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第2話 八十島美月という女

「相変わらず馬鹿してるわね」


 それほど大きな声でなかったにも関わらず、食堂が一瞬しんと静寂に包まれる。

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには、トレーを両手に持った八十島美月やそじま みつきがいた。


 学校指定のブレザーをきちんと着こなした痩身の少女。

 スカートから覗く長い脚をニーソックスできゅっと締め、脚線美という点では他に追随を許さない。


 さらに後ろでまとめた髪は、染めた明と異なり美しい黄金色に輝いている。

 それもそのはず、母親がイギリス人の元有名モデルで、しっかりとその血を引いている彼女はクラス――いや校内――いや都内一の美貌を誇ると言われても納得してしまう。

 ちなみに美月というバリバリの和名なのは日本フリークの母親が望んだからだと陽明から聞いた。


 とまぁ、見た目はかなり美人。スタイルもよしの完璧美少女。


 だけだったらよかったんだが。


「羨ましいわ、暇そうで。はっきり言って論外だけど」


 小さな顔に大きな瞳を怒らせてそう毒づく美月。


 彼女を一目見た男子は、初手で見た目に心がときめき、2手目でその鋭い瞳に委縮し、3手目に『論外!』と斬り捨てられて再起不能になるのが通過儀礼となっている。

 黙っていれば可愛いのにと、どれほどの男子生徒の嘆息の誘因となったか分かったものではない。


 ただ、そんな彼女も部活――意外なことに弓道部――では1年ながらもしっかりして面倒見がよく、そのはかま姿を見るために入部した女子もいるとの噂。

 こっそりと女子のファンクラブまであるというのだから大したものだ。


 そんな他者を寄せ付けない唯我独尊を地で行く彼女だが、彼女にも数少ない話し相手は当然いる。

 そのうちの1人に俺が選ばれたのは光栄と思うべきなのだろうが、実は選ばれてもいないのだから文句も言えない。


 というのも――


「おう、ミツキ! どうだ、こいつの第57回妄想童貞浪漫馬鹿幻想童貞悲哀譚、聞かないか?」


「論外。そんな非常識で非生産で非衛生な話。聞いたら耳が溶けるわ」


「俺の話は公害か何かか!?」


「あははは! 凛雄の話は童貞臭いからな!」


「あんたは脳筋臭いから黙って」


「……凛雄、俺の嫁がいじめる」


「知るか」


 童貞臭いと言われて黙って助けるほどお人よしではなかった。


 そう、そしてこれが俺が美月と話すことができる最大にして最強の理由だ。


「い・い・な・ず・け! 嫁じゃないわよ! パパが決めたんじゃきゃ、誰があんたみたいな脳筋脳内お花畑論外ヤンキーなんかと!」


「おい、凛雄。お前のこと言ってるぞ。頭がお花畑だって」


「またまた。ヤンキーの陽明さん。脳みそが筋肉でできてるってよ」


「あんたら……ホント似た者同士の論外だわ」


 がっくりと音が聞こえそうなほど美月が肩を落とす。

 その時、彼女が両手に持ったトレーが見えた。女子に人気のメニュー、カロリーオフ豆乳ステーキ杏仁豆腐付き1380円。


 ここにも格差か……。

 しかし、金髪、ポニーテール、ツンデレ、弓道部、許嫁、お金持ちの父親。これに兄がいて妹属性もつくのだから、キャラ立てしすぎだよな、こいつ。


「ふん、まったくあんたらときたら――」


「論外」「だな」


 俺と陽明が言葉尻をとらえて笑う。

 すると美月は顔を真っ赤にして、


「馬鹿! もういい!」


 カツカツと靴音を鳴らして食堂の奥へ行ってしまった。

 ちなみに靴音が鳴るのは上履きではなくローファーを履いているからだ。


『上履きなんて論外、美しくない。第一生徒手帳には上履きに履き替えるだけしか書いてないわ。ならこれが私の上履きよ』


 という無茶苦茶な理論で教師たちを納得(脅迫?)させ、下駄箱で外履き用のローファーから中履き用のローファーに履き替えるという離れ業をしていたが誰も文句は言えず今に至る。


 閑話休題。


「おい、怒らせたぞ。いいのか、俺はともかくヨーメーは困るだろ」


「ったく、しょうがねーなー」


 頭を掻きながら陽明は体を横にして、独りテーブルに座った美月に呼びかける。


「ミツキー」


 呼ばれた美月が眉間にしわを寄せてこっち、もとい陽明を見る。


「愛してるぜー」


 1秒の間をあけて、陽明の顔面目掛けてフォークが飛んできた。

 それを悠々とキャッチした陽明は笑いながら、


「いやー、照れ屋だな、あいつ」


「それで済ませるお前、凄いよ……」


 半ば呆れつつも、本心から出た言葉だった。


 本来、陽明はこんな普通の学校にいるような奴じゃない。

 大学までエスカレーターの超名門校に入るはずが、親を説得してこの普通の公立にきているのだという。


 なにより父親のプレッシャーに周囲の期待、許嫁の存在。

 それらをすべて飲み込んだうえで、こうも陽気に笑っているのだ。


 そんなこいつと友達でいれることが、誇らしく思ってしまうのだった。


「お前、俺のこと羨ましいとか思ってるか?」


「な、なんだよいきなり」


 まさにそう思っていたので、心を読まれたのかと思い、どぎまぎしながら答える。


「ははっ、分かりやすいな。ま、容姿端麗、文武両道で偉い親がいて美人な嫁もいる俺なわけだから? そりゃ羨ましいと思われるなんてそりゃ当然だろうけど」


「それを自分で言えるのはある意味羨ましいけどな」


 こいつ以外がこれを言ったら確実に嫌われるだろうな。


「でもな。俺はお前が羨ましいよ」


「俺が?」


 容姿平凡、成績も中の下、運動神経も普通、名前も女っぽいし、働き者の親だけど一般的な家庭で、そこそこどころか嫁候補の1人もいない俺が?

 こいつが羨ましがる要素など1ミリも存在しないのは明らかなだが、それが良いと言うのだ。


「さっきの夢だよ。そんな夢を見るってことは、それだけ欲望があって、叶えたい夢があって、エネルギーがあるってことだからな。それにお前って結構一途じゃん? こうと決めたら一気にガーッっていうか。気に入らないものは気に入らない、そう言えるのって結構、アレだぞ」


「アレって……馬鹿にしてるだろ。それってカッとなりやすい短気な奴ってことじゃん」


「褒めてるんだよ。俺にはそれがない。決められた進路、決められた道、決められた結婚相手。夢をみることなど許されない」


「そういうもんか? お前ならなんでもできるじゃねぇか」


「俺が唯一決められたのはこの学校に通うことだ。本当なら大学までエスカレーターの堅苦しいエリート校に入れられる予定だったからな。俺の最後のわがままで最後の自由だ。ここでお前と知り合えたのは、本当によかった。お前みたいのがいて、俺が叶えられない夢を持っているてのは」


「陽明……」


 何かを得るためには何かを捨てなければならない。

 陽明にとっては、恵まれた生活を得たが、夢を見ることを捨てたということなのだろう。

 俺は初めて陽明に対して『不憫』という言葉を感じた。


「ま、だからこそ高校の3年間は好き勝手やっちゃうけどな!」


「は?」


「さって、今日の部活終わったら誰とあそぼっかなー。三田高のアンナちゃんか、坂上高のユリちゃんか。榊間高のエリハちゃんにスズカちゃんも捨てがたい。あ、でもやっぱり最近ご無沙汰の北高のミヨちゃんかな」


「お前、後で美月に刺されろよ!? 絶対だぞ! 愛憎乱れる昼ドラの主人公になれよ!?」


「大丈夫大丈夫。2、3回刺されても人間生きていけるさ」


 からからと笑う陽明だったが、俺は全く笑えなかった。

 刺すような視線を感じて視線を走らせると、遠くの席で美月が恐るべき形相でこちらを見ていたからだ。


 まさか聞こえてるわけないよな?

 あるいは女の勘か。


 ……うん、陽明の冥福を祈ろう。

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