第10話 前へ
もちろん、限界は早かった。
だって俺、体育会系じゃないし! 帰宅部だし! ゲームとかで指先の筋トレしかしてないし!
イトナは外見通り、軽かった。
けどそれは人間として軽いというだけで、重量の最低保証値は存在する。
イトナの身長は俺より少し低い。150ちょいか。
どれだけ絞っても40キロとかだろう。
2リットルの水のペットボトルがそのまま2キロだから、それを20本背負って走っているようなものだ。
計算したら余計萎えたし、それでより走れるわけでもない。
『逃亡ヲ許サズ。大人シク排除サレロ』
機械音も無茶苦茶なことを言って来るし。
そして事態は悪化する。
「……ん。なにここ……って、えぇ!? ちょ、何やってんの!」
イトナが正気を取り戻したようで、急に背中で暴れだしたのだ。
「離して、降ろして、触んないで!」
「ちょ、ぜぇ……ぜぇ……暴れるな……追いつかれる」
「は? なにがよ」
「後ろ」
「ん?」
数秒の間。
そして、
「何あれ! ちょ、早く逃げる!」
背中をバンバン叩くイトナ。
めちゃくちゃだ!
この理不尽に抗いたいが、その元気もない。
「ちょっと、ダメ。ぜぇ、ぜぇ……もう、無理」
「無理じゃない! あんたリオなら諦めんな!」
そうは言われても動かないものは動かない。
それでも追いつかれたら死ぬわけだから、ひたすら足を動かすも、それも限界。
「あっ!」
ふらついていた足が絡まって運動エネルギーをゼロにした。
だが移動エネルギーはまだ残っていたわけで、
「ぐぇ!」「きゃっ!」
要は倒れた。
死ぬときは前のめりとかいうけど、そんなことはどうでもいい。
「ちょっと! 痛いじゃない!」
「んなこと……ぜぇ、言ってる……ぜぇ、場合か!」
まだ呼吸が収まらないまま、イトナの無理難題に抗議する。
だがもう止まってしまった。
つまり奴が来る。
『排除シマス。逃ゲルハ見苦シイ。大人シク死ヲ迎エナサイ』
なんで機械に説教されなきゃいけないんだ。
「ちょ、ちょっと! あんた何とかしなさいよ! 時間掌握は!?」
「だから俺は違うって!」
とは言うものの、本気でそのスキルが欲しい。
鎌を持った死神のロボ。
そんなやつに殺されるなんて、本当に悪い冗談と思いたい。
だが、これは紛れもない事実。
全身を覆う疲労と、倒れた拍子に擦りむいた手の痛みが現実だと訴えかけている。
俺はここで死ぬ。
訳の分からない異世界で、訳の分からない死神に殺される。
こんな理不尽。あっていいわけがない。
けど抗いたい気持ちはあるものの、あの鎌を見ればそんな気も萎える。
何をしたところで、あの鋭利な銀色は俺を切り刻むだろう。
「痛っ」
ふと、お尻に何か当たった。
なんだろうと思ったが、そうだ。ブラスターだ。
拾ったイトナのもの。
逃げるのに必死で忘れていた。
けど、これでどうにかなるのか?
俺はもちろん銃を撃ったことはない。
イトナに渡して狙ってもらうかと思ったけど、疲労困憊の彼女にそれをやらせるのは酷だろう。
なら。
迷いは一瞬。
ポケットから引き抜いたレーザーブラスターを、襲い掛かろうとする死神に向ける。
そして引き金を引いた。
幸い、相手との距離はそうない。
反動もなく、発射の実感もないままに、レーザーが空を裂き、死神の胴体に命中した。
だがそれだけでは致命傷にならないのか、死神は猛然と距離を詰めてくる。
「うああああああああ!」
半ば恐怖心に駆り立てられてブラスターを乱射した。
そのほぼ全弾が死神の胴体に吸い込まれ、そして、
『ガッ……ガッ……排除、ハイ…………』
スラスターの推力がなくなり、その場でその巨大な重量ごと落下した。
ドスンと派手な音と砂埃をあげた死神は、その場でピクリとも動かない。
バチバチと、電気系統がスパークする音。
爆発しないよな……?
「倒した……の?」
「……ああ、そうみたいだ。けど、念のため距離を取っておこうか」
「ン……」
スマホを取り出し、操作する。
その最中もイトナは動こうとしない。
「おい、早く行こう」
「おぶって」
「は?」
「歩けないの! だからおぶって!」
いや、子供かよ。
「俺も体力の限界なんだけど」
「だから? この変なの倒したあんたならいけるでしょ」
「それとこれとは……」
「なに?」
「なんでもないです」
はぁ仕方ない。
今度は急ぐ旅でもないし、ゆっくり行けばなんとか持つだろう。
決して怖かったから屈したわけじゃないからな。
それと、また密着に夢見ちゃったからじゃないからな。
というわけで再びおんぶで歩き出す。
意識は背中に全力で集中したいけど疲労――特に精神的な疲労でそれも叶わない。
「てかあんたもブラスター持ってるなら早く出しなさいよ。けどこれで証明されたわね。あんたはリオ。やっぱりそうじゃない。あたしの目を欺こうったって無理なことよ。でもあれなんだったのかしら? 地球の新兵器? 変なデザインだったわね。で、ここはどこなの? どこかの惑星?」
などとぺちゃくちゃ喋るイトナに辟易していた。
答えるにも体力を消費するので、おうとか、ああとか、んんとかしか返せない。
てか元気じゃねぇか。歩けよ。
「それにしてもあたしとしたことが迂闊だったわ。あんなのに驚いて、レイレイなら一発なのにね。ん……あれ!? ない! ないのよ!」
「何がだよ」
「あたしのレイレイ! 置いてきちゃった! 戻って!」
いや、戻ってって……。
レイレイってあのレーザーブラスターのことか。
あれ、そういえば。
立ち止まってポケットに入れていたブラスターを取り出す。
「これ。返す」
「ん、返すって……あぁ! このグリップの握り心地、照準のカスタマイズ、まさにレイレイだわ! ……てかあんた、なんであたしのレイレイ持ってるのよ! てか! エネルギーが空! あんた何したの!」
「痛い痛い! それと暴れるな!」
銃のグリップ部分で頭を連打される。これ、超痛いよ?
「この盗人! 盗賊!」
「いや、それどころじゃなかったし、あとで返そうと思って……」
「あとで返そうと思っても、黙ってたならそれはもう盗人よ!」
無茶苦茶な。
……いや、正論、か。
「うぅ、てか全部使い切ることないじゃない。あんなのヘッドショットして終わりにしてよ。太陽光の自然充電ってすごい時間かかるのに……レイレイが使えないって」
「分かった分かった。その間は俺がなんとかするから」
「盗人で貧弱で役立たずのあんたが何を言うの」
ぐっ、そこそこ勇気出しての発言なのに、こうもばっさりと切り捨てるとは。
可愛くないやつ。
あの夢の世界ではあんなにいい感じで、頼りになる相棒だったのに。
「で? どこに向かってるの?」
再び歩き出すものの、それは俺が聞きたい。
「え、もしかしてどこに向かってるのかも分からないの? 盗人で貧弱で役立たずの上に迷子!?」
「うるさいな。一応当てはあるんだよ」
そう言ってスマホを取り出す。
そして起動するのは例の『女神デバイス』とかいうアプリ。
そこのトップページにある俺のパラメータ。
その横に縦に並ぶアイコンがある。
それはどうやらメニュー覧を示しているようで、上から『ホーム』『スキル』『ガチャ』『メモリー』そして『マップ』の5つがあった。
開くべきは『マップ』のアイコン。
その中には、一枚の地図。上部には『死の世界』というタイトルが。
中央に丸いアイコンがある。
これが俺の現在位置だろう。
そこから東西南北に地図が広がっている。
縮尺がないから分からなけど、それなりに距離がありそうだ。
とはいえ、周囲はほぼ荒野で代り映えのしない土気色が広がるばかり。
その中。
画面の左上、つまり北西の方に明滅する丸が表示されていた。
それが何かは分からない。
けど、何かはある。
この荒涼とした地平の中にある何か。
そこを目指すしか、俺たちに未来はない。
そう感じていた。
けど、それをイトナに言ったところで、
『なんでそんなの分かるの?』
ってことになりそうだから黙ってたけど。
逆効果だったか。
てゆうか出発前に見た俺と光点の位置関係はほぼ変わってない。
これ、もしかしてめっちゃ遠い?
そう思うと暗澹たる気持ちになる。
こんなところで水も食料もなく生きていけるのか。
今日はぎりぎりなんとか持つとしても、最悪明日には……。
いや、なる。
為せば成る。
やらなければ、生きられない。
確率が数パーセントもなくても、やらなきゃ0パーセントだ。
だから進む。
イトナに何を言われようと、俺はひたすらに。