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第1話 独立密閉型実験施設『ソドム』

 激しく耳を打つサイレンの音。

 通路を赤く染める、明滅する明かりが焦燥感を高めていく。


『緊急事態発生、緊急事態発生。ターミナル9に侵入者発見。侵入者発見。ただちに排除せよ。排除せよ』


 合成音声が無慈悲に警告を発する。

 侵入者である俺からすれば、この上ないほど気の滅入る表現だ。


 幸い追っ手はまだ通路の影から姿を表していない。

 だがいつ完全武装した警備隊が来るかと思うと気が気でないのも確か。


 全身を包む、身を守ると同時、それがそのまま武器となるアーマードスーツの具合をチェック。

 大丈夫だ。これなら敵が来ても問題ない。


 俺は背後にうずくまる人物に声をかけた。


「まだか、イトナ?」


「今やってるでしょ……えっと、ここがこうなってるから……」


 ドアにとりつく少女――イトナ・シラトリは手元のコンソールをいじくりながら、甲高い声で反論してくる。


 赤みがかったセミロングの髪を後ろでまとめ黒のレザージャケットを羽織った姿は、胸元の断崖絶壁と合わさってよく男に見間違えられるが、歴とした女性だ。


 歳は俺の1個上の16歳。

 一応本人も気にしているのか、腰に布を巻いてスカートのようにしており、ホットパンツから伸びる脚には黒のニーソックスとブーツを組み合わせて女性らしさを演出しているのだけど。


(これで黙ってれば可愛いんだけどな……)


 見た目以上に性格が可愛くない。

 こんなことを口にしたら最後、彼女愛用のレーザーブラスター銃『スター・レイザー(愛称:レイレイ)』でハチの巣にされる未来が待っている。

 彼女の射撃の腕は確かなのだが、こうしてハッキングとかの仕事の方が本職だったりするのだから何と言ったらいいか……。


 再び沈黙が流れ、2分が経つ。

 イトナの手元のコンソールが電子音を発すると、それまでかたくなに行く手を遮っていた鉄扉が、溶けてしまったかのように消えうせた。


「開いた! あたしって天才!」


 イトナが自慢げにガッツポーズして自分の功績を誇るが、それに付き合っている時間はない。


「よし、じゃあさっさと脱出艇のところに行くぞ」


「なによ、あんたの相棒が頑張ったんだから、ちょっとは怖れ敬いなさい!」


「はいはい、すごいすごい」


「むむー、心がこもってない!」


 はぁ、本当にめんどくさいやつ。

 こいつはこの状況を分かってるのだろうか?


「いいか? やっこさんらは、俺たちの奪ったディスクを奪還しようと躍起になってる。さっさっと脱出艇を奪って逃げないと、ここで終わりだぞ?」


「はいはい、わかってますー。あたしだって伊達や酔狂で反政府組織のエージェントなんてやってないですー」


 地球統合政府に対し破壊活動を行う反政府組織『グレゴリウス』のエージェント――簡単に言えばテロリストが、まさかこんなお子様だとは、政府も思っちゃいないだろうな。


 嘆息する、その瞬間。

 視界の片隅に、何かが動いたのを発見した。


「イトナ!」


「きゃぅ!」


 イトナの体を抱きしめて横っ飛び。

 倒れた背後を、無数の超高温のレーザービームが通過していく。


「ふぅ……」


 あのまま突っ立っていれば、確実に俺たちの体は穴だらけになっていたことを考えると、危ないところだった。


「大丈夫か、イト――」


 上体を起こして視線を下に戻す。

 頭でも打っていないかと思ったのだが――


「――――っ」


 顔を真っ赤にして、俺を睨みつけるイトナを発見して、俺はようやく状況を理解した。


 起き上がろうと俺がついた腕が、弾力があるとは言い難い、大きくはないイトナの胸部をわしづかみにしていた。

 何よりイトナのマウントを取っている状態。

 傍から見れば、完全に危ない奴だ。


 はい、つまりお約束。


「ぐぁ!」


 真下からのアッパーが入った。


「この変態! 馬鹿! エッチ!」


 さらにボディに数発入って悶絶。

 イトナの上から転がり落ちる。


「お、お前……状況分かってんのか……そんなことよりだな!」


「うるさい! あたしの胸をそんなことって言うな! 素っ裸にひん剥いて、外に放りだすわよ!」


 彼女の言葉に冷や水を浴びせられた気分になる。


 部屋の外に放りだす、と言っても言葉通りのことだけじゃない。

 この壁の向こうにあるのは、生ある者を拒絶する死の空間――宇宙空間が広がっているのだ。


 耐圧性のスーツなしで放り出されれば、どうなるかは説明するまでもないだろう。

 想像しただけで身の毛がよだつ。


 そう、ここは衛星軌道ステーション『TOKYO170』の同軌道上に存在する、政府直下の独立密閉型実験施設『ソドム』。

 そこに侵入してマザーデータにハッキングしてデータを入手したというのに、そんなくだらない死に方はしたくないと思う。


 それにしても過激が過ぎるんじゃないか?


「お前な、命の恩人に対して……」


 と、俺の抗議を無視して、すっとイトナが腰に下げたブラスターを引き抜くと、こちらに向かって狙いを定め――


「お、おい……」


「うるさい!」


 狙いは俺。

 引き金が絞られ、超高温の光線が俺の額を――


「ぎゃあ!」


 貫くことはなかった。

 けど頬がちょっと熱い。


 振り返ってみれば、完全武装した警備隊の1人が倒れていた。


 いつの間に……。


 イトナが射撃で倒さなければ、俺が背後から撃たれていたに違いない。


「これでチャラ……ううん、アジトに戻ったらあと5発殴る!」


 ご立腹のイトナに口答えするのは愚策だと経験で分かっている。

 殴られるのが確定している以上、なんとなく帰りたくないような気もするけど、やっぱり生きてこそだ。

 イトナや、アジトの皆とまた暮らせるのであれば、それくらいは享受しよう。


「ちっ、完璧に陣取られちゃってる」


 イトナが壁から目をのぞかせて奥を見る。

 どうやら通路にバリケードを張って、こちらにレーザーブラスターを発射して来ているようだ。


 こちらもイトナが撃ち返すが、物量が違う。


 こうやって時間を稼いで、背後から来る援軍と挟み撃ちにしようという魂胆だろう。

 だからここで手間取ってる場合じゃない。


時間掌握じかんしょうあくを使う」


「本気? 今日2回目でしょ?」


 イトナが疑わし気に、若干心配のスパイスを混ぜた視線を向けてくる。


 時間掌握。

 俺が今着ているアーマードスーツに内蔵されたシステムで、アンプルの投薬により脳の情報処理速度が上げつつ、システムによる自動回避システムと動作補助システムにより超高機動戦闘を可能とする。


 簡単に言えば、薬とマシンのドーピングで相手より素早い行動が可能になると言っていい。


 もちろん人間の肉体を無視した動だから人体への反動は激しい。

 一度使用すれば、嘔吐や筋肉痛はまだマシな方。

 筋肉断裂や骨折、最悪の場合、脳が熱暴走して脳死状態になるのだから、もう人間の尊厳なんて超越した悪魔のシステムだ。


 だが、それが強力であることは間違いない以上、俺はこのスーツを着用して任務に挑む。

 それによって任務成功率があがり、生きて帰れるなら少しの苦痛なんて我慢してやろうってもんだ。


 ただ、このアーマードスーツを開発した博士が言うには、1日の使用回数は2回までと決められていた。


 今日はここに来てすでに2回使っている。

 動作保証範囲外の3回目ともなれば、何が起きるか分からない。


 だがここで発動せずにいればじり貧だ。

 背後から迫りくる敵の増援に挟まれて死ぬしかない。


 なら、3回目に賭けた方が生存性は高い。

 最悪、俺がダメでもイトナが無事脱出できればいいと思ってる。


 ちょっとは惚れた女の前で格好つけたい、というのもあるだろう。


「大丈夫だ、イトナ。せばる」


「…………分かった。あんたがそういうなら、もう止められないでしょ」


 為せば成る、という言葉を聞いたイトナが呆れたようにつぶやく。


 行動すれば結果はどうあっれ達成できる。

 逆に行動しなければ達成することすらできない。

 だから行動した方がいい。


 昔、親父から聞いた言葉で、妙に気に入っていた。


 それがまさに今の状況を表している。


 今、ここで行動しなければ、俺も、そしてイトナも死ぬ。

 だから行動する。

 行動せずに黙って、死を受け入れるつもりはない。


 だから――


「時間、掌握!」


 使う。

 成すために。


 瞬間、体全体を巨大な手で握られたような圧迫感が襲う。

 だがそれも一瞬。


 すぐに不快感は通り過ぎ、意識は鮮明に、視界はクリアになる。


「ちょ――――」


 イトナの声が止まった。

 いや、遅くなったのだ。


 視界に映るもの、すべてが遅い。

 光速で移動するレーザー光線も、触ればつかめそうなほどに遅い。もちろんそんなことしないけど。


 だから、いける。


 床を蹴った。


 筋肉も強化されてスーツにより増幅されているから、ジャンプ力もあがっている。

 ここが宇宙にある施設の独立した外周部ということから、人口重力の効きが弱く低重力というのも手伝っている。

 1つのジャンプで5メートルほどの高さの天井にぶつかった。


 そこから姿勢を直して、足で蹴る。

 中空にあるビームに当たらないよう壁を目指して宙を飛ぶ。


 そこから壁、床、壁、天井と縦横無尽に通路を跳ね回るように動きながら、敵との距離を詰める。


 敵の武装兵は5人。

 こちらに気づいていないのか、まだイトナがいる方のドアへ向かってブラスターを連射している。


 だからその一番手近にいる武装兵の胸板を、移動の慣性のまま蹴り飛ばした。

 ばきっと、何かが砕ける音。

 武装兵は血反吐を吐いて後ろへ吹っ飛ぶ。


 そこで時間掌握が切れた。


 もう少し欲しかったが、敵の懐に飛び込めただけで十分。

 あとは強いものが生き残る。


「……え?」


 隣にいた味方が吹っ飛んだことに疑念を抱いた武装兵がこちらを見る。

 その目が俺を捉えたかどうかわからない。

 俺が顔面に思い切りパンチをくれてやったからだ。


 ヘルメットが陥没して、武装兵はまだブラスターを連射する味方を巻き込んで吹き飛ぶ。

 時間掌握がなくとも、硬質なアーマードスーツをもろに食らえばヘルメットくらい打ち抜く。


 敵の態勢が崩れた。

 そこへ追い打ちをかけるように前へ。


「――ぐっ!」


 途端、体中を炎に巻かれたような痛みが駆け巡る。

 時間掌握の反動か。


 だがここで止まっていられない。

 止まったら殺される。

 そうしたらイトナも殺される。


 それはとても残酷なことで、許されることではない。


「うぉぉぉぉぉ!」


 雄たけびをあげて、無理やり体を動かす。

 吹っ飛んだ武装兵を受けて態勢を崩した1人が、慌てた様子でこちらにブラスターを向けてくる。


 遅い。


 右手を思いっきり伸ばして、相手のヘルメットをつかむと、そのまま壁へとたたきつける。

 ヘルメットは割れなかったが、かなりの衝撃だ。中の人間は昏倒しているだろう。


 続いてそのすぐ横にいたもう1人の脇に左足で蹴りを入れた。

 メキメキ、と体がきしむ音。


 そのまま俺は体を横に回転させ、後ろ回し蹴りの要領で、右足のかかとから敵の胸に思いっきり蹴り飛ばした。


 これで4人。

 残りは――


「この、なめるな!」


 最後の1人がこちらにブラスターを向ける。

 俺は無駄に大技を使って態勢が崩れている。

 対して相手はあと引き金を引くだけ。


 まずい――


「がっ!」


 引き金を引くだけで俺の人生を終わらせるはずだった相手の、胸元を一本のラインが貫き、相手の動きを永遠に止めた。


「ったく! 無茶する!」


 イトナだ。


 ブラスターを構えながら、通路をこちらへダッシュしてくる。


 助かった。


 そう言おうと思ったが、声が出なかった。

 口が震えてまともにしゃべれない。

 手も足もしびれたような痛みで、指一本動かない。


「……お……あ」


「しゃべんないの! あぁ、もう汚いわね! ほら、口を拭く!」


 イトナが取り出したハンカチで口をぐしゃぐしゃと拭かれる。


「これ栄養剤。効くかどうかわかんないけど、何もないよりマシでしょ。ちくっとするから我慢ね」


 イトナが取り出した小さな箱は注射器型の栄養剤だ。

 空気圧で体内に注射するもので、首元に当てられた直後、プシュッと小さな音と共にちくっとする痛みが来て、体が少し軽くなった気分だ。


「……助かった、イトナ」


「ふん、無茶されたら私が困るのよ。……守ってくれたからいいけど」


 少しはにかむようにイトナが言う。

 健康的な白い肌に、ほんのりと赤みが差し込んでいた。

 それがどこか神秘的でエロティシズムを感じさせるような姿を感じさせた。


「何笑ってんのよ、気持ち悪い。ほら、離れなさい。そんなに元気ならもう大丈夫でしょ」


 イトナに体をはがされ、その温かみが消えるのが惜しい。

 まぁいいや。

 脱出すれば、何度でもチャンスはある。


「さ、行くわよ。ここを抜ければ脱出艇があるはず」


「……ああ」


 脱出艇のあるスペースポートは、広々とした空間だった。

 とはいえこれでもスペースポートとしては小さい部類だろう。

 なにせ部屋の中央にある小型の脱出艇1つだけなのだから、これで十分ということなのだろうか。


「……? 何か今揺れなかった?」


 イトナがいぶかし気に聞いてくる。

 別に感じない――いや、来た。地震か。ありえない、ここは宇宙空間だ。


『ブロック3にて火災発生。火災発生――』


 警報が鳴り響く。

 同時、感じていた重力が消えた。


 体が浮き上がりそうになるのを、足裏のマグネットで耐える。

 どうやら重力発生装置が完全に停止したらしい。

 今この場は無重力になる。


「ちょっと……ブロック3って、爆薬を仕掛けてないわよ!?」


「俺たちを逃がすくらいなら、爆破するくらいのことはするさ」


「なんてこと……ここには研究者も一般職員も大勢いるのに!」


「それが政府のやり方だろ。だから俺もイトナもここにいる」


「……そうね。そうだったわ。政府の汚いやり口を暴いて正義の鉄槌をくらわす。そのためにあたしたちはいるんだわ」


「なら……さっさとこんなところは出よう。主義主張の話はそれからだ」


「ええ。減圧もエアロックの解放も脱出艇の中で出来るはずよ。行きましょう」


 と、イトナが脱出艇に向かって床を蹴ったところで、


「いたぞ!」「脱出する気だ!」「撃ち落とせ!」


 武装兵の追っ手だ。


 まずい。

 今、脱出艇に乗り込めば確実に撃ち落とされる。

 エンジンの起動からエアロックの解除をしている間は動けないからいいまとだ。


 仕方ない。


「行け、イトナ!」


「でも……きゃ!」


 イトナの体を脱出艇の方に突き飛ばす。

 無重力の中を慣性に従って脱出艇へイトナが飛ぶ。

 逆に俺は反動で壁に向かって飛び、廊下に向かって取り出したブラスターを連射する。


 イトナほどうまくはないが、それでも1人を倒した。


「イトナ、出せ!」


 脱出艇にとりついたイトナに向かって叫ぶ。


「でもまだ――」


「死ぬぞ!」


 一喝する。

 イトナは青い顔をして扉を開けて脱出艇に乗り込む。

 しばらくしてブースターに火が付いた。


 エアロックを解除している時間はない。

 武器がついていれば、それで破壊して外に出るしかない。


『急いで!』


 外部出力のスピーカーからイトナの声が響く。


「脱出艇が!」「行け! 逃がすな!」


 その声を聞いてか、武装兵も焦ったように突撃してくる。

 俺はそれに向かってブラスターを連射して、思いっきり壁をけって脱出艇の方へ流れる。


 敵の突撃が鈍る。

 そこへ宙を流れながらブラスターをさらに連射。


 そこで2つの出来事が起きた。


 1つは幸か不幸か分からない出来事。

 もう1つは確実に不幸な出来事。


 幸か不幸か分からない出来事。

 天井と右手にあった壁が爆発したのだ。


 それによって敵の追撃が緩んだ。

 通路の方でも爆発があったから、すぐに追ってはこないだろう。


 それがなぜ幸か不幸か分からないのか。


 答えは簡単。


 炎が出るも一瞬、すぐに炎が消えた。

 そして右手に体が何かに引っ張られるような感覚。


 穴があいたのだ。

 壁の一枚向こうは宇宙空間。

 そこへ向かって、水洗便所の洗浄ボタンを押したように、すべてのものが流されていく。


 そして、確実に不幸な出来事は――


「ぐっ!」


 わき腹に熱した鉄棒をねじ込まれたような痛みが来た。

 撃たれたのだ。


 あと1秒。

 それがあれば、脱出艇のハッチに取り付けたはずの時間。


 それが撃たれたことにより、動作が遅れた。


 その2つの出来事が合わさって、起きたこと。


 それは、間違いなく不幸なことだ。


 体が動く。

 慣性の法則に従って動くなんて優しいものじゃない。

 滝つぼに落とされたような、上下も何もない滅茶苦茶な空間。


『リオ! リオ! 返事を――』


 声が聞こえた。

 少しがさついて聞こえるのは、外部スピーカーだからか。


 声が聞こえなくなった。

 いや、音がなくなった。

 空気が消えたのだ。


 リオ。

 あぁ、そうだ。

 俺の名前。


 いや、違う。

 俺の名前はもっと違う感じだ。


 けど、ここではリオ。

 反政府組織のエージェントで、イトナのパートナーで、友達以上恋人未満で、辛くとも充実した毎日を過ごす男だ。


 だから脱出艇に乗って、みんなのところへ帰らなくちゃ。

 イトナと一緒に……あぁ、そうだな。そろそろ告白でもしてみようか。

 そうしたら、あいつはどんな顔をするだろう。なんて顔をするだろう。

 ちょっと怖いけど、見てみたい気がする。


 だから――生きなきゃ。


 もはや視界もなく、生きているのか死んでいるのか分からない状態。


 そして終わりはすぐに来た。


 黒。無。死。


 そして――墜ちた。


 ピピピピピピピピピピ。


 いや、音が来た。


 重力がある。足先から脳に向かって重さを感じる。

 地面がある。背中にひんやりとした板張りの感覚。

 空気もある。すっと吸い込むと肺に活力を送ってくれる。

 音もある。相変わらずうるさく木霊する電子音。

 温度もある。暑い、ほどでもない温かな気温。

 光もある。窓から差し込む陽光が開いたばかりの眼に突き刺さる。

 そして、見知った天井がそこにあった。


 俺の部屋……。


 視線を横にずらす。部屋にセットされた姿見に映るのは、ベッドからずり落ちたさかさまの格好の少年だ。


 髪の毛は寝ぐせでぐしゃぐしゃ。筋肉質でも肥満でもないきゃしゃな体。

 もちろん研究所に忍び込む工作員でも、敵をバッタバッタとなぎ倒す超人エージェントでも、美人をはべらせて良い格好しいのイケメンでもない。


 うるさく鳴り響く端末も超常的な力を発生させる装置ではなく、ただのスマートフォンの目覚まし機能。


 そう、ここにいるのは全国に何百万人もいる高校生、ただの学生だ。


 それが意味することは1つ。


「夢オチなんてありかよぉ!」


 それが俺、高杉凛雄たかすぎりおの日常だった。

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