたという状況になった。
「え、何が……?」
イトナにもよく分からなかったようだ。
それほどの神速の攻撃に、俺たち要らないんじゃ? という疑念も出てくる。
「さて、吐いてもらおうか。いや、何も難しいことじゃない。ここにね。ユノという少女がいるだろう? 会わせてくれないか?」
「し、知らん! そんなやつはいない!」
「おかしいな。数日前にね。ここにその少女がいることを見たやつがいるんだよ。この村の少女だ。なのに知らないというのは、それとも君はこの村の人間ではないのか?」
「…………知らないといったら知らない」
『DOUBT、DOUBT、DOUBT』
と、頭に響く無機質な機械音声。
あ、そうか。嘘発見器のスキルをセットしたままだった。
っと、さっきと違うぞ。
イエスじゃなくて、ダウトってことは――
「それ、ダウト。嘘だ。ユノのことは知ってるはずだ」
「ぐっ……」
「ほほぅ、少年。なかなか面白いな。なぜ嘘が分かるんだ? ますます興味深い。だが、今はこいつだ。そうだな。嘘ということは、少し痛めつければ真実を話してくれるかな」
「だ、誰が……」
「よいしょっと」
シーラさんが押さえつけた男の、左肩と左腕をそれぞれ持って、少し力を入れると――
ごりっ
と不快な音。
そして耳をつんざく悲鳴があがる。
「おいおい、肩を外したくらいで叫ぶな。人が来るじゃないか。それで、ユノくんはどこにいる?」
この状況においてなお、淡々と質問を続けるシーラさん。
イトナは顔面蒼白で、少し怖気づいたように見える。
そう思ったのは、俺もあるいはそうだったからかもしれない。
狂気と暴力に彩られた異質の空間。
だが、傍観を許さない状況がシーラさんによって作られようとしていた。
「もういい。話さないのなら、死んでくれ」
そう言いながら、苦痛で悶える男の頭に手を添えるシーラさん。
そこから何を起こすか、分からなかった――いや、なんとなく想像がついた。その直前に言った言葉を考えれば、方法はいくつかあるかもしれないが、その結末は同じ。
俺としては、それを見過ごすわけにはいかない。
「ちょ、ちょっと待った!」
「なんだ、少年。いや、少女?」
「殺すのは、ダメだ」
「……何を言う? もうこいつらには価値がない。ここで殺さなければ、後々、復活してまた敵として出てくるぞ。ならば今ここで減らした方がいい」
シーラさんの意見。
それは合理的だ。
あまりに合理的で――だが、あまりにかけ離れている。
日常から。
自分の、価値観から。
そう、彼女の言葉は俺の世界の価値観ではない。
あるいはそういうのがあるとすれば、それは戦場の価値観。
世界を異にする俺とシーラさんでは交わることのない観念。
けど、だからって。
「ほら、急がなければ。悲鳴を聞きつけて、武装した村人たちが来るぞ」
それは分かる。
それでも、それでもなんだ。
「それでも、殺すのは駄目だ」
「君の言いたいことは分かる。だが理解はできない。人道的立場というのであれば、圧倒的に弱者の理論だ。我とは合わない。もはや手伝いも無用。早々に消えてくれ」
言い切られた絶縁状。
「リオ……」
イトナも心配そうにこちらに視線を向けてくる。
それでもダメだ。
人道的にも当然そうだし、それ以上にダメな論点がある。
だからそれを言う。
きっと、彼女ならば分かってくれる。
少しの確信を持って、俺は言葉にする。
「ユノが、悲しむ」
「……なに?」
「ユノが悲しむんだ。自分のために、自分のせいで、彼女と同じ村の人間が死ぬ。それは、彼女にとって耐えがたい罪悪感になるはずだ。たとえ助けられたとしても、彼女はそれを罪に思ってしまう。そんな人間だ。そして、もう心の底から笑えなくなってしまうはずなんだ」
彼女の笑顔。
どこか安らぎと安心をもたらしてくれる笑顔。
それが、なくなる。
一生。
それは、とても辛いこと。
「だから頼む。誰も殺さないで」
「…………」
シーラさんが無表情で俺を見てくる。
そこにどんな感情が、どんな判断があったか分からない。
10に満たない時間が過ぎ、そして、
「ふんっ」
シーラさんが男の頭に添えた手に力を入れた。
それで男は悲鳴をとめ、そのままがくりとうなだれてしまう。
え、まさか殺し――
「殺してはいないぞ。ちょっと気絶してもらっただけだ」
シーラさんはブーツについた土を払いながら立ち上がる。
「なるほど。ユノくんの笑顔とやら。それは代償としては大きすぎるな。よかろう。村人は誰も殺さずにおくとしよう。ふふ、さすがは少年だ。そういったアドヴァイスがあってこそ、招いた甲斐がある」
褒められたというより、ちゃんと言うことを聞いてくれたことにホッと安堵。
「さて、準備運動はここまでだ。本番が来るぞ」
シーラさんの言葉に促され、見れば村の家々からぞろぞろと村人たちが吐き出されてきている。
100人は超えているだろう。
シーラさんが前に200人と言っていたから、少なく見積もってそれくらいか。
それがあからさまな武装をしてこちらに向かって来るのだから、その恐怖といったらもう。
相手は200。こちらは3人と1匹。
圧倒的な戦力差。
いくらシーラさんがチート並みの力を持っているにしても、この差はまずいだろう。
「リオ、あたしたちの目的は全員倒すわけじゃないわ。そのユノって子を助け出せればいいんだからね」
俺の不安を見抜いたのか、イトナがそう告げてきた。
なるほど、確かに。
ここにいる全員に勝たなくていい。
捕らわれているユノを助け出せればいいのだ。
まぁ問題はそのユノがどこにいるかなんだけど。
アモスもそれは探り出せなかったみたいだ。
「そういうことだ。では突っ込む。援護を頼むぞ」
と、シーラさんはまるで散歩でもするような気軽さで歩を進めると、そのまま猛然とダッシュし始めた。
あぁ、もう!
この人は勝手に始めて!
「仕方ない。おい、ぴょん吉、起きろ! イトナ、行くぞ!」
「はいはい」
こうして俺たちのユノ奪還作戦は、なし崩し的に本格的な戦闘へと発展していった。