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第19話 夜空の下で

 温泉に入ってゆっくりしていると、もう日が暮れていた。

 さすがにほぼ徹夜の強行軍で体は疲れ切っていたし、空腹にも耐えがたかったので、再びユノのいる世界に行く気にはなれず、安全第一ということで明日の出発となった。


 その間、動物たちが急ピッチで開発を進めてくれて、一戸建ての宿泊施設の小屋が完成した。

 家具も飾りもなく、ベッドにしても板敷のものでしかなかったけど、これで雨風しのげる休憩場所ができたのは大きい。

 あの押し込められた村の物置よりは百倍良い。


 夕食は近くの川でクマキチがとった魚をメインに、キノコや果実など森の幸が豊富なものだった。

 個人的には肉が食いたいと思ったけど、森の動物たちの前でジビエをするのはさすがにということもあり我慢。


 今度、向こうの世界でアモスに肉をおごってもらおう。


 そんなわけで心身ともにリフレッシュした後はもう寝てしまうような時間だったわけだが。


「あんたはそっち!」


 とイトナが残った廃材で、バリケードを張ってしまい、俺はそこそこの広さはある小屋の端に追いやられた。


 まぁよくよく考えれば、同じ屋根の下の同じ部屋で、男女が一緒に寝るというシチュエーションだ。

 イトナからすればそれは当然の主張だろうし、俺も異論はない。


 なんせ同じ屋根の下、というだけでもうたぎるからね!


 無念なのが、モイラも一緒で両手に華と思ったが、


「わたしはクマキチがいるから。んじゃ、おやすみー」


 などと言って、外で寝ている。

 まぁいい。今はイトナだ。


 だからバリケードで区切られたとはいえ、俺は興奮で眠れぬ夜を過ごす羽目になった。


 ――わけではなく。


「ぐぉぉぉぉぉ…………ぐがっ…………むにゃむにゃ」


 う、うるせぇ。


 同じ屋根の下、一緒に寝るというシチュエーション。

 あるいは寝ぼけて一緒のベッドに。


 なんて思いを一瞬でも浮かべなかったわけじゃない。

 むしろ色々妄想しましたとも、ええ!


 けど、その妄想を一瞬にて打ち砕くこのいびき。


 なんというか……萎えた。


 ええ、ここまでひどいの?

 夢の中じゃあ……いや、一緒に寝た覚えがないから分からないや。


 とはいえこれは、ある意味美少女が見せる恥ずかしい一面であって、そこにギャップを求めようとしたけどダメだ。


 期待が大きかった分、肩透かしをくらったというか、理想の像が崩壊したというか。

 現実って甘くないなぁ。


 というわけで眠れない。

 うるさいのと、萎えたのと、あとやはり半日以上寝ていたこともあり、すぐには眠れない。


 はぁ……ちょっと散歩でもするか。


 ずっとここにいると頭がおかしくなりそうだから、俺はベッドから起きるとそのまま外に出た。


 外はそれなりに明るかった。


 満月ではないにせよ、それなりに丸みを帯びた月が世界を照らす。

 光源はそれだけで、辺りには街灯もなければビルの灯りもない。

 まるっきり森の中。


 それでもその月明りに照らされれば、十分なほどに視界が確保されるし、何より――


「あぁ……」


 見上げる。

 星空だ。


 満天の星というが、それが文字通り嘘じゃあないことがここに今証明されている。

 一面、黒に塗りたくられた夜空に散らばった、キラキラと輝く星々に、俺は圧倒された。


 ここまでの星は、元の世界ではめったにお目にかかれない。

 星なんてものは注意して見なければ大したことはないものだと思っていたのが馬鹿みたいだった。


 ここまでとは。

 ここまで、美しいとは。


 そんな思いを抱かされた星空を、俺はしばらくの間、飽きもせずに眺めていた。


 どれくらい時間が経っただろう。


「そんなに珍しい?」


 声がした。

 そちらに振り返ると、モイラがいつもの気だるそうな様子で立っていた。


「うん。ここまでの星空は初めて見た」


 素直に感想を伝えると、モイラは苦笑して、


「こんなの見飽きたけどね。ま、いいか」


 とは言いつつも、なんだか嬉しそうだ。

 なぜかは分からなかったから、俺はそれ以上突っ込まない。


 それきり、再び沈黙が支配すると思ったが、すぐにモイラが、


「見させてもらったよ。君が、魔法の世界で何をしてきたか」


 と続けた。


「クワイデント・ウルフに襲われ、武者修行の魔法使いと一騎討ち。荷物の運搬を手伝って、挙句の果てに村人に襲われるって。よく生きてたね」


 そう簡単にまとめられて、改めて昨日の濃密さが分かる。

 本当、よく生きて帰ってこられたものだ。


「正直、ぴょん吉がいなかったらどうにもならなかった、ありがとう」


 それはぴょん吉をつけてくれたお礼。

 あいつがいなければ、最初のオオカミ――クワイデント・ウルフって言ったか?――のところでゲームオーバーだった。


 それ以上に、誰も知り合いのいない異世界で話し相手がいたというだけでも十分に心の支えになってくれた。

 言動は気に食わないけど、それだけでもすごい助かったのだ。

 本人には言わないけど。


「ん……そう。あの子も外の世界に触れて少しは成長するでしょ」


 そういうものなのか。


「んで、どうすんの? また魔法の世界に行くの? 正直、オリハルコンは全然足りなくて、これ以上拡張は難しいけど」


「うん。行くよ。というか置いてきたアモスが気になるし。それにオリハルコン、盗んできちゃったからな。なんとか謝った方がよさそうだし。というかあれか? もしかして村人が襲ってきたのって、ぴょん吉がオリハルコンを盗んだからか?」


「んー? 知んない。どうでもいい人間のやることなんて興味ないし」


 さいですかい。


「けど、時系列的にはなさそう。ぴょん吉が盗んだのは、君が襲われる直前だからね。それよりはるか前に食事に睡眠魔法はかけられてたわけだし」


「あ、そうか」


 となるとその線はなくなる。

 本当、なんで襲われたんだろうか?


「ま、そこらへん気になるのは分かるけどね。それより、どうなのさ?」


「え? 何が?」


「何がって。あの子だよ。ユノっつったっけ? 気になってんじゃないの?」


「え、気になるとか……そういう……」


「またまた。さっきはわざとらしく理由から外してたけどさ。本当のところはどうよ?」


 ぐいぐい来るなぁ。

 もしかして、こういう手の話が好きな系か?


「それよりあのイトナってのもどうなのさ。どっちが本命?」


「ど、どっちがって……」


「しらじらしいねー。あ、分かった。美月って子かな? 親友の彼女を奪うとか、略奪愛? 寝取られってやつ? うわー、引くわー。それともまさかまさか、わたしとか? まぁ、この美貌ならそれもあるかもだけど、ごめん。人間とかありえないから」


「誰もそんなこと言ってねーから!」


 どこまでも止まらなそうなモイラに、いよいよツッコんでいた。


「ふーーーーん。ま、いいけど。なんとなく、ね。気がしたんだよ。君のその性癖が、なんかしでかしそうで」


「性癖とか言うなよ……」


「じゃあ色情」


「ちょっとエロくなった!」


「じゃあ官能?」


「もうやめて……」


 なんかこいつには勝てない。

 そんな思いが俺の心に芽生えてしまった。


「ま、いいけどね。君が誰とイチャイチャしてくっついてやらかそうが」


 身も蓋もねぇな。


「つかね。なんでそんなこと聞いたかっていうと、君の目的をこの際はっきりさせようと思ってさ」


「目的?」


「そ。元の世界へ戻るか。イトナの確執をなんとかしたいのか。あのファットシって人間の志を継ぐのか、はたまたアモスってのと一旗あげるのか。あるいは、あのユノって子を独占したいのか」


「!」


「そこらへんはっきりさせないと、君、さっさと死ぬよ?」


 そうだ。

 俺には色々やらなくちゃいけないことがあるわけで。

 俺の意志関係なく発生した事案であろうと、当事者である以上は何か対応を成す必要があるわけで。


 元の世界に戻る。

 それは間違いなくある。


 けど、こちらの世界に来てからのことも俺にとっては捨て置けないことばかり。


 イトナ。

 なんで俺をそこまで恨んでいるのか。

 あの夢の世界とどうつながっているのか。


 ファットシさん。

 命をかけて俺たちを救ってくれた彼の志を、せめて巫女様とやらに伝えなければ俺の立つ瀬がない。


 アモス。

 約束しちゃったからな。

 少しは手伝ってやらないと夢見が悪い。


 そして、ユノ。

 特段何かをしたわけではない。

 いや、命を救ってくれた恩義がある。

 それを返さずに、何より、たまに見せる彼女の疲れたような悲しいような諦めたような笑顔が、どこか気になる。


 やることはいっぱいだ。

 けど、確かにそれを全部やろうとすると、俺の命はいくつあっても足りないような気がする。


「…………」


 考える。

 いや、あるいはもう答えは出ている。


 たった今、考えたことじゃない。

 これまでも折に触れて考えてきた。


 それでもはっきりとした答えがなかったのは、あるいはそのアプローチが不可能すぎたからかもしれない。


 けどあるいは。

 今、ここでモイラと二人きり。


 そのモイラならばできるかもしれない。

 そう思って、俺は、口を開き、覚悟を口にした。


「全部だ」


 そう、これが俺の覚悟。


「全部やる。全部が今の俺の目的だ」


 嫌なものは嫌。


 俺にとって、どれか1つでも諦める。

 それが嫌だ。


 だって――


せば、成るんだから」


 欲張りと言われるだろう。

 強欲とも言われるだろう。

 身の程を知れと言われるだろう。


 だけど、出会ってきた人たちには感謝しかない。

 そのお礼のためには切り捨てるわけにはいかない。


 欲張り? 強欲? 身の程を知れ?


 確かに今の俺では無理だろう。

 どこかで無理が出て、死んでしまうこともありえる。


 だったらやればいい。

 身の程を知ってできると言えるほどになればいい。


 それを成す。


「だから、俺を強くしてくれ、モイラ」


 成すために、すのだ。

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