第八十一話『布石』
――作戦は失敗したというのに、ここのところのボスの機嫌はやけにいい。それを、黒乃は訝しげな眼で見つめていた。
「……なんだい、そんな目でこっちを見つめて」
怪しむあまり、ついにこうして一対一で面談する機会を設けられてしまったほどだ。
「……最近、ずいぶんと楽しそうだなと思ってな。そんなにいい事でもあったのか?」
「いい事……いい事、か。そう言う表現も、もしかしたらできるのかもしれないな」
ボスのけむに巻くような表現はいつも通りだ。しかし、やはり隠し切れぬほどにその声は弾んでいる。……ここまでくると、それは逆に凶兆な気がした。
「ついでに紫炎の様子もあの時からおかしい。……ここまで状況証拠が揃ってて疑うなって方が無理あるだろ」
紫炎の様子は五か月前から急変した――それが好転であることは、間違いなくそうなのだが。あれほどまでに傲慢だった態度は鳴りを潜め、今ではすっかりボスの従順な剣となっている。一番の不安因子が消えてなくなったのは喜ばしいが、それはそれとして怪しいことに変わりはなかった。
「……黒乃は聡明だからね。そう思うのだって無理はないか」
そんな態度にも、ボスは不思議と余裕の態度を崩さない。まるで、そうなることが予想されていたかのように。……それが、いつにも増して気持ち悪い。
「……一体、何を考えてる?」
「何を……とは、君にしては的を得ない問いかけだね?」
さらに疑いを強める黒乃にも、ボスはあくまで飄々とした態度を崩さない。全て手のひらの上で転がされているかのような、明確な不快感が黒乃を襲っていた。
「……そろそろ、無条件で信じろって言うのも難しい時期だと思うぞ?」
「ま、とっくのとうにそうだろうねぇ」
少し脅しじみた言葉も、ボスの態度を変化させるには至らない。……不気味だと、そう感じることしか黒乃には出来なくなりつつあった。……その根源を辿れば、きっと5か月前の作戦へと繋がるのだろう。あれを成功と呼ぶものは居ない。ボスすらも想定外と呼んだその作戦の失敗は、黒乃たちのその後の動きに大きな変化を生んでいた。
「まぁ、君が心配することは何も無いさ。この展開だってかなり前から『見えて』たからさ。……つまり、全部まだ僕の予想の範疇だ」
予想通りの想定外とでも言おうかな、なんてボスは上機嫌に言って見せる。……その姿は、今まで見たことがないくらいに楽しげで、それが黒乃には凶兆にしか思えなくて。
「……アンタは一体、何をしようとしてるんだ……?」
ふと、そんな問いが口からこぼれる。聞かずにいるままでは、どうしても本能が耐えられなかった。
「何をしようと……ね。そう聞かれると、こう答えるしかないんだけど」
困ったようにそういうと、ボスは細長い指をゆっくり立てる。そして、不敵に微笑むとーー
「……神を完全に殺しきること、かな」
ーーそう、真剣な目で言い放ってみせる。その姿に、黒乃の背筋は凍りついた。
ーー新たな物語の始まりから5ヶ月。それぞれの思いを抱えて、相容れぬ者たちは再び交わろうとしていた。
これにて三章のプロローグが終わった形となります!それぞれがそれぞれの変化を果たした陣営ですが、ここからどうぶつかって行く形になるのか!次回以降もお楽しみにして頂けると嬉しいです!
ーーでは、また明日の午後5時にお会いしましょう!




