私を傍に置いてよ
傷を誰かに見られるのは好きじゃない。
寧ろ死ぬほど嫌いだ。
強い姿を保ちたい。誰にも自分の格を落とさせたくない。
誰一人寄せ付けずに生きてきた。そうしないと生きていけなかったからだ。
親も家も金も何もない、ただただ冷え切った世界で生きてきた。
弱いところを見せれば誰かに殺される。そんな生活。誰も俺を救ったりしない。俺だって誰かを救うつもりなんてない。
それが、俺の人生なのだから。
ライラが去っていく気配がする。彼女が扉の前からいなくなったことを察したガーナットは思い切りため息をついた。
もちろんライラに対してではない。
彼女に対しつっけんどんな反応をした自分に対してのあきれと嘲笑だった。
「馬鹿が……」
自分を呼び、心配してくれた声色は若干恐怖に沈んでいた。こう見えて勘は良いほうなのだ。
アイツはただ純粋に看病しようとしてただけだし、彼女が悪意のかけらも持っていないことくらい知っていたはずなのに。
何度目か知らぬため息の後、上裸に、血のにじんだ包帯が巻き付いている様を鏡で見る。
「……怖がられるよなぁ、こんなんは」
ライラはおそらく頭のねじが飛んでいるのだろうけれど、それでもゼロ部隊の人間レベルまでではない。
こんな獰猛な姿、よりによってライラに見られたくないのだ。キリカやパクならば見慣れているだろうし、ぶっちゃけどういう反応をしようがどうでもよい。
しかし、ライラにだけは。
「俺、こんな女々しい人間だったかぁ?」
もともと殺した人間の眼球しか興味がなかったはずなのだが、いったい俺はいつからあの女学生に執着を見せるようになったのだろう。
今頃、殺した警官たちの眼球を愛で、ホルマリンに丁寧に納入するはずだったのだが、体がだるいし気分も落ち込んでるせいかやる気すら起きない。しくって肩と腹部に被弾したせいでもあるが、それでもどうにもライラの顔が気になって仕方がないのだ。
恐れられるのではないか。
ずいぶん臆病になったものだ。
「……腹、減ったな」
聞いたところによれば、ライラが雑炊を焚いてくれたらしい。最悪だ、ライラと顔を合わせたくないだけだったから、部屋の前にでも置いておいてもらえばよかったのだ。
頭すら回っていないのか俺は、とガーナットは自室を出、ライラの部屋に――ではなく、会議室で庶務にあたっているであろうパクを訪ねることにした。
「……で、ライラ殿から雑炊をもらって来ればよい、と?」
「行って来いよ。で、さっさと飯よこせ」
パクは面倒くさそうという表情を隠さないまま、眉間にしわを寄せている。後ろにいるもう一人の幹部のクロダは目を瞑ったまま、起きてるかどうかわからないままである。
「あなたが行けばよろしいのでは? ライラ殿は見かけで判断するタイプの人間ではないと存じておりますが」
ああ見えてもライラ、貴方に懐いているんですからと分かり切ったことをのたまうパクに苛立ちが加速していく。
「怯えんだろ、アイツは」
血なまぐさい臭いに、戦闘直後特有の駄々洩れの殺意。か弱い心臓の持ち主なら、覇気だけで失神する程のものであるのだ。
「はぁ? だったら彼女がこの組織に長らくいるはずないでしょうに」
ひどく心外な態度をとるパク。どうやら本当に代理してくれる様子はないようである。
「テメェ、後で覚えてろよ」
「逆切れですか。……そんなに彼女に怖がられるのが怖いのですね」
パァン、と会議室の一角の椅子がはじけ飛んだ。
ガーナットの蹴りが炸裂し、背もたれが破損した椅子が騒々しい音を立てて地面に倒れる。
「喋んな。殺すぞ」
「図星、ですか。しかし私を殺せば、悲しむのはライラ殿ですよ」
「あの女を担保に使うんじゃねぇよ」
ひるむ様子のないパクを背に、会議室の扉を乱暴にこじ開け外に出る。
「……素直じゃないですね、貴方は」
背中越しに聞こえた彼の独り言を黙殺し、ガーナットは扉を閉め、銀色の髪をかき上げた。
彼女の自室の前に立つ。先ほどとは逆の立場になった。
考えるより先に体が動き、ガンガン、と乱暴にノックする。
考え始めたら、自分らしからぬマイナス思考に脳が支配される気がしたからだ。
『ひう!』
色気も減ったくれもない変な声が向こうからする。肩が跳ね、小動物の如く飛びあがる姿が容易に想像できた。
「俺だ。ガーナットだ。雑炊寄越せ」
『え、ガーナット?』
ガチャリと扉が開き、するりと彼女が飛び出してきた。ガチャンとすぐに閉ざされたため、部屋の様子は見られなかった。
心臓が嫌な音を立てる。
どんな反応をされるのか。
ライラはチラリと上目遣いでガーナットを見――やがてひゃ、と声を漏らした。
……やはり、こんな姿じゃ怖いか――。
「ふ、服を着てください! 破廉恥です!」
「……」
両目を手で覆っているものの、中指と薬指の間が開いており、自分の包帯まみれの上半身にくぎ付けになっている。耳まで赤い始末。
「……傷じゃねぇのかよ。着目する点は」
「え、あ」
すっかり失念していたらしいライラの表情が不安げに揺れた。
「す、すみません。……確かに、私じゃ治療できそうにないですね」
痛くないですか? とライラの華奢な掌が、筋肉の形を現した包帯を撫でる。くすぐったい、彼女らしいおどおどした触れ方。さわさわ、と包帯を指でなぞり、はわわと感嘆か何かを漏らしている。
というか、くすぐったい。もぞもぞするような、今まで経験したことのない感触。
「あまり触んなよ」
「ご、ごめんね。……あと、雑炊、私食べちゃった」
ウルウルと瞳が揺れるライラ。まるで自分がいじめているようじゃねぇかとガーナットは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるしかない。というか、食べる速度早くないか? まだ彼女が尋ねてきてから五分も経過していないはずなのだが。
「しゃぁねぇ。邪魔したな」
「あ、待ってくださいガーナット! おつくりします! だからちょっと待って!」
「別にいい。我慢できねぇほどじゃない」
「お腹は減っているんでしょ? ご飯食べたほうが回復早いですよ! ね!」
すっかり回り込まれて両手を合わせて懇願されたらさすがに断れない。しかも自分は一回無情に彼女をはねつけた前科があるのだ。
「……食堂に行くか」
「そうですね。ごめんなさい、ガーナット」
「最初いらねーっつったのは俺だからな。責める訳ねぇだろうが」
そう自分なりにフォローしながらライラを見――気づけば口にしていた。
「お前、疲れてたりしねぇ?」
「え」
ライラがぴたりと足を止める。
「何でそう思うんですか、ガーナット」
「いや……なんとなく」
何故そう感じ取ったのかはわからないが、なんとなく、ライラが摩耗しているように見えたのだ。
ライラがジッとその美しい眼球でガーナットを見つめ返す。純粋無垢と言う表現は、まさしく彼女のために使われるのではないかと見違うほどに、澄んだ瞳。
「私、疲れてるように見えましたか?」
「……勘違いならいい」
食堂は電気が落とされていた。てきぱきとライラはスイッチを入れ、端にかけられたエプロンを手早く身にまとう。
「ガーナットはそこらへんで楽にしててください。すぐに作りますから」
「あぁ」
台所へ引っ込むライラ。ガーナットは適当な席に腰を据え、頬杖を突きせかせかと動く彼女の背中を見やる。
鼻歌交じりに手早く雑炊を作ったライラは、水入りのコップとともに机に置いた。
「どうぞ! 召し上がれー!」
「あぁ」
ぶっきらぼうに金属製のスプーンを手に取り、卵や細切れの肉が混ざった雑炊を掬い、一口飲みこむ。
「美味しいですか、ガーナット」
「悪くねぇ」
病人と勘違いしているのか味付けは薄い。けれど、どこかほっとする味だった。インスタントとは違う、人肌の温かみを感じられる料理。
「こういう時は美味しいって言ってくださいよ~!」
「……うまい」
「及第点です」
がつがつと雑炊を掻っ込み、水を飲む。想像以上に腹が減っていたらしい、あっという間に皿は空になってしまう。
「すみません、貴方が子供の頃に食べたものより多分美味しくないでしょ?」
「……ガキだったころなんざ食ったことねぇよ、こんなもんは」
悲惨な幼少期を送ったとは思わない。誰かに哀れまれる筋合いだってない。今いる俺以外の俺など、俺じゃぁないのだから。
ライラは察したのかわからないが、そうなんですねーと流すだけに留めていた。
「……次」
「お代わりですね~!」
皿が回収され、ほどなくして同量の雑炊が出てくる。先ほどまで食欲などほとんどなかったのに、このような美味しそうな料理を出されると途端に食欲が刺激されるものだ。
そのままスプーンですくって食べる。薄味の雑炊。
……一瞬、嫌な味を舌で感じた。
「ライラ?」
「はい、ガーナット」
刹那、視界が揺らいだ。カラン、とスプーンが地面で跳ねる音が乱反射する。
反射的にライラを見、自分が謀られた事実に気づく。不調のせいか、将又自分が彼女に対して甘くなったせいか。
押し殺したような笑顔を浮かべたライラは、ガーナットが地面に崩れ落ちる様を見下ろしている。
「て、テメェ……」
「すみません、ガーナット」
すこしだけ、楽にしていてくださいね。
ライラの声が遠くなり、ガーナットの意識はそのまま奥深くへ堕ちた。
意識が浮上した時、ガーナットは自分がライラの部屋にいることに気づいた。
両腕はタオルでベッドの柱に括り付けられており、よほどひどく扱われたのか傷口もやや開きかかっている有様。
「あ、気づいたんですね、ガーナット」
「……テメェと言う野郎は」
「女ですよ、野郎じゃないです」
席に座り、口を膨らませるライラは、そこそこ歴戦を潜り抜けた自負があるガーナットがうすら寒さを覚えるほどにいつも通りの態度で。
だからこそ、不気味だった。
こいつ、何をしでかすつもりなんだ?
不審がられないように視線で部屋中を探るも、特段武器になりえそうなものはない。どうやら闇討ちを仕掛ける気は毛頭ないらしい。
地面には、恐らく彼女が最初に運んできたらしい雑炊がぶちまけられていた。
「俺を警察にでも売り渡すか?」
「そんなことする訳ないじゃないですか。私、ガーナットのこと、お慕い申し上げておりますから」
ライラが席を立ち、ベッドに仰向けになっているガーナットにのしりと体重をかける。
「誰にも渡さない。どこにも逃がさない」
ねぇ、ガーナット。とライラの細い掌が、ごつごつとしたガーナットの頬を撫でる。やや汗ばみ、冷たい手。暗い、昏い、しみこませるような声色。
視線を移せば、僅かに手が震えているのが目に入る。慣れていないのだろう。やせ我慢の笑みを讃え、彼女の顔が近づき、黒い髪がさらさらと零れ落ちる。
「――ッ!」
首元を思い切り噛まれ、痛みに呻く。手心もくそもない激痛。こいつ看病しに来たのか怪我させに来たのかどっちなのだ?
「ねぇ、ガーナット」
「あぁ?」
「ガーナットは、私のこと捨てませんよね。私のこと、ずっとそばにおいてくれますよね」
正気を失った、濁った瞳がガーナットを射抜く。
いつもの朗らかでしっかり者の印象が強い、ライラの弱い部分。
不意に、彼女の表情が笑顔から真顔になった。
「答えてよ」
一オクターブほど下がった音程とともに彼女の指が、爪が、ガーナットの傷口を躊躇なく抉った。口からうめき声が漏れそうになるのをぎりぎりで抑え、すぐに両手をタオルから引き抜いた。
「え」
「締め方があめぇんだよお前は」
手負いとはいえ、ライラは戦闘経験ゼロの少女だ。あっけにとられた彼女を逆に組み敷き、覆いかぶさる状態になる。両腕を抑え、左足を横にして両足を拘束すれば、ライラはすぐに我に返った。
「ガーナット!」
もごもごと動こうとするが、ぶっちゃけガーナットからすれば抵抗にすらなっていないレベルの腕力だ、多分パクでも抑え込める。初めて見た、彼女の怒気。
「やっぱ疲れてんだろテメェ。さっさと寝ろ――うぉ」
唯一自由な首を上げ、喉笛にかみつこうとするのを紙一重で躱す。ガチン、という歯と歯がかち合う音が部屋中に響いた。
「離せ!」
「離すわけねーだろうが!」
「――ッ! 殺す! 殺してやる!」
「いいから黙れ」
傷口からあふれた血液が、彼女の黒いセーラー服を汚していく。痛みは不思議なことになかった。アドレナリンが全開になっているせいでもあるのだろうが。
ライラは暫くじたばたとしていたが、やがて無駄だと気づいたらしい。抵抗を辞め、荒い息のままガーナットを睨みつけている。
「で、何のつもりなんだ? 突然こんなマネしてよぉ」
「……答えない」
プイっとそっぽを向いたライラの目には涙が溜まっている。そんなに組み伏せられて悔しかったのだろうか。
「珍しいなぁ、テメェが駄々こねるなんて。本来ならかまってやりてぇところなんだが、生憎やり方がまずすぎた」
ドク、ドクと心臓の音が耳の奥で響いている。ライラもそうなのだろうか。
ライラは無言を貫くだけで、答えるつもりは一切無いようだ。
「テメェはいつも飯とか作ったり、他の隊士達を好いて、皆から好かれてる。別に処罰とかする訳でもねぇんだよ」
短い――と言ってももう三か月は経過しているが――間にも、ライラの本質は何となく捉えていた。
お人好しで、尽くすタイプで、偏見なんて一切なくて、真っすぐとした性根で、テロ組織にいるべきではない女。
そんな彼女が、どうして狂乱に駆られたか。
……思い出されるのは、彼女と初めて会った時の記憶。クラスメイト達に嬲られていた、あの時の沈んだ瞳に、彼女の今の目がシンクロする。
「……何かあったのか?」
ライラの肩が跳ねた。本当に彼女は嘘や隠し事が下手だ。いや、ガーナット達の前だけで嘘がつけないだけか? それだったら本当にお笑いだ。
いずれにせよ、何かあったのだろう。
「聞いてほしいか? 選択権をやるよ」
「……聞かない、で」
絞り出された涙声に、ガーナットはあっさり引き下がる。勿論拘束は解くつもりはない。
グスグスと涙腺が決壊したライラが涙をこぼす。その事実に少なからずショックを受ける自分がいる。たかが生娘が泣いた程度でと言い聞かせても、普段本能的に生きるガーナットは自分をごまかせることなどできるはずもなく。
「質問を変えてやる。遅くなったが聞くぜ。何をするつもりだったんだ? テメェは」
ライラは暫く口をもごもごさせていたが、やがて蚊の鳴くような声で言った。
「――かった」
「は?」
「貴方の、子供が欲しかったの……」
「……」
さすがに絶句する。
「……なんで?」
「貴方の子供が、あれば……す、捨てられないって、思って……!」
要は子供を鎹にして、この俺を縛り取ってしまおうという算段だったのだろう。いずれにせよ随分短絡的な発想で動いたものだ。
「お前は生まれたガキ犠牲にするつもりかよ」
仮にガーナット達の間に子供が生まれてもすぐに死ぬだろう。父親はテロリストで、産婦人科にだって行けない。こんなアジトで子育てなんてできるはずがない。
「子供なんてどうだっていいもん!」
瞳は濁ったまま、一切の戸惑いもなかった。
「捨てられたくない。愛されなくなるのが嫌だ。必要とされたい。傍にいて欲しいと願われたい。嫌われたくない」
ぼたぼたと本音を漏らし懇願してくるライラ。
「殴って。嬲って。叩いて。犯して。俺の物だって、私を使って主張してよ。ガーナット」
未来永劫に、私を感じて。
ベラベラと最低なことを垂れ流し、自分の都合を押し付けるライラ。
恐らくだが、彼女はそれくらいしか自分に利用価値を感じることしかできないのだろう。
常に虐げられ生きてきた少女。
ニコニコと振舞い、誰からも好かれようとした、彼女の一面。
「それか」
鼻をすすりながら、ライラは片目を閉じる。
「目を、抉って」
狂気に染まったそれは、きっと今眼球を麻酔なしで抜き取っても、ライラは後悔などしないのだろう。
「貴方の収集に加えてよ。そうすれば、貴方は永久に私を感じて愛でてくれる。ねぇそうでしょう」
……素晴らしい提案だ。
ライラの目は、他の有象無象とは違う。
恐怖に染まっていない、温かい視線をくれる、優しい瞳。
そして他者を求め、ガーナットと似て非なる、狂気の瞳。
恐怖ばかりの瞳を集めたってつまらない。飽きていた。
素晴らしく、美しく、そんな眼球。
率直な意見が脳裏をかすめる。
こいつの眼球が、欲しい。
こいつが縋る相手は、俺だけなのだ。
だったら他の隊士のことなど見られないように、その双眼を抉ればいい。
心配しなくとも、そのあとのケアや世話はこの俺が時間を割いてでもやってやればいい。
魅力的な提案。
こいつが求めるならば、イマ、コノバデ――。
「……お前は」
ガーナットは両腕の拘束を外す。予想に反して、ライラは抵抗しなかった。嗚咽を漏らし、両手で顔を隠そうとするせいだろう。
「俺がテメェを残して離れると思ってんのか?」
ガーナットは凶悪な笑みを浮かべ、一瞬でへし折れるような細い首にごつごつした手を滑らせる。
指と指の間で、涙にぬれた瞳が覗く。
喉から手が出るほど欲しい、その目。
「逆だろうが、ライラぁ!」
天を仰ぎ、両手を大きく広げる。
「逃がさないっつったか? 馬鹿かよ! テメェは俺から逃げられねぇ! 離れることは許さねぇ! テメェの心も体も全部俺の物だ! テメェが俺の所有物なんだよ!」
その滑らかな肢体も、その美しい眼球も。
誰にも明け渡さねぇ。
明け渡すくらいなら、この女を肉の原形をとどめないほどにぐっちゃぐちゃにしてやる。誰かに奪われるくらいなら、このような美しい眼球をしていることすらわからなくなるほどに損壊してやる。
今ここで彼女の眼球を抉るのは簡単だ。作業など三秒で終わる。
けれど、そしたら二度と、ライラが『自分』で俺を見てくれることはなくなってしまう。
それが、ただひたすらに惜しいのだ。
銀髪を振り乱し、舌なめずりをするガーナット。
「一生縛ってやる! テメェの人生は俺のもんだ、お前が歩むべきだった正道も何もかもこの俺がぐっちゃぐちゃにしてやんだよ!」
ライラは突然豹変したガーナットに言葉を失っている。そりゃそうだろう、追い詰めたと思っていたはずが、逆に追い詰められる側だと深く自覚させられる羽目になったのだから。
「別にガキ孕ませんのは構やしねぇよ。メンヘラ拗らせた『テメェ』を縛る鎹くらいにはなるだろうしなぁ」
ぽかんとしたライラの目元に溜まった涙を拭ってやり、ガーナットはこの愚かな少女を嗤った。
ライラは暫く黙っていたが、やがて涙声で問うた。
「本当に、私の傍に居てくれるの?」
「俺はテメェを保護するっつったろ。最期まで責任持つにきまってんだろ」
「こんな、面倒な私を、傍に置いてくれる?」
「傍に居てくれるのはお前だけだろうが」
「……嫌わない? 疎まない?」
「寧ろ俺の方が嫌われる属性だろ。まあここまで好かれるとは思ってなかったけど」
「わ、私だけを見てくれる?」
「それは無理。部下いるし」
ガーンとなったライラにガーナットは彼女の黒髪を弄びながらため息をつく。
「俺の部屋で寛いでいいのは、テメェだけだ。それで察しろや」
みるみるうちに顔が赤くなっていくライラは、やがてうぅぅう、と声を漏らして再び泣き出した。そのまま自由になった両手を背中に回し、ビービーと嗚咽する。
「……辛かったんだろ? さっさと寝ちまえ」
明日になったら忘れんだろ、とライラのベッドにごろりと横たわる。古今東西、俺らはまるで赤子のように抱き着いたライラの背を、慣れないながらもポンポンとたたく。
「好き、だよ……!」
「知ってる」
「寂しかった」
「……これからは嫌でも人が傍に居る生活だ」
そうか、とガーナットは納得する。と言うより、再確認と言った方が正しいだろう。
ライラには、味方がいなかった。
クラスメイトも、多分親も、彼女を取り巻く環境は、彼女を受け入れようとしなかった。
一人ぼっちで、ずっといた。
どれだけ寂しかったのだろう。
ガーナットのように、諦めがつくような絶望に身を置いているならともかく、彼女は中途半端に恵まれている生活を送っていた。だから猶更つらかったのだろう。
以前、ガーナットは彼女がこんな組織にどうして肩入れするのかを不可解に感じたことがあった。
けど、きっと彼女の生い立ちを考慮に入れれば、全く持って不思議なことでもなんでもなかったのだ。
こいつは、ゼロ部隊しかいないのだ。
貪りつくように血まみれの胸に顔を寄せて丸くなるライラを慰めながら、ガーナットは片意地張ってねーで雑炊届けに来た時点で迎え入れりゃよかったのか、と気づいた。
自分のプライドのせいで、彼女を不安にさせた。本当に愚かな行為だ。
静かな夜に、ライラのすすり泣きだけがか細く響き渡っていた。