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第3話 リヴァイヴァル

 ぴょん吉の強さは圧倒的だった。

 襲い掛かるオオカミをするりとかわし、すれ違い様に一撃を入れる。


 その長い手足がそれを可能にしているわけだが、それ以上にいつもの荒々しい態度とは裏腹に、垣間見える流れる舞のような動きに、俺は圧倒されて、かつ見惚れてしまっていた。


 さらに無駄のない流れる動きで蹴り上げたオオカミを、ぴょん吉は跳躍してさらに蹴り飛ばした。


 悲鳴をあげて、オオカミが吹っ飛び地面に激突するも、すぐに起き上がる。


 ぴょん吉も着地して、にらみ合い。膠着だ。


 息苦しい。

 下手に声をかけられないほどの緊張感。

 あるいはこれが次の一撃で勝負が決まるというやつなのだろうか。


 だが、その後の行動は予想外だった。

 にらみ合うオオカミは、突如、くるりと背を向けて、一目散に遠ざかっていく。


 それはつまり――


「逃げ、た?」


 あまりにも突然すぎるその行動に、理解がすぐに追いつかない。


「逃げたんじゃねぇよ。見逃してもらったんだよ」


「え? 見逃してもらった?」


 ぴょん吉がそんなことをいうものだから、思わず聞き返していた。

 するとぴょん吉は、キッとこちらをすごい勢いで睨みつけて、


「てめぇ、勝手に飛び出しただけでなく、俺様に全部押し付けやがってよ。お? ありゃそこらの雑魚じゃあねーぞ。俺様と互角、いや、もしかしたら上の、レベルだったかもしんねーんだぞ。そこらへん分かってんのかよ!」


「ちょ、ちょっと待った」


 いつものぴょん吉ならまだしも、今のバニーガール状態のぴょん吉に詰め寄られるのは、なんか圧倒してくるものがあってすごく怖い。

 どこがっていうわけじゃないけどさ。


「待たねぇ。つか、そもそも、だ! こっちに来て早々、切り札使うとかどういう了見だ、てめぇ! 切り札ってのは、ここぞって時に切って切り札だろうが! 一度帰らねーと、もう使えねぇんだぞ! それとも何か? 行って何の成果も得られずにすごすご帰れってことか? んなのモイラ様に色々言われるだろうが! つか帰れると思ってんのか? ここからゲートに戻るまでに、もう一回、アレと出会ったら終わりだぞ、この野郎!」


「わ、悪かったから。痛っ、ちょ。蹴る……な、ああ!」


 ぴょん吉がブーツで蹴ってくる。

 ヒールが食い込んで、超ピンポイントに痛い。 


「あ、あのー……」


「こうでもしねーと俺様の気が晴れねーんだよ! 変身が解けるまでのあと少し、てめぇで憂さ晴らしさせてもらうからな!」


 あ、マジでやめてくれ。

 ヒールでぐりぐりされると……なんか違うものが目覚めそうだ!


「あー、ほんとマジで信じらんねー! なんでモイラ様は俺様をこんな奴につけたんだよ、あー、もう!」


「えっと、あのー」


「大体だな。なんであっちのねーちゃんの方を連れて来ねーんだよ。あっちの方が、てめぇより万倍マシだろうが!」


「その、あの、あの!」


「あのあのうっせぇな! 言いたいことがあるならはっきり言いやがれ、男だろうが!」


「ひゃ、ひゃい! ごめんなさい!」


「あ?」


 ――と、俺以外の人間と話していたことにようやく気付いたぴょん吉が、俺をぐりぐりするのをやめて振り返る。


 ちなみに俺はさっきから何も言えてない。

 色んな意味で感覚が高ぶって何も言えなかった。


 そして俺をぐりぐり地獄から解放してくれたのは、もちろん。


「え、えっと……その、ご、ごめんなさい。助けてもらって、でも、えっと……」


 少女が、俺が助けようと必死になって守った彼女が、すぐそこに立っていた。


 よかった。無事だったみたいだ。


 彼女が無事であること。

 それが何よりも嬉しい。


「あー、あんたか」


「あの、その。助けてもらって、ありがとう、ございます? で、で、でもですね! で、できれば! いじめないでほしいな、って……」


「あ? いじめる?」


「そ、その。わたし、じゃなく、そこの、人をですね……」


「あー、いや。いじめてるわけじゃねーよ。ただ、ちょっとな」


「いや、でも。いじめてると……」


「だからいじめてねーって。つか、あんたにゃ関係ない話だろーが」


 あ、ヤバいやつだ。

 これ話がかみ合ってない。


 というより、会話のスピードが違い過ぎて、アインシュタインがびっくりするほどすれ違う。

 現にぴょん吉はイライラしているようで、いつ手が出るかもしれないと考えると、俺が割って入るしかなさそうだ。


「ちょ、ストッーープ! 2人とも、俺のために争わないでくれ」


「誰もてめぇのために争ってねーよ!」


「えっと、ちょっと違うかと」


 めっちゃバッサリ斬り捨てられた。

 いいもん。言ってみたかっただけだもん。


「はぁ……もういい。ある程度スッキリしたし。あとはそっちで話しとけば」


 ぴょん吉はため息をつくと、少女から視線を外してそっぽを向いてしまった。


 はぁ、なんとか一触即発は防げたか。


「あ、あの。本当に、ありがとうございました」


 と、改めて女の子が頭を下げてきた。


 つか、今まで必死だったからちゃんと見てなかったけど……ヤバい。可愛い。


 身長は俺と同じか少し低いくらい。

 片手でつかめそうなほどの小顔に、くりっとした瞳が印象的。

 髪の毛は茶系で、肩まで伸びる髪がふわっとカールしている。


 服装は今風ではなく、中世ヨーロッパ風といった感じ? の白いワンピース型。

 肩には紺色のストールを巻いており、それが織りなすV字の教会から白い肌の鎖骨部分が見えてるのがなんともエロティシズムを感じさせる。


 総じてヨーロッパの田舎娘、という感じなんだけど、それでも際立つ可愛らしさがあるというか。

 美月とかイトナとか、ぴょん吉が特にそうだけど、我が強いというかそういう系だったので、こういうなんかおしとやかっていうの? そんな感じの女の子を久しぶりに見たよ。感動した。


「えっと、どうしました?」


「あ、いや。なんでもない」


 じっと見られて驚かせてしまったようだ。


 うん、でもしょうがないよね。

 こんな可愛いんだもん。

 触っちゃダメかな。ダメだよな。でもちょっとだけなら……って、あれ?


 視界が勝手に動く。

 そしてそのまま少女の胸に飛び込んだ。


 ぽふっと、枕に受け止められたような感触。

 あぁ、天国。


「きゃ! ちょ、ちょっと!」


「おい、てめぇ。何してんだ! そんな出会った女を片っ端から手ぇつけようってのか!?」


 いや、違うんだ。

 そう言おうとしたが、口が動かない。


「あ……?」


 むしろ体が動かない。

 というか熱い――いや、寒い。


 背中から、何かがどくどくと流れ出てるような気がする。


 背中――あ、そういえば。

 さっき、あのオオカミに、ごっそり抉り取られたような気がする。


 それはつまり、さっきから大事な大事な命の水が漏れ出ているということで。

 それはつまり、どうしようもなく俺の命が危機に瀕しているということで。


「た、大変!」


「ちっ! てめぇ、怪我してんならさっさと言えよ! くそ、この傷……やべぇ!」


 俺の状態に気づいたのか、ぴょん吉が慌てふためいている。


 あぁ、それほどヤバいのか。


 じゃあ俺、死ぬのか。


「おい、てめぇ! 回復スキル持ってねぇのか!?」


 あるわけないだろ。

 つか、死にそうなのにスキルとか使ってられるかよ。


 あー、ヤバい。

 本気で動かなくなってきた。


「あ、あの……」


「あ? なんだよ! 今忙しいんだよ!」


「魔法、あります。その……回復」


「あー、そうかい。そりゃよかった。じゃあ忙しいからちょっと黙ってて……って、はぁ!?」


 ぴょん吉がノリツッコミするほど突然の申し出だった。


 回復、魔法?


「ちょ、お前。できんの?」


「あ、はい。えっと……多分」


「できるのかできないのか、どっち!」


「は、はい! できます!」


 ぴょん吉に急き立てられ、少女がもぞもぞと動く。

 何かをバスケットから取り出したようで、それは一本の棒、というかステッキか。


「あの、ちょっと痛いですけど。我慢してくださいね」


 痛い?

 いや、もう痛いかどうかも分からない。

 だからやるならさっさとしてくれ。


「じゃあ、いきますよ。えっと、天にまします我らが神よ。地にあふれる母なる大地よ。風に従う秘なる聖霊よ。我が願いを聞き入れ、力を貸したまえ」


 目を閉じ、ぶつぶつと言いながらステッキをぶんぶん振り回す。


 おいおい、危ないな。

 というかやるなら早くしてくれ。


 その思いが伝わったのかどうか。

 少女が目を見開いてこちらを見据える。


「今、かの者の痛みを永久とこしえの彼方へと葬り給え!」


 ステッキを大上段へと振り上げる少女。


 嫌な、予感。


「行きます! リヴァイヴァル!」


 そしてそのまま少女は、思いっきりステッキを振り下ろした。


 その直線上にあるものに。

 俺の頭に。

 頭頂部に。


 ガンっと隕石が降ってきたような衝撃。


 まさかだった。

 回復魔法とか言っておいて、俺を撲殺する機会を狙っていたようだ。

 魔法じゃなくて打撃だった。回復する気など、さらさらねーほどの、撲殺級の一撃だった。

 回復詐欺だ。


 もちろん、そんな打撃を受けた俺が無事であるはずもなく。

 もちろん、それに対して抗議を唱えられる状態であるはずもなく。


 俺の意識は、永久とこしえの彼方へ葬り去られた。

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