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貴方のことが知りたいな

 アジトの会議場。

 ライラ・アトラスは自作の冊子にペンを走らせていた。そのままページをめくり、次々と記述内容を増やしていく。十分ほど手を動かし続け、全て書き終えたことを確認しペンを置き背伸びした。

 「ん~~疲れた~~!」

 「何してんだ? ライラ」

 「んおわぁ!」

 びくりと肩が震え、女を捨てたような声が漏れてしまう。

 すぐ真後ろにガーナット・ファイルハルトとパク・ミンジュンが立っていた。全く気配が感じ取れなかった。いや、集中しすぎていたからか。

 「こんばんわ! ガーナット、パクさん」

 「こんばんわ、ライラ殿。勉強とは感心ですね」

 「あ、いや、勉強はしていなくて」

 ライラは冊子をガーナットとパクに差し出す。

 そこにははっきりと『ゼロ部隊隊士名簿』と刻まれていた。

 「……? なんだ、これ」

 「皆のことを一日でも早く知りたいなって。その人にインタビューしたりして人となりをメモしてるんです」

 ゼロ部隊の隊士達は気難しい人も多いと聞いたし、実際テロリストだから一筋縄ではいかないと思っていた。しかしその予想に反しカーターやバッカス、運転手のザクロ、そして頭取であるキリカのように、皆が親切に名簿の作成に付き合ってくれた。

 目的は単純で、もっとみんなのことを知っていきたいという純粋なもの。

 ちょうどいいですね、とライラは二人の幹部に着席するように促し、空白のページを開く。

 「お時間、ありますか?」

 「座らせてから尋ねることぁねーだろ」

 ガーナットは案外押しに弱いところがあり、十分の七の確率で渋々付き合ってくれることは知っている。十分の三で無視される。けれど食堂で少し山盛りにすると機嫌を直してくれる。

 「お名前は?」

 「無視かよ! ガーナット・ハイルファルト!」

 「名乗るんですね……パク・ミンジュンです」

 「では、お二人の好きなものは?」

 「眼球」

 間髪入れずに答えたガーナットにパクが眉間に皺を寄せる。

 「え……そうですね、私は味噌煮込みうどんはよく食べます」

 「成程。では次に、最近気になっていることとか自由にどうぞ」

 「アバウトすぎね? マジで」

 「ちなみにキリカちゃんは『もう少し隊士達は統率を持って動いてほしい。後ガーナットは命令違反多すぎ。殺すぞ』とのことだそうです」

 「キリカちゃん……いつの間にこの二人仲良くなっているんですか?」

 「それは俺も思ったぜぇパク。つーか俺は別に忠誠誓ってねーから。眼球が多く手にはいりゃそれでいいんだよ」

 「ではガーナットの気になっていることはそれでよろしいですか?」

 「あぁ? んなわけねーだろ。そうだなぁ、じゃあ俺もクソアマが嫌いだいずれぶっ殺してやると伝えておけ」

 「組織である以上連携は大事ですよ! ガーナット」

 「全くこれではどちらが幹部か……いえ、何でもありません。では私はもう少し全体的に落ち着きを持ってほしい、と記入しておいてください」

 「おい待てパク誰が落ち着きがないって? ぶっ殺されてぇのかああ?」

 「別に誰も貴方のこととは申しておりませんよ? やるなら、構いませんが」

 「はいはーい! 次の質問! 喧嘩は駄目! 分かった?」

 何故か二人が戦闘モードになるので、有耶無耶にしてしまおうとさっさと次へ移る。

 「恋愛経験は……なさそうですね。それでは次にやりがいとかはありますか?」

 「テロリストにやりがいとかぜってー合わねーだろ。つーか恋愛経験も聞けよ一応」

 「……そうですね、私はキリカ殿の目的が達成できるなら何だって構わないかな」

 「俺は眼球を集めまくることだよなー」

 「ふむふむ。予想通りですね……ではこれで終わります。幹部以外の隊士にはほかにも『どの幹部が一番親しみを持てるでしょうか』とか聞くんですけどね」

 「ちなみに誰が一位でした?」

 「皆様は回答拒否されました」

 ガーナットが「んだよ俺はこんなに温和に接してるというのに」と寝言を喋れば、パクがうわぁとドン引きしていた。

 「ちなみにほかのメンバーはアバウトな質問をなんて答えたのかな?」

 「それは企業秘密でーす」

 ありがとうございました、とライラは席を立つ。ガーナットは興味なさげに一瞥するも追うことなく、早く寝ろよと言うにとどめていた。

 会議室を出、自分に割り振られた個室に入り、幹部の二人の情報を再び整理し始める。予想通りと言うか、ガーナットはやはり残虐に、パクは常識っぽい内容にまとまった。

 「まぁ、ガーナットは学生二人殺してましたしね」

 結局あの事件はライラはマークされることはなく、普通に聖セイレーン高等学校へ通学することができている訳だが。

 「……私も、いつか」

 自分を助けてくれたガーナットや、キリカの役に立てるのだろうか。

 ずっと与えられ続けている現状を、変えていけるだろうか。

 「けどテロ行為とか一切できないクソ雑魚ナメクジなんですけどね、私は」

 ライラは冊子を閉じ、席を立つ。

 今日の晩御飯は何を作ろうか?


 別の日、ガーナットはいつも通り自分の部屋で事務作業をしていたら、ライラがノックをして入室してきた。学校帰りのようで、テキストを持ってきており、ガーナットはベッドに移り机を明け渡してあげる。

 「ただいま!」

 「……騒々しいぞ」

 この頃になると彼女は我が物顔でガーナットの部屋を使うようになった。別にホルマリン漬けの眼球に触れないなら何をしても構わないし咎めるつもりはない。ライラも一見厚かましいような態度だが、実は仕事中やガーナットの機嫌が悪い時などは察知し邪魔にならないようにしている。要はガーナットの気分を害しているかどうかを瞬時に見抜く観察の上で、ライラはここに尋ねてくるのだ。

 「ガーナットは何してるんですか?」

 満面な笑みは、いつだって曇りの一つもない。

 「……過去のファイルを読んでただけだ」

 『赤』の交渉にあたり、組織結成からどういうメンバーが牛耳っているかの最終確認をしていたのだが、別に特段興味のあることではない。別にやらなくたって俺は困らねぇし。

 「机、使っていいですか?」

 「自分の部屋でやらねーのか?」

 「ガーナットの近くの方が安心するんです!」

 「……そうか」

 ライラの陽パワーにあてられると、何故か強く出れなくなる。ペースを握られている、とは思わないようにしている。

 机に座り、教科書を開くライラを横目に、ベッドに転がり、退屈な書類に目を通し始める。こういうのは全部部下に丸投げしてしまいたいが、脳筋が多いし、何よりミスがあったら警察にしっぽを掴まれる可能性だってある。結果幹部が他のテログループと干渉することになっていた。

 あぁ怠い。

 時期に書類に書かれている文字列に目が滑り出し、眠気がゆったりと訪れる。立ち上がって眠気を飛ばそうかと考えるが、体が言うことを聞くことなく、やがて書類を持った左手がベッドにつく。

 ライラがペンを動かす音が良い入眠用BGMになっている。

 ……こいつ、いつもはひまわりのような笑顔を振りまいてるのに、集中している時はひどくまっすぐな瞳をするのだな。

 「ライラ」

 「ん?」

 このまま意識を落としてしまいたい欲求を無理やり潰し、ライラに声をかける。ライラはん? とベッドに転がるガーナットを見下ろす。

 「三十分後に起こせ」

 「わかりました。おやすみなさい、ガーナット」

 返事には応じず、ガーナットは今度こそ睡眠の欲求に対し忠実に目を瞑る。近くで書類が手から滑り地面にばらまかれる音がした。


 ――何分経過しただろうか、目が覚めるといつもの習慣としてアナログ時計に視線を移す。

 「……二時間たってんだけどぉ」

 文句を言おうと自分の机に座っているライラを見やるが、彼女は机に突っ伏してすやすやと眠っていた。大方寝落ちしたのだろう。この前もこいつは俺の部屋で寝ていたことを思い出す。呑気に眠っているライラを見ているうちに、約束を反故にされたイラつきもおさまっていく。机の端には自分がばらまいたと思われる書類をまとめておいてくれる所もライラらしい。

 「寝るなら自分の部屋に戻れよなぁ……ん?」

 ライラの学習用ノートの下に、見覚えのある冊子が差さっていた。見覚えのあるそれは、いつか彼女が書いていたゼロ部隊の隊士ノート。

 そういえばこの前、俺らにいくつか質問してたなぁ、と会議室での一連の会話を思い出す。

 数秒葛藤した後、彼女を起こさないように隊士名簿を引き抜く。

 「んにゃぁ……」

 肩が跳ね、同時に自分にこの女に対し罪悪感を覚えているという事実に気づかされる。

 いや、これは確認だ。彼女が本当に警察機構などに通じていないかどうかの確認。というか、普通に書き残されたらまずい情報が入っていた場合、このノート一冊が隊の命取りとなりうる可能性だってあるのだ。

 「ここは俺の部屋だぞ……」

 自己正当化し、ガーナットはページをパラパラとめくっていく。

 そこには、名前とプロフィール、他にも趣味、そしてライラから見た印象が書かれていて、あくまで普通の人物手帳でしかなかった。女性らしい丸っこい字に、隊士と思われるラフなイラストが描かれている。

 ページの最初には、やはり隊長であるキリカに関する内容が記載されていた。

 『キリカ・ウォッチオ隊長(23) 07/19生まれ。

 ゼロ部隊隊長さん←偉い! かっこいい!

 趣味は戦略ゲーム。好きな食べ物はピラフ。堂々としてて頭が良い! 親しみやすくてたくさんのことを知ってる! 勉強もいつも教えてくれるし、一緒にショッピングも行く。すっごく頼りがいがある!

 一言コメント:統率が悪すぎだから、もうちょっと組織を考えて行動してほしいそうです。後貫禄が欲しい!』

 「アイツ、こいつを甘やかしすぎだろうが……いつショッピングに出てんだよ」

 つーかキリカテメェ自分の年齢二十八とか言ってたよな。何詐称してんだよ。貫禄がねぇのは確かにそうだし、隊士の中でも絶対嘘だろとか噂になってたし。

 ぺらぺらとページをめくっていると、バッカスやカーター、運転手のザクロ、パクやもう一人の幹部など次々と可愛いイラスト付きで描かれている。

 バッカスの「~ぜよ」という方言の訛りは、自分の村に対する誇りを持っていて。

 カーターは最近とあるマイナーな音楽家のロックソングにのめりこんでいて。

 ザクロはもっと燃費の良い車両を所望するという旨の嘆願書を提出しようと思っていて。

 他にも多くの隊士の気持ちなどが刻まれていて、それにライラの主観による記述もあらわされている。

 どれもこれもライラは否定することなく、隊士達のことをポジティブに褒めている内容ばかり。すごい。かっこいい。偉い。

 ゴミ溜めみたいな連中を、だ。

 こんな純粋な反応を返してくれるからこそ、皆彼女のとりこになるのだろうか。

 「……俺のところはなんて書いて――」

 「なーに―かーってにー読んでるんですかー!」

 ばしっとノートが奪い去られ、前を向けば真っ赤な顔をしたライラがノートを胸に引き寄せていた。

 「……反省の言葉は?」

 「テメェが寝てたのが悪い」

 「あー! じゃあその理屈だと貴方が寝てたら眼球のホルマリンを全部牛乳に差し替えても構わないと!」

 「お、お前……それは……やめろよ」

 「声ちっさい!」

 ライラが口を膨らませて憤慨するのを見、ガーナットはドカリとベッドに座り込む。

 「……ワリィ」

 「今度から覗いちゃだめですよ! もー」

 ノートを鞄にしまい、ライラは席を立つのを見、ガーナットは衝動的に叫んでいた。

 「おい!」

 「え、あ、はい?」

 突然大きくなったガーナットの声量に驚いたらしいライラの声が裏返る。

 ……自分でも、なんでこんなことを聞こうとするのかはわからない。

 けど。

 「明日も部屋に来いよ」

 ライラが目をぱちくりさせる。

 「明日は――美味いもん用意しとくから。来いよ」

 とっさに出た言葉がそれだ。

 本当に自分自身が理解できない。しかし、ライラはやがてにこりと普段通りの笑みを讃え。

 「楽しみにしてます」

 と言った。

 「……おう」

 ベッドに座り込んだガーナットに、ライラはでは、おやすみなさいとドアノブを開け――最後に振り返る。

 「心配しなくても、私、ガーナットのこと、嫌いになりませんから」

 それだけ言い残し、彼女は部屋から出ていった。

 ……え。

 「……あぁ! どういうことだごらぁあああ! まるで俺が寂しいとでも言いたげな喋り方すんじゃねぇえええええええええええええええええええええええええええ!」

 空しいガーナットの抗議だけが自分の部屋に響き渡った。

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