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第17話 帰還

『お前らに逃げ場はない! 大人しく出てこい!』『さもなきゃ突入して痛い目みせるぞ!』『みやこの回し者が!』『国家権力の犬め!』


 ドンドンと扉をたたく音に加えて、そんな怒声が飛んでくる。


 うわー、立てこもりの犯人ってこんな気持ちなんだろうなー。

 そんな風に思えてしまうのは、どこか現実感がないからなのだろうか。


「おいおい、なんかヤバいぞ」


 ぴょん吉が顔をしかめる。

 それほど小屋の周囲は殺気立っていた。


「ボクを……置いて……逃げ、るんだ」


 アモスはまだ本調子じゃない。

 息も絶え絶えに訴えかけてくる。


「そんな格好悪いこと、できないって!」


 そうだ。格好悪い。

 ここでアモスを、彼を残して俺らだけ助かろうなんてのは“格好悪いこと”だ。


 大体、それは1つもしていない。

 そんなことで諦めて、成せるはずがない。


「だから言っただろうが、アラーギーを取っておけって。あれさえできりゃ、外のやつらなんか余裕だろうが」


 とぴょん吉は言うものの、ないものねだりしても仕方ない。


 俺たちにあるのは、あとは俺の容量不足で使えない『ドレッドノート』の魔法と、あと2発のなんとかファイア。

 それと危険察知のアビリティと所持金500セロ。


 いや、詰んでるね。


 なら降参して出ていくか?

 けどこの状況。何されるか分からない。

 痛めつけられるかもしれないし、それ以上に、殺される可能性だってある。


 まさか、とは思うけど、この殺気立った怒声を聞く限りはなくはないような気もしてくる。


「あとは爆弾とかありゃぁな。それで相手の気をそらして中央突破すりゃなんとかなるか……」


「それだ!」


「あ!?」


 ぴょん吉のつぶやいた言葉に、俺の頭にアイディアが浮かんだ。


 できるか?

 分からない。

 けど、やらないと。

 さないと、何も成らない。


 だから俺は指を突きつける。

 その今にも破壊されそうな扉に向かって。


「えっと、レッドメリクリ……ファイア!」


 炎が走った。

 それは扉を舐めるように動き、どんどんと燃え広がっていく。


 小屋は木製だ。

 このまま火の勢いは収まらないはず。


「て、てめぇ、気が狂ったか!? 俺らが死ぬだろ!」


「そうじゃないよ、ぴょん吉。これで俺らは逃げる」


「はぁ!? ……っ、そうか。小屋を燃やしてその隙に逃げるってか!」


「そういうこと! おい、アモス。立てるか? とりあえず肩貸すんだ」


 俺はアモスに語り掛けるも、反応は鈍い。

 自分で体を動かすのもおっくうそうだ。


 くそ、ダメか!


「おぶって……くれ」


「いや、それは無理だ。さすがにお前を負ぶってはいけない」


「いい。グラレジを、かけた。重さは、ない。それと、君に、身体強化を」


 アモスがぶつぶつと何かをつぶやき――それは詠唱だったのだろう――俺の体を光が包む。

 温かい。

 同時に、疲れが吹き飛んだようで、さらに体から力がみなぎってくる感覚。


「これは……」


「これなら、1時間は、走れる。だから、ボクを、おぶって……」


「分かった!」


 ぐでっとしたアモスを背中に背負う。

 羽毛布団かと思うくらいに体重はなかった。

 それに俺の体もきびきび動く。

 これならいけそうだ。


「おい、これも!」


 と、ぴょん吉が何か、バッグのようなものを部屋のすみから引っ張ってきて、それをアモスの首にかけた。


「なんだそれ」


「いいものだよ」


 訳が分からない。

 けど、口論している場合じゃない。


『うわ、火だ!』『奴ら、火を放ちやがった!』『おい、水! 水魔法を使えるやつ、火を消せ!』


 どうやら外にも火が伝わったらしい。

 混乱している様子が見える。


「出ると同時、そのファイアを相手に向かって全力かましたれ」


「分かった!」


「いくぞ、1、2……3!」


 扉を蹴飛ばす。

 火でもろくなった扉はそれだけで外に吹き飛んだ。


 暗い。

 夜だ。

 そこに人がいる。

 影で見えないけど、数十人はいる。


「レッドファイア!」


 そこへ向かって、ファイアを放った。

 ぴょん吉に言われた通り、思いっきり。


 すると炎はまっすぐ飛ぶわけでもなく、やや拡散するようにその場で花が咲くように広がった。


「うぉ!」「あぶなっ!」


 囲んでいた村人たちが、危険に身をかわす。


 それが隙となった。


「いくぞ! 遅れるな!」


「誰に言ってやがる!」


 ぴょん吉の返事を待たずに走り出す。

 人々が点在する中を、ただ真っすぐ。


「逃げたぞ!」「捕まえろ!」


 村人たちの怒声。

 それと同時に、左右から人が来た。

 もちろん友好な態度などない。

 俺たちを押しつぶそうと、立派な体躯の男たちが圧力をかけてくる。


「ほわちゃあ!」


 甲高い声と共に、ぴょん吉が舞い、男2人を次々とラビットキックでひるませる。


 その間に、俺は抜けた。


 身体強化の魔法とか言ったか。

 そのおかげで、いつもより体が軽い。

 何より足が動く。だから速度が出る。


 包囲を突破した。

 背後から怒声が響く。

 けどそれも次第に後ろへと消えていく。

 あとはもう、距離が開くだけ。


 早い。

 これほど俺が走れるとは思ってもみなかった。


「ははっ!」


 初めての経験に、頬が緩む。

 気持ちいい。快感だ。

 これがランナーズハイというやつか。


「おい、ちょっと待てよ!」


 ぴょん吉が必死にくらいついてくるが、どんどん距離が離れていく。

 背後の追っ手は遠い。

 だから俺が少し速度を落とすと、一気に距離を詰めてきたぴょん吉がジャンプして俺の背中のアモスに取りつく。


「俺も乗せろ!」


「振り落とされるなよ!」


 俺は走った。

 風になった。


 これはいい。

 これさえあれば、体育の時間はヒーローだ。

 陸上部にスカウトされるかもしれない。

 もしかしたらオリンピックにも……いや、これはドーピングか。


「おい、おい!」


 そんなどうでもいいことを考えてた俺の注意を引いたのは、ぴょん吉の怒鳴り声。


「おい、方向分かってんのか?」


「あ……」


 その言葉に急に頭が冷えた。

 そういえば俺、どこに行くんだ?

 逃げるのに必死で、どこに行くかは考えてなかった。


「これだからトーシロは……。とりあえずゲートまで戻るぞ」


「え、でもどこか分からないぞ」


「安心しろ。月の位置と方向からなんとなく分かってる。ここから南西、あっちだな」


「……俺初めてお前のことすごいと思ったぞ」


「馬鹿にするな! 俺様はいつもすごい!」


 以降の言葉は風で聞こえなかった。

 そして1時間走り続けたけど、疲れは来なかった。


 この魔法、これまでで一番スゲー気がする。


 そして魔法が途切れて、地図を見ればあと少しだったので頑張って歩くと、


「ついた……あれだ」


 暗闇の中にそびえる、ボロボロの小屋。

 そこがゲートのある場所だ。


 中を見れば誰かが来た形跡もない。

 ゲートも無事だ。


 ホッと脱力する。


 あの村の連中から逃げ切ったという安堵と、これでイトナたちの元に戻れるという安心からのものだ。


「こいつ、どうする?」


 ぴょん吉が俺の背中にしがみついているアモスを指して言う。


 アモスは疲れ切ったのか、魔法が再び効いたのか深く眠ってしまっていた。

 起こそうかと思ったけど、


「連れてくしかないんじゃないか。ここに放置しておくのもかわいそうだろ」


「かーっ! こんな得体のしれないやつをモイラ様の、もとい俺様の世界に連れてくるだと!? 冗談じゃない!」


「そうは言っても仕方ないだろ。な、今度ニンジンおごってやるからさ」


「む、むむむ……」


 ぴょん吉はにやけと苛立ちがせめぎ合う絶妙な表情を浮かべた後、


「5本な」


「そんな金はない。からとりあえず2本。あとは出世払いでよろしく」


「ちっ、しょうがねぇなぁ貧乏人」


 というわけで俺はアモスを背負ったまま、ゲートの前に立つ。

 そしてそこにある『測量鋲』をゆっくりと、だけど確実に踏み抜いた。


「――――!」


 視界が回る。

 ぐにゃりと風景が歪み、上か下かも分からない奇妙な世界に早変わりする。

 というか直線という概念のない世界。

 そして赤や黒、紺色に灰色といった色が混ざり合って、見ていて不安になる。


 だがそれも一瞬。

 やがて景色は歪みを緩めはじめ、その歪みが収まった時には、俺はまさに別世界にいた。


 空は中天に太陽があり、辺りは見渡す限りみずみずしい緑。

 間違いない。

 女神たちがいる世界だ。


「戻った……」


「あったりめーだろ。おら、さっさとモイラ様に報告すっぞ」


「ああ……って、あれ!? アモスは!?」


 動き出そうとして、どうも軽いのに気づけば、背負っていたアモスがいない。

 どこかへ落としたか、と思ったものの、どこにもその気配はない。


「アモスが、いない?」


「あー、これあれだな。弾かれたな」


「弾かれた?」


「そ。モイラ様いわく、ゲートにも相性があるんだと。その相性が悪いと、ゲートを利用できないんだとよ」


「じゃあアモスは……」


「多分、あっちの世界だろ。ゲートの近くでぶっ倒れてんじゃね?」


「大変だ! すぐに助けにいかなきゃ!」


「ちょ、おい! せっかく戻って来たのにまた行くのかよ!」


「でも、俺のせいで迷惑かけるのも……」


 と、そこでギャーギャー言っていたのが悪かったのだろう。


「おーい!」


 遠くで人の声。

 振り返れば、イトナがこちらに向かって走ってくる。


 その光景に、少し胸が高鳴った。

 もしかして心配してきてくれたのか?


 いや、これこそツンデレ。

 ようやくデレた。素晴らしい。


 だから俺は彼女を迎えるために、彼女の元へと駆け寄ろうとする。

 その瞬間。


「おっそいでしょうが!」


 イトナの蹴りが、俺の側頭部もクリーンヒットした。


 ぐらっと体が揺れ、抵抗する間もなく地面へと倒れる。


「あっ! ちょっと、起きなさい! 寝るな!」


「はー、いい蹴りだな。ちょっとバトらねー?」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ2人の声を聞きながら、俺の意識は闇へと沈んだ。

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