第18話 拡張
目が覚めた。
飛び込んできたのは青い空、広がる緑。
そして、なにやら騒がしい物音。
上体を起こしてみる。
疲労した体はまだ重いけど、それなりに睡眠がとれたらしく、脱力感はない。
「なにやってんだ……」
騒がしいと思って見渡してみれば、そこかしこで動物たちが動き回っている。
丸太を運ぶキツネ。
その丸太を、前歯で加工していくリスたち。
さらにその加工した木材を次々と積み重ねていくタヌキ。
まるでどこかの工事現場のような彼らの動きに、俺は寝ぼけた頭も手伝って理解が追い付かない。
「…………なにこれ」
「あ、起きたのね」
声に振り向いてみれば、そこにはイトナがいた。
なんでイトナが、と思ったけど、動物たちが働いていることも考えると、あの女神の世界に戻って来たことを思いだす。
「そろそろ目が覚めると思って、水汲んできたから」
と、イトナは俺が使っていた木製の水筒を差し出してきた。
中には澄んだ水がたっぷり入っている。
それを見てごくりと喉が鳴った。
どれだけ寝たのか、喉はカラカラだったから、イトナにお礼を言って受け取ると、そのまま一気に飲み干してしまった。
「ふぅぅぅ。俺、どれだけ寝てたんだ?」
一息ついた心地で、気になっていたことを聞く。
「半日くらい? 昨日のお昼過ぎに帰ってきたから」
「って、もう昼か。それにしてはなんだか騒がしいよな」
これまで、平々凡々とした静かな森だという印象だったのが、なんでこんな工事現場みたいになっているのか。
「ん、そうね。今、色々工事中。それもこれも、あんたが持ってきた……えっと、なんか石? それのおかげよ」
「まさか、オリハルコンか?」
「そうそう、それそれ。あんたもやるわね。ちゃんと注文通り持ち帰るなんて」
「え……?」
俺がイトナの声に不信を覚えたのは、俺はそんなことをした記憶がないからだ。
「あれ? 違うの? 謙遜じゃないわよね。じゃああれは?」
見れば、木を伐ろうとしている動物たちが持っているのは、例のオリハルコン製の斧だ。
動物が器用に二本足で斧を振ってることに違和感はあるが、もう何も言えない。
てか何で?
何でオリハルコンが?
その疑問に答える人物が来た。
「おー、起きた?」
モイラがやって来た。
相変わらずのパンクファッションで、まぶたが下がって眠そうだ。
「なぁ、これは――」
「いや、オリハルコン取ってこいって言ったけど、まさかあんな大きくて純度高いの持って帰るなんてね。少し見直したよ、レオ。特別に製作費はまけてあげる」
「あ、はぁ……」
そうは言われても、あまり嬉しくはない。
なんだかキツネに化かされたような気分だ。
「ま、これで住居くらいはできるから。いつまでも野宿ってわけにはいかんでしょ。特に君たちにとってはね」
それはそうかもしれない。
たとえ不格好な木製の家でも、屋根があるのと床があるのとじゃ大違いだ。
それは確かに助かるんだけど……。
「あー、安心して。余った素材で、エリア拡張の方は進めとくし。君の端末を充電するくらいの力はあるよ。まぁとはいえまだまだ必要だから、引き続き調達ヨロ。じゃあ、私は監督に戻るから」
と言って、モイラは踵を返して動物たちの方へと行ってしまった。
「なんだったんだ……」
「よかったじゃない。なのに何で浮かない顔してんのよ?」
「うん、まぁそうなんだけど……」
「煮え切らないわね。てか、あんなのでちゃんとした家ができるわけ? あんな溶接も何もしてないの、気密性がなくて宇宙じゃ生きてけないでしょ」
いや、宇宙にはいかないから……。
「ま、なんにせよこの地面で寝ることがなくなってホッとしてるわ」
「そう、だな」
「へっ、そこんとこは俺様に感謝しとけよ?」
と、聞き覚えのある声。
ぴょん吉だ。
「お前、どういうことだよ」
「俺様がもらってきたんだよ、オリハルコンをな」
「もらってきたって……お前、言葉喋れないじゃ――まさか」
「ま、そこらへんに無造作に置いてあったのを頂戴したわけで」
「盗んでんじゃん!」
「ちげぇよ。労働に対する正当な報酬だよ。運賃だ」
もしかしてあのリュックってそういうわけか。
最悪だ。
まさか窃盗の片棒を担がされるなんて……。
「とにかくすぐに返して――」
「ムリ。全部使っちまったし」
「な……」
なんてこった。
「そんじゃあな。俺様に感謝しろよ?」
「おい、待てよ! 話は終わって――」
引き留めようとした俺の手をすり抜けて、ぴょんぴょんと走り去ってしまったぴょん吉。
あいつ……。
「そういうことね……」
うっ……。
じっと見つめてくるイトナの視線が痛い。
「いや、違うんだよイトナ。俺は――」
「分かってるわよ。あのウサギってのが勝手にやったんでしょ」
「え――」
なんだ。
こんな物分かりいいやつだったか。
そう思えるほどの変貌も、あるいはこれまでがおかしかったわけで、そうでなくちゃ反政府組織のエージェントなんてやっていけないのだろう。
「起きちゃったことはしょうがない。けどあんたはそれで済まさないでしょ。
「あ、ああ」
「だから次はあたしがついてくから。だからもう情けない結果になんてさせないわよ」
それは心強い。
普通に戦えるメンツというのが、何よりありがたかった。
それでも不安は残る。
彼女を、あの一歩間違えれば死ぬという過酷な世界に放り込むことを。
「いいのか?」
「当然。あたしがいつまでものんびりしてるわけないじゃない」
そうか。彼女もこれまでも死と隣り合わせで生きてきた。
そこら辺の割り切りはあるのかもしれない。
はぁ、強いな。俺と違って。
うん、いいや。
俺は俺。彼女は彼女だ。
「それまで温泉でも入ったら? あれ、結構気持ちいいのよね」
「え……もしかして一緒に入って――」
「入るか!」
イトナのツッコミが、的確に俺の顔面を打ち抜いた。