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「じゃあ、講評に移ろう。1年生の作品について、2年生から感想を出してもらいます」
文芸部の部室で部長の鹿島先輩が言う。
今回の課題は、恋愛をテーマにした1万字以内の小説だ。作風は自由で、ラノベのように異世界をコンセプトにしてもいいし、純文学でもいい。
各々が1週間で書いて、紙に印刷してみんなで見せ合い、先輩達から講評をもらう。
「まずは森ノ宮さんの作品から」
鹿島先輩が促すとみんなが私の作品について感想を述べる。
「主人公の片思いが成就して、最後に結ばれるところがカタルシスがあっていいと思いました」
「地の文の文章表現がとても綺麗だと思います」
「台詞の掛け合いもセンスがあって上手いと思いました」
目の前で自分の作品が講評されるのは恐怖だ。でも、みんなが褒めてくれるのでほっとした。
「では、僕からも一言」
最後に鹿島先輩が講評してくれる。
鹿島先輩は高校生用の文学賞に入賞したこともあるくらい、創作に長けている人だ。
「うん。起承転結うまくまとめたね。ただ、難を言えばちょっとキャラが弱いかな。ストーリーに重点をおくよりも、キャラを描くことに重点を置いた方がもっと面白さが出ると思う」
「は、はい。ありがとうございます」
私は鹿島先輩を見つめる。
長身でマッシュボブの先輩は、他の文芸部の男子と違ってキラキラしていた。
一見、オタクっぽくないのに、実はアニメやラノベが好きって言うギャップも私がキュンてなるポイントだ。
鹿島先輩。この小説、貴方のことを想って書いたんですよ。
主人公が恋に落ちる相手のモデルは貴方なんです。
そう言ってしまいたかった。
私が鹿島先輩を見つめているとふいに視線を感じた。
ちーちゃんがこっちを見ていた。真顔だった。何を考えているかわからなくてちょっと怖かった。
「じゃあ続いて神取さんの作品の感想を」
講評がちーちゃんの作品に移る。
「何ていうか独特だなって思いました」
「百合小説ってやつですよね。女性の主人公は友達の女の子を好きなのに、最後、殺しちゃうところが衝撃的でした」
「でも何で殺しちゃったのかが、心境が複雑で良くわからなかったです」
みんなはちーちゃんの作品に難を示す。
「僕から一言。僕には主人公の心境がなんとなくわかったよ。主人公が恋する女友達は他の男性のことが好きだ。主人公の想いが実ることはない。どうせ実らないならって、自暴自棄になったように思えた。違うかい?」
鹿島先輩はちーちゃんに問いかける。
「まあ、そんな感じです」
ちーちゃんはつまらなさそうに答えた。
ちーちゃんは元から文芸部に興味はなかった。
入学当初に、私が文芸部に入ると言ったらついてきただけだ。
だからちーちゃんの書く小説はどれも退廃的で、まるで自分を痛めつけるような鬱っぽさがあった。
部員達からはその作風は苦手とされていたが、鹿島先輩だけは、ちーちゃんに才能を見出しているようだった。
鹿島先輩はちーちゃんに優しい。
ちーちゃんはどんな男子も虜にしてしまう。
私はまたちょっと嫉妬した。
その日の部活終わりに私はちーちゃんと帰ろうとした。
「あ、結菜、先帰ってて」
「え?」
「私、ちょっと鹿島先輩に用事あるから」
「用事って何?」
「ただ、小説にアドバイスをもらいたいだけだよ」
ちーちゃんはウインクして言った。
「ふぅん。わかった。じゃあ1人で帰る」
「寂しくさせてごめんね。また明日、一緒に帰ろう。バイバイ」
そう言うと、ちーちゃんは鹿島先輩の方へ向かって行った。
部室には鹿島先輩とちーちゃんの2人が残る。私はなんだか嫌な予感がした。
何日かして、放課後、ちーちゃんはまた屋上に呼び出されていた。また告白だ。
ちーちゃんはいつも私について来て欲しいと懇願するので、私は屋上の入口付近に隠れていた。
ちーちゃんが屋上で待っているとやって来たのは、なんと、鹿島先輩だった。
「な!?」
私は目を疑うが、鹿島先輩は隠れている私に気づかず、素通りして屋上に向かった。
「神取さん。僕と付き合って下さい」
鹿島先輩がちーちゃんに頭を下げる。
私の片思いの相手が親友に告白する場面など見たくはなかった。
「ごめんなさい、先輩。あたし、他に好きな人がいるので」
「……そうか。呼び出して済まなかった。ありがとう」
そう言うと先輩は、屋上の出口から階段を降りて行った。
私はちーちゃんに詰め寄る。私は怒っていた。
「ちょっと、どういうことなの!?」
「鹿島先輩も、ただの猿だったってことねぇ」
「ちーちゃん、先輩に垂らしこんだんでしょ! 先輩が好きな私に嫉妬して、先輩がちーちゃんを好きになるように仕組んだんじゃないの?」
「人聞き悪いなあ。あたしは、ただ、小説のアドバイスをもらっただけだよ。ま、ちょっとはボディタッチしたけど」
「最低! 私の気持ちを知っててそんなことするなんて」
「あんな男は結菜に相応しくないよ」
「もういい! ちーちゃんとは口きかない!」
「待って! お願い!」
ちーちゃんは私の手をつかむ。
「あたし、結菜のことが好きなの! 別に好きになってくれなくてもいい。でも、もっとあたしに向き合って欲しいの!」
「自己中だよ。ちーちゃんは」
私はちーちゃんの手を振り解いて出口へ走った。
去り際にちらっとちーちゃんの方を見たら、ちーちゃんはうずくまって泣いていた。
知るもんか。
その後、ラインで"ごめんなさい"と何行も送られてきたが、私は既読無視した。