第漆什肆話 白無と拳
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士郎と別れたあと結局森に来て静寂の中拳を振るっている。
が、1人ではなくチグメ様が足を組みながら木に腰掛け俺を観察している。
『良く鍛え上げられた良い筋肉です。まるで鋼のよう。』
めっちゃ見てくる。すごい見てくる。ひたすら見てくる。
「…その姿で大丈夫なんです?いくら人目が無いとは言え。」
『大丈夫。半径1km以内に人間の気配は無い。』
でもその座り方だと綺麗な脚が強調されて容易に振り向きにくい。とても気を遣う。
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特に会話も続かず、再び静寂の世界へ戻る。
次に静寂を切り裂いたのは俺だった。
「…あの、見てて面白いんです?こんな何の変哲も無い人間のトレーニング風景を。」
『とても楽しいですよ。初めて(出会った人間)が貴方なので他と比較しようがない。』
そういえばそうか。
あれ、そうなると今後の平均が全部俺に合う…のか?それはダメなような…
『私はもっとこの世界のことが知りたい。でもその前に貴方のことを知っておく必要が有る。』
「俺のこと…格闘術しか教えられませんけど。」
『問題ない。それ以外は貴方との生活の中で知る。』
それで良いんだ。まあ本人が良いなら別に構わないんだけど。
「まず、俺の武術のベースは霊極拳って拳法なんですよ。体を自然と同化させ【霊力】を体の隅々まで行き渡らせ身体を強くする。」
『先程の貴方が纏っていたオーラのような何か…それが霊力という事ね。同時に体の中に流れてもいた。』
え?物理的に見えてるんですか?教えてる俺が見えないのに?
『霊力…人間が魔法を使うときに消費する魔力とは違い、神々が【陰陽符】を使う時に消費する力に似ている。』
「神の力…そんな大層なものじゃないですよ。霊力とか言ってますけど、結局教わったのは正しい呼吸と正しい体の動かし方ってだけですから。」
事実、師匠から霊力なんてものは見せてもらえなかった。格好付けとやる気向上(と厨二病)のための謳い文句だろう…
♢ ♢ ♢
その後、一介の人間が神様に武術の稽古をつけるというよく分からない状況を過ごし鍛錬を終えた。
他人に教えることで自分の足らないものが見えて結果的にいつもより良い時間となった。
「そういえば師匠は離れたところから木板を割ってたような…?あれが霊力?」
第漆什肆話 白無と拳 完




