第六話『謁見』
――『英雄』の参戦によって終結した、人族と魔族における争い。トップである魔王を失った魔族は戦線を放棄し、人族もそれを潮時とみて深追いすることもなかった。つまり、魔族は滅んでおらず、その眷属も多分に含まれている魔物の恐怖も尽きることはない。故にこそ、黒乃たちの戦いはまだ終わり切ってはいないのだろうが――
「――それは、僕にとって好都合な話だな」
黒乃の提案を断り、別れてからさらに一時間。あの怪物のほかにはさしたる接敵もなく、カヴォイは寂れ果てた魔王城を見上げていた。
城壁は粉々に崩れ、門扉もかろうじてその外枠のみが原形を保っている。当然魔族がいる気配はなく、主を失った城はあまりにもみすぼらしく風化していた。
「罠も生きてない、か」
そりゃそうだよな、とつぶやいて、三メートルほどもあろうかという門扉の残骸をくぐる。空気が少しよどんだような錯覚に襲われ、カヴォイは顔をしかめた。
城の外周も大概破壊しつくされていたが、主戦場になったのであろう城本体の損傷は筆舌に尽くしがたい。壁に無数に空いた大穴、えぐり取られたかのようにへこんでいる地面、どういう原理か渦巻き状に捻じ曲げられた大岩――それは、魔王との争いが英雄譚の最終決戦にふさわしい激戦であったことを容易に想像させた。
大穴の一つをくぐり、魔王城の中へと踏み込む。タイルはめくれ上がり、シャンデリアは落ち、凍り付いた玉座と黒焦げの階段がすぐ近くに隣り合っている。本来ありえざる現象が、どんな語り部よりも雄弁に激戦の記憶をはっきりと刻み込んでいた。
「……これが、英雄と魔王の戦い」
規格外と、そう言わざるを得ない。今のカヴォイには理解もつかない現象が当たり前のように鎮座し、英雄の権能と魔王の暴虐が城全体に爪痕を刻み込んでいる。城をめぐりながら、あまりに非現実的な光景の数々にカヴォイは簡単のため息をついた。
十分近く早足で魔王城を回ったが、まだカヴォイの目的地は見つからない。破壊の痕跡を追いながら、英雄と魔王の決戦を順を踏んで追って行って――
「……ここか」
――そして、魔王の最期の地にたどり着いた。壁には返り血が付き、あれほど無数にあった破壊は入ってきた大穴を除いて見当たらない。破壊と暴力が渦巻いていたこの城の中で、ここだけが異質だった。
空気はよどんだように重く、濃密な魔力の気配に少しめまいがする。――その原因を、カヴォイは知っていた。
――異世界転生からも、カヴォイの降臨からもわかるように、生命の本体は魂である。器は魂を収め情報を出力するものにすぎず、極論を言えば替えの利くものなのだ。故に、魂を違う器に移し替えることで永遠の命を得ようとした研究も過去にあったのだとか。――それが決して成功しないものであるということを、カヴォイは知っていたが。
つまり、魂は明確に存在する。黒乃をはじめとした転生者たちは、カヴォイの言に首をかしげていたが。……この世界では、魂とは超高純度の魔力の塊なのだ。
――そして、魔力は残留する。玉座が今もなお凍り続けるように。強い魔力であればあるほど、それは世界に溶け込むことなく形をとどめて残り続ける。
「…………今もそこに、いるんだな」
ふらつく体を整えながら、カヴォイは呟く。……そして、胸元を強く握った。
――カヴォイは、神威を『ほぼ』失った。最早英雄と真っ向から立ち向かうすべはない。……それをするための力は、全て権能として切り売りしてしまったから。
だけど、唯一切り売りしなかった――否、出来なかった権能がある。それだけがカヴォイに残された権能で、神であったころを思えば搾りかすのようなものだ。戦闘に転用することは到底不可能に近く、使えたとて『英雄』の前には造作もなくひねりつぶされてしまうだろう。……ただ、それが。
「……『魂握り』」
――それだけが、カヴォイの見出した勝ち筋に至るためのカギだった。
――『魂握り』。高純度にして複雑怪奇な魂を、その形を保ったまま手中に収める力。これがあるからこそ、カヴォイは異世界転生などという行為を行わせることができたのだ。魂を握り、その形に少しばかり手を加える。それのみならず、放置すればいずれ消えゆく魂を留め、意思の疎通を可能にする権能。それだけが、カヴォイに残された最後の神威で――
「…………魔王よ、敗北を認めるにはまだ早いぞ」
カヴォイの描いた理想の未来をつなぎとめるための、楔だった。
目を閉じ、そこにある強い魂に精神を集中する。器を失ってしばらくしてもなおその魂は輝きを失わず、カヴォイの呼びかけに答えるかのように揺らめいた。その気概にふっと微笑み、カヴォイは手を伸ばして――
『……………珍妙なことも、あるものだな』
脳内に、声が響いた。
「………お初にお目にかかる。僕はカヴォイ。あなたに提案があってここに来た」
器を得て初めて行った『魂握り』は、カヴォイにすさまじい負担を強いた。脳に響く声は頭痛を伴って反響し、ふらつく体から力を抜くまいと噛みしめた唇からは血がこぼれている。まるで自分の中にもう一つの人格を取り込んだような、その人格に侵されているかのような、すさまじい不快感。……それでも、カヴォイはそれを表に出さなかった。
『……ほう。貴様は、人間のようだが。…………我を殺した種族に連なるものが、何を提案すると?』
「ず……ああっ」
声が響き終わると同時、さらに激しい頭痛がカヴォイを襲う。脳を直接かき回されているような不快感と外側から鈍器で殴られているかのような痛みが共鳴し、カヴォイは苦痛にあえいだ。
――直接触れてみて、分かった。魔王の魂は、カヴォイが想像していたよりもはるかに高純度だ。『英雄』たちに匹敵するといっても過言ではない。只人が受け止めてしまえば正気を失ってしまうほどの強大な力……故にこそ、欲しい。その力が、カヴォイには必要なのだ。
「……ぼ、くは…………『英雄』に殺された、神だ。……つまり、あなたと共通の敵を持っていることに、なる」
『神か……戯言にしては、大きく出たな』
「戯言じゃ、ないからな……」
訝しむような声に、カヴォイは強気に返した。気を抜けば今にも崩れ落ちてしまいそうな足腰に鞭を打ち続け、毅然とした姿勢を取り続ける。それが、カヴォイが示せる一番の証だ。
「……僕は、奪われた信仰を取り戻す。……あなたは『英雄』を滅ぼし、魔王としての誇りを取り戻す。……目的は、一致していると思わないか?」
『……ほう』
「僕は、最早神威をほぼ持ち合わせていない。できるのは、こうやってさまよえる魂をつなぎとめることだけだ。……だから、あなたの力が要る」
『……魂だけの我を、か?』
少し戸惑ったような声が脳内に響く。その声には、少しばかりの興味も感じられて。……カヴォイは、頬を釣り上げた。
「……僕の権能で、あなたの魂をもう一度器に戻す。……魔王として、再臨してもらう。……以前のあなたたちは失敗したかもしれないが、僕ならばそれができる」
『……貴様の持つ力が神に由来するものであるから、か』
「……そうだ。僕に残された、唯一の権能だ」
言い切る。それ以上でもそれ以下でもないのだと、言い切る。悲しげでも自虐的でもなく、ただ確信的に。
「……だから、あなたの力を貸してくれ。……僕なら、あなたの新たな伝説の幕を上げられる」
――魔王の力があれば、カヴォイの理想は大きく近づくのだと。
死してすべてを失った魔王と、信仰も権能もそのほとんどを失い、神としての『死』を経験したカヴォイ。……ああ、絶望的だ。どん底だ。――――だけど。
「僕もあなたも、まだ何も終わっちゃいない」
力強く、宣言する。まだ負けていないのだと、子供の我儘のように叫ぶ。同時、ふっと膝から力が抜ける。力なく床に手をつき、肩を上下させて必死に息をする。限界を超えた、いやとっくに超えていた体はほぼ動かず、視界もかすんでいる。床に這いつくばるようなその姿は、まるで今のカヴォイの現状を示しているようで――
『フッ…………ハハハハハハハハハハッ!』
魔王の魂が大笑する。力なきカヴォイへの嘲笑では、決してない。
『気に入った。……貴様の強欲な願い、我はしかと聞き届けたぞ』
力なく倒れこみ、息も絶え絶えなカヴォイ。――しかしその瞳だけは、上を見ていた。存在しない魔王の視線と、真っ向から向かい合うように。
……体の機能全てが死んでも、その眼に宿る光は死んでいなかった。そして、魔王はそれを良しとする。……カヴォイの願いが、聞き届けられる。
『……いいだろう。貴様の計画に、我も載ってやろうではないか』
その声が響くと同時、カヴォイを覆っていた重圧がわずかに和らぐ。それでもまだ鈍い体を必死に動かし、カヴォイは口の端を釣り上げて……
「……交渉、成立だな」
そう、呟いたのだった。
ということでお待たせしました、二人目のメインキャラがやっと登場です。ここからが本番というべきか、まだまだプロローグとそう呼ぶべきかはわかりませんが、なんにせよ物語はここからさらに加速していきます。毎日投稿できるように頑張りますので、二人の進撃にお付き合いいただけると嬉しいです。
……それと、告知を一つ。今日の午後六時、新しい小説シリーズを投稿開始します。シリアス寄りな本作とは違った異世界スローライフものになる予定ですので、良ければそちらもぜひのぞいていってください。
では、また明日の午後五時に!




