第肆什玖話 記憶の残る宿
「よいしょっと…じゃあ、行きますか…」
結局シエルは寝ぼけたままだったので、背負って連れて行くことになった。
「全く…」
「王様には挨拶していきますか?」
「いや、良いんじゃないか?だって王様は俺達が今日出ることは知ってるからな。」
「ですね。」
♢ ♢ ♢
「おっ、あれか?」
街の外に出ると、そこには確かに立派な馬車と二頭の黒馬が止まっていた。
「来たか」
「お、士郎。先に来てたのか。」
「二人は初めて会うよな、この人は…」
「士郎さん、おはようございます。」
「おはようございま~すぅ…」
「???」
既に知り合いなの?ナンデ?
「では、行くとしよう。」
「…この二人の事だし、廊下ですれ違った、とでも言うのだろう。」
「?どうしました?」
「ああ、いや、何でも無い。行こう。」
「では、馭者は我が引き受けよう。」
「待て~!」
「げっ…ヤバっ…」
…この聞き覚えのある声は…
「我を置いていくでなぁ~い!」
うわ来た。せっかく静かに出てきたのに…
「何だよエリナ…お前も着いてくるとか言わないよ
な?」
「何じゃ月斗、せっかく我が見送ってやろうと思ったのに。不服か?」
見送りのためだけにここまで来たのかよ…暇か?
「はいはい。見送りありがとさん。行ってくる。」
「期待しておるぞ~!」
馬車が動き出してからも、手を振っている。
それだけ楽しみなのだろう…
♢ ♢ ♢
馬車に揺られること数時間…
乗っている間は寝ているシエルの頬をむにむにしたり、二人と士郎がいつ出会ったのかなどを聞いてたりした。
で、見事予想通り。
二人と士郎の出会いは廊下ですれ違った時にシエルが見慣れない服装の士郎に興味を持ったことらしい。
「…という訳です。」
「へぇ~…」
「いやぁ…月斗さんはてっきり知ってるものと…」
「俺にも知らないことぐらいあるよ。」
ゴットン
「うおっと…」
突然馬車が揺れ、急停止した。石に乗り上げた訳でも無さそうだ。
「士郎?何があった?」
『何か様子のおかしい動物が突然飛び出してきてな…』
「様子のおかしい?」
「ああ、狼の群れが何かに怯えるように駆けてきたんだ。」
「ふ~ん…不思議な事もあるもんだ…」
『まあいい。あと数分で到着するからな。』
思ってたより早いな…ま、早く着くことは悪いことではないからな。
で、約二十分後…
『月斗、到着したぞ。』
「お、着いたか。」
馬車の窓から外を覗くと、昔の城下町のような光景が広がっていた。
長屋の前では子供らが鉄独楽を回しているし、けん玉をしてるやつもいる。棒の先に青菜入りの笊を下げ、売り歩く者もいる。
凄いな…聞いてはいたがここまでとは…
『さあ、此処が我らの泊まる宿だ。』
それを聞き、馬車の外に出ると…
「…」
それは本当に壮麗で、趣の中に何処か寂しさの混じる宿だった。俺はこの宿にどこか覚えがあった。しかし、その記憶は今は出てこなかった。
第肆什玖話 記憶の残る宿 完




