第五十二話『臨界』
――リヴィに流れる古き血がどんな物なのか、それはリヴィ自身にもよくわからない。それを知る者はきっともうこの世に数少ないし、その知識を持つものに巡り合えるかと聞かれればきっとこれからもないのだろうと思う。知る必要がないものだと、そうも思う。
「……手早く終わらせます」
そうカヴォイに告げるリヴィの感覚は今までではありえないほどなく研ぎ澄まされている。世界はやけに解像度が高く見えるし、遠くの色までよく見える。……もっとも、今カヴォイの軍勢に落ちているのはほとんど焦りと恐怖の色だが。ここまでの勢いがたった一人の行動で押しつぶされたのだ、そうなるのも無理のない話だとはいえるが。
「……だけど、まだ終わりじゃないんですよ」
そうつぶやいて、リヴィは眼前の男を見据えた。
「……どういう原理で、我の魔術を抜け出した?」
不思議がる男に、リヴィはふっと微笑みを浮かべた。さっき男がカヴォイに単純な種明かしをした、その返礼と言わんばかりに。
「……頑張っただけだよ。ここで止まってる暇はないんだ、ってな‼」
言うや否やリヴィは鋭く踏み切り、右手に握られた短剣を男へと振りぬく。しかしそこは男もぬかりなく、踏み切ったときにはふんわりとした軌道でリヴィから距離を取っていた。
「ここにきて精神論をぬかすか。……よほどの馬鹿だと、そう思っておくことにしよう」
「誉め言葉だね」
軽く言葉を交わし、リヴィはまた一歩を踏み出す。無駄口をたたく時間はもうとっくに終わっているのだから。目指すべきは、一秒でも早い決着だ。
……この二か月で、リヴィは自らの血の扱い方をある程度心得てきていた。反動にも耐性が付き始めていたし、そもそも反動を伴わない程度に出力を抑えることにも成功している。言うなれば、自らの力へのリミッターのかけ方を覚えた、という表現が一番わかりやすいだろうか。リスクなくある程度の出力を保つことは、瞬間火力偏重であったカヴォイたちに継戦力を与えることにもつながった。
……だが、温存だの継戦だの、今の状況はそんな甘えたことを言っていられる状況ではないのだ。
(……この戦闘で、しばらく使い物にならなくなってもいい)
今この時だってリヴィの体にはものすごい重量感がのしかかっているし、少しでも気を抜けば押しつぶされそうな状況には変わりがない。言ってしまえば今の状況はやせ我慢と表現しても何の間違いもないのだ。古き血の力に全力で寄りかかり、どうにか猶予を得ているだけのこと。
(……だけど、それでいい‼)
歯を食いしばりリヴィはもう一度加速する。やせ我慢でもいい。たとえ制御不能の暴走でもいい。その代償が後に自分を蝕んでもいい。今この状況を打開できるのはほかのだれでもないリヴィただ一人なのだから。
大地を蹴り飛ばすと同時に、景色が吹き飛ぶ。視覚すら追いつけない超加速の中で、しかしリヴィの目は明確に男を捉えていた。それ以外が見えないのは何の問題もない。取捨選択は、ちゃんとできている。
「ら……ああああっ‼」
獣のように咆哮し、リヴィは短剣を振りぬく。ふわりとした軌道でまたしても距離が離されるも、それがどうしたといわんばかりにリヴィは地を蹴る。蹴って、振りぬいて、蹴って。その繰り返しの先にしか活路がないなら、意地でそれを切り開いて見せろ。それができなければ、あの時救われた意味はない。あの時生かされた意味は、ない。
(……だから、もっと速く‼)
奇しくも同時刻、カヴォイに惹かれた二人は戦いの中で同じことを自らに要求する。それは自分のためであり、主のためであり、友のためであり。
――幾重もの思いが内包された戦場は、確かに終わりへと歩を進めていた。
リヴィは原案だとただ共感覚を持った勘のいい少年だったのですが、自分の立ち位置をどんどん主張してきた彼は気が付けばカヴォイに代わってバリバリ前線を張るように気が付けばなっていました。それはそれで今のカヴォイの立ち位置の確立につながったのでいいとは思いますが。彼の大舞台、楽しんでいただけると幸いです。
――では、また明日の午後五時にお会いしましょう!




